第5話 領主の屋敷ですわ

長かった選別試験が無事終わった。

結局、アリスの後に合格者は現れなかったが、何人か有望な者が見つかったので、良しとすることにした。


「さて、ガヤン、アリス。これからもよろしくお願いしますわ」


そう言って、二人に会釈する。

そんな俺の行動に驚いた様子で、二人も慌てて頭を下げた。


「そんな、もったいないお言葉ですじゃ」

「わ、私も、精一杯、頑張ります!」


二人の様子が妙に微笑ましく感じて、自然と笑顔になる。

俺もひと段落ついたことで、棚上げにしていた問題について考えることにした。


「それはそうと、ワタクシの住まいはどうしましょうか……」


困った顔をしながら言うと、アリスがとある物件について話を始める。


「それであれば、リコリス様に相応しいお屋敷があります。ですが……」


「確かに、あそこの建物自体は王女様に相応しい場所ではあるが……。さすがに勧めるのはどうかと思うぞ……」


言い淀む二人の様子が気になって、少し詳しく聞いてみることにした。


「何かあるのでしょうか?」


「えっと、前にいた領主のお屋敷なんです。新築同然なので、少し掃除すれば普通に使えると思うのですが……。実は、幽霊屋敷なんです!」


「へ? 幽霊屋敷……ですの? たったそれだけなんですの?」


俺は幽霊屋敷程度で大げさだと思ったが、彼女たちにとっては違うようであった。


「たったそれだけ……って、分かってます? 幽霊が出るんですよ? 呪い殺されちゃうんですよ?」


「ふふふふ、うふふふふ。あはははは。その程度なら問題ありませんわ!」


彼女たちには幽霊というのは未知の存在なのだろう。

しかし、俺にとっては、幽霊と言うのは単なる精神領域サイコスペースの残りカスのようなものだ。


生きている人間のものが同じ場所に積み重なったり、死んだ人間の強い思念が留まったりと様々ではあるが、原理は一緒である。

そして、それが指向性を持つことによって、ポルタ―ガイストや火の玉、精神障害などを引き起こすだけの話である。


「それでは……、早速案内してくださいますか?」


俺とガイ、アリスとガヤンは幽霊屋敷へと向かった。


その幽霊屋敷は俺の予想通り、雑多な精神領域サイコスペースが複雑に重なりあって1つの場を作り出していた。


「確かに、複雑に絡み合っておりますが……。大したことはなさそうですわね。これなら……ガイ程度でも大丈夫ではありませんか?」


「んん? ああ、ここが例の幽霊屋敷なのか? 俺の秘密基地じゃねぇか!」


彼の『秘密基地』発言に、アリスとガヤンが固まった。

一方の俺は、彼なら問題ないであろう状況と、幽霊屋敷の話題に乗ってこなかったことで、ある程度は想像がついていた。

とはいえ、『秘密基地』はいささか突拍子すぎである。


「『秘密基地』とは、どういうことですの?」


「え? 『秘密基地』は男のロマンでしょ? ここ、そこそこきれいだけど、誰も来ないから、ちょうど良かったんだわ」


元は男だったのだが、俺はそんなロマンを持ったことはなかったので、彼の言っていることが良く分からなかった。


「ロマンについてはわかりませんが。まあ、良しとしましょう。彼のおかげで建物の劣化も最小限になっているでしょうからね。あとは……コレを何とかしないといけませんわ」


そう言って、俺は精神領域サイコスペースを屋敷全体に展開する。

精神感応テレパシーの応用で、屋敷に元々あった精神領域サイコスペースを自らに取り込む。


よく、怨念のようなものが残っていると言われるが、それは現象を見た人間が勝手に言っている話で、存在しているのは単なる指向性だけである。

それは精神領域サイコスペース念動力サイコキネシスなのか、精神感応テレパシーなのか、あるいはパイロキネシスやエレクトロキネシスなどの特化型なのかによって異なるが、全て領域に当てられた指向性の違いだけなので、吸収したところで恨みや悲しみに囚われることなどはない。


「ふぅ。こんなところですかね」


「リコリス様が怨念を消し去った?!」


「女王様! ああ女王様! 女王様!」


俺が幽霊(と呼ばれる単なる精神領域サイコスペース)を消し去ったことで、アリスは驚き、ガヤンはむせび泣いていた。


「どうでもいいですけど。女王様呼びはやめていただけませんこと? 私にはもったいない称号になりますので……」


「そんな……! わかりました、貴女様の望みとあれば……、リコリス様と呼ばせていただきます」


「これで幽霊に関しては解決いたしましたわ。あとは……生活できるようにお手伝いいただけるかしら?」


「もちろんでございます。すでに人員は手配しておりますので、リコリス様はこちらでごゆるりとお待ちくだされ」


そう言って、いつの間にか門の外に設置されている場違いなほど豪華な椅子に座るように促される。

俺がそこに座ろうとすると、20人ほどの人間が元幽霊屋敷の中に入っていった。


「な……、早すぎませんこと? いつの間に連絡したんですの?」


「なに、ガイ殿の真似をして、こういったことが得意な連中を遠隔通話で集めたんですじゃ、わははは」


意外なほどにガヤンは自身の能力を使いこなせるようになっていたようだ。

気を取り直して、椅子に座るといつの間にか設置されていた丸テーブルの上に色とりどりのお菓子が置かれていた。


「紅茶をお入れいたします」


突然、背後から声をかけられてビクッとした。

アリスも能力を使いこなすことで、俺に気取られることなく背後を取っていた。

料理が得意と言っていた彼女の作るお菓子はどれも絶品であった。


お菓子と紅茶に舌鼓を打つこと1時間ほど、屋敷の中で作業していた人たちが外に出てくると、俺の前に立ち恭しくお辞儀をした。


「リコリス様、準備整いました」


そう言って、彼らはそのまま列をなして帰っていった。

俺は椅子から立ち上がると、3人に声をかける。


「準備ができたようですし、中へ入りましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る