ぶっきらぼうな部長に物議を醸す
上司というのはどうしてこうも話が通じないのだ。
「もっとクリックされるバナー作って」
そんなの出来ていたらとっくにしてるわ。だいたいバナーの設置箇所が悪いのだ。トップページのメインバナーならまだしも、カテゴリページのサイドカラムのしかもスクロールしないと見えないところに設置されていれば、そりゃあクリックされるものもクリックされんわ。しかもバナーサイズも極小。こんなの無理ゲーってもんだよ。
私は上司の不満をぶち撒けるかのように「たーんっ!」とキーボードを叩いた。
いけない。悪い癖が出てしまった。
「荒れてるねぇ」
液晶モニター越しに向かいの席から同僚の
「ごめん。うるさくして」液晶モニターの横から少し顔を出し、小西くんに謝る。
「いや、いいよ。俺もそこのバナー位置で、今よりクリック増やすのは難しいって思ってるし」
小西くんは自分の液晶モニターを見て作業しながら話している。
「だよね」
「アナリティクスで各バナーのクリック率を見たんだ、そこが一番低い」
小西くんはECサイトのアクセス数やクリック率などの数値を分析して改善を図るウェブアナリティクス担当だ。
「今、スラックに過去半年間のバナークリック率の一覧送ったから見てみて」
小西くんとのチャットツールを確認し、送られてきたファイルを開く。
「昨日、部長が俺んとこ来てさ、『バナーのクリック率悪いのどこ?』って聞かれて。で、今送ったのと同じのを送ったんだよ」
ファイルは一覧表になっていて、バナーのタイトル、期間、クリック数、クリック率、クリック先のURL、バナーの設置ページが記載されていて、クリック率が高い順、降順に並べられていた。
リストを下にスクロールしていくと、最下位に、今回部長が修正を指示してきたバナータイトルが記されていた。
「なるほど。このリスト見て修正しろって言ってきたのね」
「そう言うこと」
「バナーの設置場所変えたらクリック率上がると思うんだけど」
「俺もそう思う。てか部長にも何回も言ってる。でも設置箇所は変えないんだって。今の設置箇所でクリック率上げたところで、クリック数にしたら、月数十件の増加しか見込めないことになる。同じクリック率でもサイトトップに設置するだけでクリック数は数千件に跳ね上がる。だから――」
「単純にクリック率だけで判断して欲しくないよね」
私は小西くんの言葉を繋いだ。
「そう言うこと」
私や小西くんはずっとこの業界で働いていて、ある程度業界のことを知っている。対して部長は、一年前まで営業畑だった人間だ。前任の部長が退職してしまい、どういう訳か営業畑だった人間がコンテンツ制作部の部長に異動してきたのだ。
フォトショップもイラストレーターも使ったことがないし、ピクセルサイズとかdpiとか、レクタングルとかスカイスクレーパーとか専門用語を言ってもまるで伝わらない。
しかし、そんな業界知識がないとしても、そもそも閲覧数の少ないページの、クリック数が少ないバナーのクリック率を上げたところで、売上が劇的に改善するわけないことぐらい、少し考えれば分かることだろう。
それからタスクには優先度があるのだ。クリック率が低いバナーを改善しないといけないのも分かるが、それよりもサイトへの流入数を上げる施策の方が優先度が高いはずだ。
「ほんと。どうして上司ってこうも現場のこと分からないんだろうね」
前任の部長は専門知識を持ち得ていたので、まだよかった。それでも現場との認識違いで度々衝突していたものだ。
専門知識もないのに、ぶっきらぼうに要望だけ伝えて「あとよろしく」とするのはいただけない。
「正攻法でやってもそこまでクリック数自体が期待できないし、モチベーション上がらないんだよね」
「分かる」
「かと言って手抜きしたいわけじゃないんだよなー」
「真面目だねぇ」
「せっかく作るならちゃんと作りたいじゃん」
そうは言ったもののバナーのアイディアが全く湧かない。バナーの遷移先は、キーボード・マウス特集のページである。
今のバナー画像には、数種類のキーボードとマウスが配置されていて、トンマナは特集ページに合わせており、全体的にホワイトとブルーに統一して、中央には大きく『キーボード・マウス特集』としっかりとしたゴシック体でタイトルがデザインされている。
クリックされやすいバナーねぇ……。
会社員女性の笑っている画像を追加しようかな。私は画像素材サイトで女性の素材を選び始めた。
昔から女性の笑顔をバナーに入れるとクリックされやすくなると言われている。
きれいな女性芸能人が広告塔になっている化粧品やシャンプーのCMをよくみるけれど、あれも同じで、同性から見てきれいな女性は憧れだし、男性から見てもきれいな女性には魅力を感じるので、広告としてきれいな女性は活用されやすい。
さらに笑顔が加わると、より目に留まりやすいことからバナー画像にもきれいな女性の笑顔はよく使われるのだ。
しかし昨今は注意も必要だ。ジェンダーの観点から、表現したい内容に女性は必要なのか、きれいの定義も人それぞれなのに、個人的判断で安易に使用していないか、ということも考えなければならない。
仕事上でキーボードやマウスは性別問わず利用するから、女性の画像があっても不自然ではないと感じる。男性も一緒に配置した方がいいか?
