第14話 超能力薬を作りますわ

超能力薬、それは俺が前世で偶然に作り出した忌まわしき薬であった。

これによって、俺はTS薬という夢を断念せざるを得なくなった。

転生したことで、結果として夢は果たされたわけだが……、この夢を続けるために、忌まわしき超能力薬を作るとは、何とも皮肉な話であった。


「まあ、皆さまに約束したのもあって、いつかは作らなければならないわけですから……。いい機会ではありますわね」


当然ながら、この世界には前世にあったような研究に使える機材などはほとんどない。

しかし、超能力を使うことによって、混合や分離、化合や分解などは意外と簡単に行える。

やろうと思えば核分裂や核融合なども不可能ではないが、副次的なものを考えると、気軽に扱えるものではなかった。


超能力薬の基本はm-RNAワクチンの仕組みと同様に、人工合成したDNAを模した複数のタンパク質で構成されていて、これらが人体のDNAを書き換える。

それによって、それ以降に生成されるDNAの中に超能力を使えるようになるものが含まれるようになる。

それに加えて、元々のDNAの寿命を本来の1%まで短くすることにより、急速に全身のDNAの再生が行われ、1週間ほどで、全身のDNAが超能力者のものに置き換わるのである。


「しかし……、何で同じ原理なはずなのですが……、TSには効果が無かったのだでしょうか……」


前世の頃、同じことをTS目的で試したことがあった。

新たに生成される染色体(DNAの配列)をXYでなくXXとなるようにして、DNAの寿命を減らす。

こうすることによって、急速に染色体がXXの形に置き換わるという仕組みであったが、染色体をいくら上書きしても体が女性に変化することはなかった。


「理論は間違っていない……はずなんですけど」


そうして、記憶を頼りに念動力を使い、分子レベルで超能力薬を合成していった。


「ふぅ、やっと全員分できましたわ!」


ガベージの住民120名分の超能力薬を作り終えた俺は、額に浮かんだ汗をぬぐった。


「なんとなくですが、爽やかな汗って感じでいいですわね」


男だった時は汗をかくとむさい感じになっていたが、女になった今では、匂いがシトラス風なせいか、爽やかな感じがしていた。

このことだけでも、TSしたことに感謝の念が湧いてくる。


「やはり、TSは命を賭ける価値がありますわね。もっとも、今のワタクシには必要ないものとなってしまいましたが……」


俺は箱に入った超能力薬をもって、広場へと向かった。

あらかじめ、ガイに広場に集まってもらうように頼んだおかげで、広場にはガベージの住民が勢ぞろいしていた。


「お待たせしましたわ、皆様。いよいよ、皆様が魔法を使えるようになる時が来るのですわ」


「マジか?!」

「とうとう俺たちも!」

「これまで長かった……」


俺の言葉に、場がにわかに騒然とした。

しかし、彼らの言葉を聞く限り、概ね好意的に受け取られているようだった。


俺は、超能力薬をみんなの前に出して説明する。


「こちらの薬は、皆様が魔法を使えるようになる薬ですわ。今のところ、皆様の中にも使えるようになるまでに時間のかかる方もいらっしゃいます。ですが、この薬を飲むことで、一週間ほどで魔法が使えるようになるのですわ」


彼らは、超能力薬を見ながら目を輝かせていた。


「ですが! 副作用として何が起こるかはありません。これまでに何回も試しておりますが……。全員が魔法を使えるようになっておりましたし、飲んだことで問題が起きたこともございません。ですが、絶対と言うことはありませんので、それでも良いという方のみ、一本ずつ取っていただいて飲んでくださいませ」


しかし、俺がリスクがあるようなことを言った途端、彼らの間に動揺が広がった。

薬に副作用があるのは、この世界も同じである。

しかも、薬学が発達していないため、副作用も往々にして重篤になるため、彼らが戸惑うのも無理のない話であった。


「リコリス様、僕は飲みます!」


互いが互いを牽制している中、一人の少年が前に進み出てきて薬を一本手に取った。

それを追うようにして、少年の母親らしき人が追いすがる。


「ま、待って! なにも一番先に……」

「母さん。止めないで。僕はリコリス様を信じてる。それに、魔法が使えないからと見下した挙句に、僕たちをここに追いやった奴らを見返したいんだ!」


そう言って、手にした薬を一気に飲み干した。

しかし、彼の様子に目に見えた変化はなかった、一般人から見れば。

だが、俺の目には、彼の精神領域サイコスペースが急速に変化していくのが見て取れた。


「ふふふ、どうやら君は才能があるようですね。すぐにでも魔法が使えそうですわ。今から試してみますか?」


「は、はい! お願いしましゅ!」


少年は盛大に噛んでしまい、恥ずかしそうに俯いた。


「くすくす、焦らなくてもいいですよ。まずは落ち着いてください。慣れれば大丈夫ですけど、最初ですから、しっかり準備してからですわ」


「はい!」


少年は何回か深呼吸して精神を落ち着ける。

俺は、その間、彼の精神領域サイコスペースの動きをつぶさに観察していた。


「ふむ、この動きからすると……。念動力系に適性がありそうですわね……」


「どうですか?」


様子をうかがっている間に、少年は気分が落ち着いてきたのか、俺に確認を求めてきた。


「はい、大丈夫そうですね。それでは……、身体のどこでもいいので、見えない腕が出ているようなイメージをしてくださいね。難しければ、自分の腕がどこまでも伸びているというイメージでも構いませんわ」


「はい」


少年の肩から実体の腕とは別に、腕の形をした精神領域サイコスペースが伸びていく。


「そうしたら、その腕で……あそこにある大きめの岩を持ち上げてみてくださいな」


「えっ?! あれをですか? 持ち上げられるかな?」


「大丈夫ですよ。君のイメージした腕はとーっても力持ちなのですわ。あの程度の岩なら余裕で持ち上げられるほどに」


「わかりました、やってみます」


そう言って、見えない腕を岩に伸ばして、掴み、持ち上げる。

すると、岩は触れてもいないのに宙に浮き始めた。


「すごいっ!」


彼は自分の魔法がもたらした結果に驚いていた。

それを見た他の人たちが、我先にと超能力薬へと殺到する。


「リコリス様、私たちもいただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、アリスたちの分も用意してありますよ。今でも魔法は使えておりますが、これを飲むことで、より効率的に使うことができるようになりますの」


「ありがとうございます!」


そう言ってアリスも超能力薬を取り飲み干した。

それを見たガイやメイベル、ガヤン、ミーリカとユーリカも超能力薬を飲んだ。


こうして、この日から一週間とかからず、ガベージの住民は全員魔法(実際は超能力)が使えるようになった。



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