第6話 異端審問が来ましたわ
「素晴らしくきれいにされてますわね……」
「うわっ、ピカピカ……」
「へぇ、あんな短い時間でここまできれいになるんだ……」
建物の中に入った俺たちは、予想以上にすみずみまできれいにされた室内に驚きの声を上げた。
「ここは執務室ですわね」
執務室には、中央奥に大きな机と、豪華な椅子が置かれていて、左右には鹿の頭の飾りと謎の絵画がそれぞれかけられていた。
奥の扉はプライベートスペースにつながっていて、廊下に出ることなく、直接執務室へ移動することができるようになっていた。
その手前には接客用のテーブルとソファが設置されて、ここで接客も可能となっていた。
「とはいえ、応接室は別にあるんですのよね」
奥まった位置にある執務室とは別に、玄関から入ってすぐのところに応接室も用意されている。
こちらは執務スペース手前側の応接エリアがそのまま再現された形になっており、奥には、『
そして、その脇の扉からは、給湯室や侍女のプライベートスペースへとつながっていて、こちらも廊下に出ることなく、お茶を出したりすることができるようになっていた。
現在は侍女がアリスだけのため、ここはアリスが使うことになる。
水回りは領主のプライベートスペースに専用の浴室やトイレなどが設置されている他、共用の浴室とトイレも完備されていた。
また、執務室を挟んで反対側には、執事用のプライベートスペースがあり、こちらは側近として手伝ってくれるガイが住む場所となる。
3人で使うには些か広い建物ではあるが、近々、追加する予定なので問題はなかった。
この日は、そのまま用意された部屋で一晩を過ごした。
翌日、二人は荷物を運びこむためにいったん自分の家に戻っていった。
「さて、ワタクシは必要な物でも買い出しに参りましょうか」
俺一人となった屋敷で、そうつぶやく。
他には誰もいないので、わざわざお嬢様口調にする必要はないのだが、こうしたことは普段の振る舞いが大事なのである。
普段から振る舞いをしみ込ませることで、とっさの時に素が出ないようになるのだ。
にぎやかな場所、と言っても、ガベージは王国から捨てられた人が集まる場所のため、大したものがない。
しかし、ペンや紙などの執務に必要な物は少ないながらも置いていたため、俺はペンを2、3本と紙を10枚ほど、それから赤い色の蝋を購入した。
それらを麻布の袋に詰めてもらって、屋敷へと戻る。
途中で肉の串焼きなどを買って腹ごしらえをしながら戻ると、屋敷の前が騒々しかった。
「我々は
聖愛法教は、王国の国教で国内では非常に強い力を持っている。
その異端審問官は時に悪辣で魔女狩りのようなことをしていて、それが女性だった場合は、さらに罪を見逃してもらう代わりとして猥褻な要求をされるらしい。
屋敷の前にやってきた異端審問官も、いかにも猥褻物な顔をしていた。
「あれは関わったらあかんやつですわ……あれは関わってはいけない方々でございますわね!」
思わず素が出てしまったため、慌てて言い直すと180度方向転換して歩き出した。
しかし、時すでに遅し、俺はすぐに異端審問官に呼び止められてしまった。
「そこの女、止まれ! 貴様、リコリス・ローゼンバーグだな?!」
ニチャァ、という気味の悪い笑顔で、俺のところに二人の男が駆け寄ってきた。
「リコリス様! 逃げてください!」
アリスが俺に向かって叫ぶ……もう手遅れだよ。
大人しく異端審問官を屋敷に招き入れた俺は、彼らを応接間に通した。
「それで、何か御用でしょうか?」
「お前を追放した時の衛兵が戻ってこないとの報告があった。そのため、調査を進めたところ、お前が邪法の術を使って彼らを殺害したという情報を耳にした。我々は、その真偽を確認するために来たのだ」
「あらあら、ご苦労なことですこと。しかしワタクシにはとんと身に覚えのないことにございましてよ」
「ふん、口ではなんとでも言えるわ。しかと、この目で確認しないことには、確認は終わらんな!」
口ぶりからして、難癖をつける気満々のようであった。
俺は他の人間に飛び火しないようにするために、一計を案じることにした。
「ちなみに、疑われているのはワタクシだけでございますわよね? 彼女は関係ないということでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ、何なら退室してもらっても構わんぞ!」
イヤらしい目で俺を見ながらアリスを暗に追い出そうとしていた。
想定通りではあったが、あとで難癖をつけられても困るので、俺は1枚の紙を出して彼らの前に置いた。
「こちら、念書でございます。内容は異端審問の件はリコリス・ローゼンバーグのみとし、従者であるアリスを含む領民は無関係であると書いております。内容をよくご確認の上、サインをお願いいたします」
「ふん、こんなことをしなくても、俺たちは神に仕えるものだぞ! 不誠実なマネなどせんわ!」
不誠実と猥褻が服を着て歩いているような人間が良く言うわ、と思ったが、表情には出さずに、書かざるを得ない方向にもっていくことにした。
「いえいえ、信じていないわけではありませんのよ。念には念を、ということでございますわ。それとも何か問題でも?」
「バカにするな! 何の問題もないわ! すぐにサインするからペンを寄越せ!」
俺の煽りにあっさりと激昂する二人。
煽り耐性低すぎであった。
二人がサインしたのを見計らって、アリスを退席させる。
「さて……、それでは確認していただきましょう。どうすればよろしいですか?」
俺は、思いつめた表情を作りながら、二人にそう訊ねた。
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