私はパソコンを操作しながら、素材を配置していく。
右に男性、左に女性。上下にはキーボードとマウスを配置して、中央には特集タイトル……。んー。ありきたりだなぁ。これじゃあ、クリック率が上がることもないだろう。
赤ちゃんの画像もクリック率が上がる素材として知られている。赤ちゃんの愛くるしい顔に人は惹き付けられるようだ。いわゆるベビーフェイスってやつだ。
画像素材サイトで「赤ちゃん」と検索すると、画面上には様々な赤ちゃんの画像が表示された。笑っているもの、泣いているもの、寝ているものにハイハイしているもの……。しかし、どれにしても『キーボード・マウス特集』からはかけ離れすぎだろう。
今回のバナーは赤ちゃんの画像でクリック率が上がるとは思えない。
たしか、女性、赤ちゃんの他にもう一つクリック率を上げる画像があったはずだ。犬猫か。これら三つで何か呼び名があった気がする。
「女性と赤ちゃんと犬猫の画像を使うとクリック率上がる法則って、なんて言ったっけ?」
小西くんなら知ってそうなので、検索せずに訊いた。
「あぁ。3Bの法則?」
「そうそう、それだ。Baby……あれ? あとなんだっけ?」
「美人、赤ちゃん、動物の、Beauty、Baby、Beastの頭文字を取って『3Bの法則』。これらの要素を使うと目を引きやすく、好感を持たれやすいっていう広告手法だね」
「解説どうも」
犬猫で合っていた。そうだ。「マウス」と「ネズミ」を掛けて、「猫の手も借りたい」としたら、猫の画像を素材として使っても違和感なさそうだ。
私は早速、画像素材サイトで猫の画像を選び始めた。
「ちなみに。もし女性や赤ちゃん、犬猫の画像使うなら、どアップ正面、カメラ目線の画像がいいと思う」
小西くんがそう助言してくれた。まあ確かに、めっちゃ見ているよ感ある方が、バナーを見る側の視線が留まりそうだ。
「おけ。ありがと」
バナーはかなりシンプルにした。それでいて印象に残るものにした。画像素材サイトで目に留まったロシアンブルーの子猫の画像にした。
淡いブルーの目の色をして、口角を上げて笑っているような姿をしている。その猫のどアップを中央に大きく配置し、左上に小さく「オフィスワークは猫の手も借りたい」とテキストを入れた。それだけである。特集タイトルも商品画像も入れなかった。
シンプルさ故に、まん丸の猫の瞳がよく目立ち、カメラ目線でじっとこちらを見ているのが、何かを訴えかけているように見える。
あなたを見てますよ。ほら気になるでしょ。クリックしてくださいな。見てくださいな。買ってくださいな。ほら、今見ましたよね。
「おぉ。なかなか大胆だね。いいんじゃないかな」
小西くんに見せたら、好感触だった。
普段とは違う大胆なデザイン。これでクリック率が上がって欲しい。
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