第18話 爵位ゲットだぜ、ですわ
翌日、温泉宿の前にはガベージの住民全員が集結していた。
この日は温泉宿のオープンの日、住民には温泉宿が無料なのである。
もちろん、住民は今日でなくてもタダ同然の金額で利用できるのだが、タダ同然と無料では集客力の差は圧倒的である。
「おい、リコリス! どういうことだ!」
「どういうこと、とは? 皆様、温泉宿にいらしているだけですわよ」
血相を変えて俺に詰め寄る二人に、涼しい顔をして答える。
「それでも……、あの人数はなんだ! まるで、ここを囲むように並んでいるではないか!」
「それは考えすぎですわ。人数が多いので、ああやって並んでもらっているだけですわ」
「くそっ! 俺たちはもう帰るぞ! 馬車を出せ!」
ガベージの住民に囲まれているプレッシャーにより、彼らは逃げ腰になっていた。
「かしこまりました。それでは、こちらお代となります。ですが、今なら爵位をお譲りいただければ、無料となりますわ」
しれっと請求書を渡す俺に、父は顔を真っ赤にして怒っていた。
「くそ、騙したのか?!」
「最初から実質無料とお伝えしておりましたわ。チェックインの際に書いていただいた書類にも、爵位を譲ることで宿泊費を無料にする旨が書かれておりますでしょう? それに、帰ると仰っておりますが、どちらに帰られる予定でしょう?」
「そんなもの、俺の領地に決まっている! くそ、騙しやがって、金も払わんし爵位も譲らん! 逆らうなら、俺の力で言うことを聞かせるまでだ!」
「あらあら、困りましたわね。でも、彼を見て、同じことを言えますの?」
そう言って、ボロボロの状態の男を彼らの前に出すと、彼は激しく怒り狂う。
「お前ら、ガベージに亡命したというのは本当だったのか! くそっ、貴様らのせいで――」
彼の話によれば、王国に反旗を翻した公爵領に騎士団が押し寄せ、公爵の不在を伝えたところで、ガベージに亡命したという噂が立っていたとのことであった。
「お前らなど領主じゃない! ここで朽ち果ててしまえ!」
ボロボロの様子ながらも、父に詰め寄ろうとする男を取り押さえながら微笑みかける。
「お辛いことがあったのはわかりますが、暴力はいけませんわ。しかし、見るからにお疲れのご様子。こちらにお泊りになって、リフレッシュされることをお奨めしますわ」
俺の微笑みに毒気を抜かれた彼は、少し頬を赤らめながらこくこくと頷いた。
今の俺は悪役令嬢と言われたが、超絶美少女である。
そんな美少女の微笑みに、逆らえる男などいるはずもなかった。
彼が部屋に案内され、この場からいなくなったあと、二人は絶望の表情で地面に跪いていた。
「あらあら、帰る場所も無くなってしまいましたわね。それから……、先ほどは俺の力で、とか仰っておりましたが、いつになったら見せていただけるのでしょう」
俺がしれっと煽ると、父は「ぐぬぬぬ」と歯ぎしりをしながら唸っていた。
そんな父に、俺はさらに追い打ちをかけることにした。
「そうですわね……。さすがに宿泊代と爵位ではつり合いが取れませんわね。いかがでしょう、宿泊代に加えて、ガベージでの住居もご用意いたしますわ。それから、こちらにいる限りは身の安全を保障する、というのもお付けしますわ。それならいかがでしょう? 悪くない話ではないでしょう」
追い詰められて弱り切ったところに、あらかじめ用意していた妥協案を出す。
「あなた……。もう、いいじゃないですかぁ。昨日は自分のことを策士ってイキってましたけどぉ、灰色狐ってぇ、『面白みのない腰巾着』って意味じゃないですかぁ」
「おいぃぃぃ、それはバラすなと言っておるだろうが! しかも、その口調は公爵夫人に相応しくないからやめろと言ってるだろ!」
物静かで淑女の鑑だと思っていた母が見せた、腹黒ギャルっぽい雰囲気に圧倒される。
父が腰巾着なのは、あっさりと離縁した時点で気づいていたので今さらである。
「そもそもぉ、私はリコリスちゃんを離縁させるのは反対だったんですよぉ。それを、あなたがが王家に詰め寄られたからってぇ、勝手に離縁なんかしちゃうからぁ。リコリスちゃん、
どうやら、俺を離縁したのは父の独断で、母はそのことに酷くお怒りでなのだが、自分が怒っていると言うことに抵抗感があるのか、俺が怒っていることにし始めた。
「いえ、ワタクシ、これっぽっちも怒っておりませんわ」
「あらあら、まあまあ。そんな我慢はよくないですよぉ。怒りたいときには怒っていいんですからねぇ」
俺が怒っていないことに、母は笑顔のまま少しだけ不満そうな表情になる。
「大丈夫ですわ、お母様。それに、先ほどの提案はお父様のしでかしたことへのお仕置きもありますが、お母様を助けるためでもあるのですわ」
母が俺に対して好意的であることがわかったので、少し攻め方を変えることにした。
「まあ! さすがリコリスちゃんですわ。ほら、あなたもくだらない見えなど張らないでくださいな!」
「……ああ、わかったわかった。俺の負けだ、これからはお前が公爵だ。これでいいな?」
父は、爵位の委譲を宣言する書類にサインをして俺に差し出した。
それを見て、俺はにっこり微笑む。
「はい、お父様にも公開はさせませんわ。どうせすぐに王国は滅びますし」
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