第10話 砦を落としますわ
王国とガベージを隔てるダストボックス砦。
そこには、常時20人ほどの兵士と1人の指揮官が常駐していた。
砦を守る重要な仕事、と言いつつも、所詮は劣等種であるガベージの監視である。
王国軍の中でも『掃き溜め』と呼ばれるような、誰もが嫌がる仕事であった。
この日もいつものように退屈な一日になるだろうと、彼らは思っていた。
「おい、今日はなんかやたらと寒くないか?」
「そうだな……仕事中だけど、一杯ひっかけとくか?」
「いいね、どうせ仕事って言っても、大したことしないし、飲んでも問題ないだろ」
こうして、不真面目な砦の兵士たちは、全員が寒さをしのぐためと称して酒盛りを始めた。
そんな事態になっていることに気づいていない指揮官は寒さに耐えながら仕事をするために、上着を何枚も羽織っていた。
「うおおおお、寒い、寒いぞぉぉぉぉ!」
寒いと言いながらも、仕事をいつも通り片付けた指揮官は兵士たちの様子を見に行くことにした。
そこは酒の匂いが当たりに充満していて、べろんべろんに酔っぱらった兵士たちが横たわっていた。
「おい、お前ら! なんだこれは?!」
兵士の一人に詰め寄る指揮官だったが、兵士の答えは緊張感の欠片もないものであった。
「あっ、しきくぁんさんじゃないれすかぁ……。もぉ、俺たちさむくてしゃむくて、飲まないろ、やっれられないんすぅ……」
兵士たちは、一人も使い物になっていなかった。
指揮官は、これだから掃き溜め送りになるんだ、と思いながらも、部下を蹴り起そうとして――背後に殺気を感じて前に踏み込みつつ振り返った。
「なかなかやりますね。そこに倒れている部下たちとはえらい違いです。褒めてあげますよ」
アリスは両手の包丁を腰に差すと、わざとらしく拍手をして指揮官を褒め称える。
しかし、一方の指揮官は、これまでに経験したことない絶対的な死の恐怖に襲われていた。
それでも腰を抜かさないで立っていられたのは、経験のなせる業だと言える。
「野生動物ですら、殺されるまで気づかれることがないのに、なかなかやりますね」
「俺たちを、殺すつもりなのか?」
指揮官は、恐怖を無理矢理抑えつけてアリスに尋ねる。
一方のアリスは、緊張感に欠ける仕草で少し考えると、にっこりと微笑んだ。
「そうですねぇ。あなた方は別に私たちを襲ったわけでもありませんし……。私たちも砦が欲しいだけですので……。無用に殺すと、リコリス様に怒られちゃいますし……。そうですねぇ。今日中に退去して、私たちに砦を譲っていただけるのであれば、見逃して差し上げますよ」
「わ、わかった。急いで荷物をまとめて退去しよう。準備が終わったら、砦に白旗を上げておく。それを目印にしてくれ」
「ご親切にありがとうございます。白旗が上がりましたら、リコリス様とお伺いいたしますので、その時に残られておりましたら、命を頂きますね」
「わかった。寛大な措置に感謝する! だが、一つだけお願いがある。この寒さも貴殿らの仕業だろう? そろそろ動くのもしんどくなってきているんだ。退去するまでの間、止めて貰えないだろうか」
指揮官は死を覚悟しつつもアリスに懇願した。
この場で殺される覚悟もしていたが、アリスから殺気を感じなかったことで安堵していた。
「わかりました。それではリコリス様に、そのように伝えます。それでは――」
アリスは指揮官の前から煙のように消えてしまった。
その直後、砦の中の寒さは収まり、暖かさを取り戻した。
指揮官は撤退に際して、最初の作業である兵士たちを蹴り起す作業に入ることにした。
兵士たちは酒によって夢心地だったが、指揮官の鬼気迫る怒声に追い立てられるように撤退の準備をした。
そのため、当初は3時間ほどかかると思われた準備も、1時間ほどで終わり、彼らは砦の白旗を立てて、砦を後にした。
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彼らが撤退の準備を進めている頃、アリスはリコリスの元に戻って、状況を説明していた。
「交渉して、砦から出ていってもらうことになりました。今日中には出ていくそうです」
「そうですか……。交渉までしてくださってありがとうございます」
「ありがたきお言葉にございます。それで、撤退にあたって、寒さを止めて欲しいとのことなのですが……」
「わかりました。すぐに止めて気温を元に戻しましょう」
俺はすぐに能力を解除して、外気温と同じくらいまで気温を上げてやる。
そうして俺たちはアリスの入れた紅茶を飲んでまったりしながら待つこと1時間ほど、砦から白旗が上がり、集団が砦から出ていくのが見えた。
「どうやら約束は守っていただけたようですね。無益な殺生をせずに済みました。アリス、お手柄ですね」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは悠然と砦に向かう。
砦の中は、約束通り荷物なども撤去された状態でもぬけの殻になっていた。
こぼれた酒などの汚れはそのままだったが、酒瓶などのゴミまで持って帰ってくれたのはありがたかった。
「そうしたら、とりあえず、砦の中の掃除をお願いできるかしら。あと、メイベルたちに馬を何頭か連れてきてもらうようにお願いしていただけるかしら」
「かしこまりました。リコリス様」
そう答えたのは、アリス――ではなくメイベルだった。
さすがはアリスの部下なだけはあって、気配を全く感じられなかった。
彼女は、お辞儀をして消えると、すぐに戻ってきて俺に一礼した。
「手配完了しました。馬と馬車、それから、清掃要員が1時間ほどで到着する予定です」
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