第19話 横暴な増税は許しませんわ
「王国はバカなのですの?!」
父親から爵位を譲り受け、温泉宿の経営もトリップパウダーの売り上げも順調。
さらにはダストボックス砦を支配下に置いていることで、外敵への備えも万全。
俺が来た時にはだいぶ荒れていたガベージも、今や王国内のどこよりも安全かつ安定した地域になっていた。
そんなガベージの好景気を快く思わない一部の貴族が王家に詰め寄り、ガベージの好景気は王家の支援によるもので特別扱いをしていると難癖をつけたらしい。
それが他の領地であれば問題はなかったのだが、劣等種の廃棄場所とされるガベージに特別扱いしているという噂が立てば、国民感情も悪化する可能性が高いとみた王国はガベージの温泉宿とトリップパウダーの売上に対して80%もの税金をかけると言い出したのである。
そして、その分増えた税収を他の地域に回せということである。
「やれやれ、搾取するしかない無能貴族どもが、悪知恵ばかりが働くようね」
王国の貴族、特に領地貴族は腐っている奴らが多い。
王国自体の税率は5%程度なのだが、それに各地を収める領主が自由に税率を加算することができるようになっている。
その税率と5%の差額が、領主の得る税収ということになる。
当然ながら、税率を上げれば税収も上がる。
それが羽振りのいい商売であればなおさらである。
「しかし、そんなことをして商売が長続きすると思っているのかしらね」
うまく行っている商売だって、余裕があるわけではないことが多い。
時には、羽振りよく見せる必要があることも珍しくないわけで、税率をむやみに上げてしまえば、才能の無い者であれば早晩潰れるし、才能のある者であれば、商いの場を移す。
「結局のところ、その領地には何も残らなくなるのですわ」
それがいつものように領主の無策であれば、自業自得と笑えばよい。
しかし、今回のことはわけが違う。
「国が恣意的に税率を変えるなど、許されることではありませんが……。『ガベージの温泉宿とトリップパウダーの売上』と仰っておりますし、いい機会ですから対策をしてしまいましょうか」
俺は、裏で懇意にしている紹介に手紙をしたためることにした。
2週間後、俺は国からほくほく顔でやってくる徴税官を出迎えた。
「こちらが温泉宿の収支、こちらがトリップパウダーの収支の記録となります」
俺は、それぞれの収支を記した帳簿を徴税官に見せる。
それを見た彼らの表情が一様に曇った。
「この売り上げはおかしい。収入が低すぎる」
「間違いありませんが、何をもって、そうおっしゃられるのでしょうか?」
「まず、温泉宿だが、宿泊費として掲示されている金額と、収入が一致しない」
「あらあら、それは当然でございますわ。こちらの宿泊費は単に温泉宿としての純粋な宿泊費以外に、温泉の入湯料や提供されるお食事やお飲み物の金額なども含まれております。しかし、こちらは温泉宿とは別の商会が経営しておりますのよ。ちゃんと、そちらの商会との金銭の取引もございますでしょう?」
俺は、温泉や料理などの飲食の提供、ルームサービスなどを全て他の商会にアウトソーシングしたのである。
これらの売上は王国の主張する温泉宿の売上には該当しない。
「くそ、詭弁だ! それにトリップパウダーの売上も低すぎる!」
「いえいえ、こちらも原料を安価に提供していただける商会が見つかりまして、その代わりとして安価に販売を委託しているだけですわ」
「この原料費は安すぎるだろうが! 裏で手を組んでいるに違いない!」
「いえいえ、滅相もございませんわ。ワタクシどもも売上の80%も持っていかれますと、原料の仕入れが難しくなりますの。それに、販売の為に輸送するためのコストもバカになりませんわ。そのことを相談しましたところ、安価で小売を行う権利と引き換えに、原料をタダ同然で譲ってくれる商会を見つけたのですわ」
こちらの取引単独で見れば、俺たちにとって旨味はない。
だが、彼らとは裏で交渉して、温泉宿を保養施設として使うような契約を交わしていた。
当然ながら宿泊費は結局税金として取られてしまうが、それ以外のサービスをたっぷりと利用してもらうことで、向こうは商会員の福利厚生が充実するし、こちらは節税になるということで、お互いにWINWINの契約となっていた。
「くそっ、こんなのサギだろうが!」
「何をおっしゃいますか。正式にそれぞれの商会と交わした契約書もございますわ」
そう言って、契約書を徴税官に見せる。
実際に動いたのは増税後だが、契約の日付は増税前の日付にしてもらった。
そのため、契約に関わる金銭のやり取りは増税前の税率が適用される。
もちろん、これによって、俺たちの受け取れるお金は半分程度まで落ちた。
しかし、残りの半分は懇意の商会の利益となっているので無駄にはならないはずである。
何よりも、今回の件でガベージと取引をすると儲かる、という前例を作れたのが非常に大きい。
選ばれなかった商会からも、新しい儲け話を真っ先に手に入れるために、商会員が交代で常駐するようになっていた。
「それでは、帳簿に従って、税金をお支払いいたしますわ」
そう言って、額面上では10分の1まで圧縮した売上の80%に相当する金額を徴税官に渡した。
「くそっ、覚えていやがれ!」
まるでチンピラのような捨て台詞を吐いて、悔しそうな顔をしながら帰る徴税官を、俺たちは笑顔で見送った。
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