第9話 教会に宣戦布告されましたわ
「ワタクシが男だなんて……。何でこんなに広まっているんですの?!」
無事に監査官の査問を乗り越えた俺は、新たなる問題に頭を悩ませていた。
男だと思われたことも問題ではあるが、それすらも今となっては些末な問題だった。
事の発端は、その噂に乗じて発売された小説『女装公爵リコリスの毒牙』にあった。
これは女装した主人公(男)が王国内の様々な人(男)とあんなことやこんなことをする様子を赤裸々に描いたものであった。
これが予想以上の売れ行きを見せたことで、それに乗じた男同士の恋愛を描いた小説が次々と発売されたのである。
「リコリス様を汚らわしい男だと吹聴した挙句、猥褻な小説を恥ずかしげもなく流布させるなど……。私めに、王国の不埒な輩を絶滅させよと、お命じになってください!」
俺も思うところはあるが、それ以上にアリスの怒りは激しいものであった。
下手をしたら、王国自体を滅ぼすんじゃないかという勢いである。
「いえいえ、それは止めてくださいませ。そんなことをしたところで余計に噂が広まってしまうだけですわ」
しかし、俺は平和主義(せっかくTSしたのに死にたくない)なので、アリスが暴走しないように宥めていた。
「どうせ王国とは遠からず敵対する(たぶん)ので、勘違いしたままでも問題ありませんわ。それよりも、問題は小説の方でしてよ」
「なるほど、リコリス様を誹謗中傷した諸悪の根源を滅せよということでございますね」
確かにBLを広めたのは件の小説だが、さすがに思考が飛躍しすぎであった。
「いえいえ、暴力に訴えるのはいけませんわ。ワタクシたちは穏便に彼らの売り上げから分け前をいただくのですよ」
「さすが、リコリス様でございます」
俺の目論見は、肖像権を主張して売り上げの3割くらいを頂くというシンプルなものであった。
俺たちが、今後の展開について打ち合わせをしていると、アリスの部下で斥候見習いをしているメイベルが駆け込んできた。
「リコリス様! 大変でございます! ひぃっ!」
入ってくるなり、叫ぶ彼女の首に包丁があてがわれていた。
「メイベル、私とリコリス様の大切なひとときを邪魔するなんて……。死にたいのかしら?」
ガイといい、アリスといい、俺の側近は血の気が多すぎであった。
もう一人の側近であるガヤンは俺の近くにいないせいか、比較的温和なので側近の中では癒し担当となりつつあった。
――見た目はひげもじゃのオッサンだが……。
「アリス、やめなさい。メイベル、どうしたのですか?」
「
それは教会がガベージへ宣戦布告したのと同じことを意味していた。
「まさか……。もしかして、教会を爆発させた報復ですか?」
無実が証明されたことで可能性を排除していた、教会の報復行動が現実となりつつあることに、緊張感が高まっていく。
アリスも、俺が緊張していくのを肌で感じて、固唾を飲んで見守っていた。
「いえ……。男性同士の不健全な恋愛を広め、聖愛法教の広めた王国の秩序を乱した、という罪だそうです」
「何ですって?!」
ちなみに、性愛豊胸――もとい聖愛法教は教義上、恋愛の諸々には寛容である。
しかし、それはあくまで男女の恋愛に関してのみであった。
俺は身体的には女性であるため、男性に恋愛感情を抱くことは、実際に抱くかどうかは別として、おかしいことではない。
しかし、俺が男だと勘違いされているとなると話は別であった。
それに加えて、その勘違いを前提として、俺が公爵令嬢で王宮の人間と関わることが多かったことで、彼らと不健全な関係をしているという噂が出回ってしまった。
さらには、その妄想に妄想を重ねた与太話を何者かが勝手に小説として出版してしまった。
そして幸か不幸か、その話が王国で大人気になってしまった。
それらが積み重なった結果、俺は男同士の不健全な恋愛の象徴となって、粛清の対象となった、という冗談のような話であった。
「これは不味いわね……」
幸いにも、爆破した教会と違って、聖騎士団がいるのは王都であるため、少しだけ猶予はある。
あれ以降、さらに訓練次第で超能力を発揮されそうな人たちを選別して、戦力になりそうな人間は多少増えていた。
メイベルも、そのうちの一人で、アリスの部下として諜報活動を行っている。
「いかがいたしますか? リコリス様」
「ふむ……」
おそらく、教会側も広まってしまったBLを潰すのは難しいのだろう。
信者の反発もあるだろうし、それによって利益を得ている貴族の反対もあることが予想された。
それゆえの粛清、貴族と教会が裏で手を組んだ結果に違いなかった。
「いずれにしても撃退しなければなりませんが……」
俺はガベージ周辺の地図を見ながら考え込む。
なぜ、ガベージが劣等種の廃棄場所となっているかと言えば、それは四方を山に囲まれているからである。
そして、唯一の街道には砦が設けられており、それによって何者もガベージから逃げられないようになっていた。
しかし、こちらから出られない、ということは、砦さえ押さえてしまえば、こちらに入ることができない、ということでもあった。
俺はおもむろに立ち上がると、地図の砦の場所を指し示した。
「この砦を落としましょう。そうすれば聖騎士団と言えど、入ってこれません」
「かしこまりました、リコリス様。ガイとガヤンにもお伝えいたします」
「よろしく頼むわね」
「それで、今回は偵察隊、野戦隊、攻城隊の全軍突撃でよろしいでしょうか?」
「そうね、それでいいわ」
全軍と言っても、俺が超能力を使えるようにした人だけなので全部で20人にも満たない。
しかし、それでも、砦一つ落とす程度であれば十分であった。
アリスは俺が頷いたのを見て、メイベルに目配せをした。
彼女はコクリと頷くと部屋から消え去った。
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