ガベージ公国建国ですわ

第1話 TSしたけど絶体絶命ですわ

「リコリス・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を破棄する!」


死んだと思っていた俺が意識を取り戻して、最初に聞いた言葉はそれだった。


「リコリス? 誰?」などと呑気に考えていると、目の前にいるポンコツそうな金髪イケメン野郎が俺を指さしてきた。


「何を呆けているのだ! リコリス・ローゼンバーグ! お前が婚約者の立場を利用して、幼気いたいけなフローラ嬢に嫉妬して苛めてきたことなど分かっておるのだぞ!」


「へ? 俺? 婚約者? こんなポンコツ野郎と?!」


しかし、男に婚約者だと言われたことで、俺はあることに気づいてハッとした。

その事実確認のために自分の身体をあちこちまさぐってみる。本当なら鏡があれば早いのだが、贅沢は言っていられなかった。


「胸が……柔らかい、だと?!」


俺の胸は2つの膨らみになっていて、触ると「ふにゅぅ」と音がするくらいに柔らかかった。


「髪が……サラサラストレートロング、だと?!」


髪に触れると茶色がかった黒いサラサラなストレートヘアが腰まで伸びていた。


「アレが……無い、だと?!」


スカートの中にあるはずのものが無くなっていた。

服装は、いかにもお嬢様的なヒラヒラドレスだったが、そんなことはどうでも良かった。

まさに俺の長年の夢であったTSが実現した瞬間であった。


「ひゃほぉぉぉぉぉい! やったぜ!」


嬉しさのあまり、奇声を上げてしまったせいか、周囲の人間が俺を奇異な目で見つめていた。

周囲の刺すような視線を浴びながら、俺は「コホン」と咳払いをすると、扇子を取り出して目の前に持ってくる。

そして、先ほど婚約破棄を告げたポンコツ野郎に向き直った。

もともとTSを目指していた俺は、この時のために淑女の立ち居振る舞いは完璧にマスターしているのだ。


「それで、そこなポンコツ野郎様は、どのようなご用件でしょうか?」


俺は先ほどまでの奇行をなかったことにして、令嬢らしくポンコツ野郎を問いただしたが、何故かヤツは顔を真っ赤にして怒りだした。


「誰がポンコツ野郎だ! 俺はヤロウダ王国、第一王子ポンクーツ・ヤロウダだ!」


「ほとんど変わらなくて草……ではなくて、ポンコーツ・ヤロウダ様は何か御用でしたでしょうか?」


「ポンクーツだ! まあいい、お前がフローラ・スメール男爵令嬢に嫌がらせをしていたそうだな! 公爵令嬢でありながら、そんな令嬢らしからぬ振る舞い、俺の婚約者に相応しくない! よって、この場で婚約破棄を宣言する!」


「あらあら……まあまあ……」


俺は焦っていたが、それは婚約破棄されたことに対してではない。


こんなあからさまに「ざまあ」の雰囲気を持つポンコツ王子と結婚などしたら、今度は暗殺者ではなく、「ざまあ」の影に怯えることになるだろう。

そう考えると、むしろ婚約破棄は大歓迎であった。


俺が困っていたことは、誰がフローラ嬢かわからなかったからである。

何となく、彼の近くにいる女性だということは想像がつくが……。女性だよね?


返答に困った俺は、苦し紛れにとぼけてみることにした。


「それで……、そのフローラ様は今日はおいででしょうか?」


「……? 何を言っているのだ。いるに決まっているだろうが!」


この場にいると分かれば、あとは簡単である。

彼の左右にいる二人の女性、どちらかがフローラ嬢であるのは間違いないと思われた。

しかも、彼の右隣にいる女性は、推定年齢10歳の子供である。

仮に彼女が婚約者だとしたら、明らかに犯罪であった。


そう、答えは最初から明らかだった。


「私は、彼女に嫌がらせなどしたことありませんわ。ただ、婚約者のいる殿方にみだりに近づくものではないと注意しただけですわ。そうですよね?」


俺は彼の左隣の女性を指差した。

あまりに的を得た指摘に驚いたのだろう、3人はハトが豆鉄砲をくらったかのような表情をしていたが、すぐに王子が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。


「ふざけるな! フローラ嬢はこっちだ!」


そう言って、右隣の女性を指さした。


「え、ロリコン?! ポンコツ野郎なだけじゃなくて、ロリコン野郎でもあったのですのね。キモすぎますわ」


「バカにしてるのか?! こう見えてもフローラ嬢は16歳だぞ!」


俺が言いたいのは実年齢の話ではなかった。

はたから見ると美女と野獣、じゃなくてロリとポンコツという構図に、俺は犯罪臭を嗅ぎ取れてしまったからである。


「ふん、それに魔力を持たぬ『劣等種』など、俺の婚約者に相応しくないわ!」


「それが何か問題でも……?」


「魔法が使えることが貴族の証なのだぞ? 魔力無しのお前は貴族の資格すらないわ!」


だが、俺には精神領域サイコスペースが見える。

魔法はともかく、超能力の方は問題なく使えるはずであった。


「ふはは、愚かな劣等種に見せてやろう、俺の最高の魔法をな!」


そんなことを考えていると、ドヤ顔の王子が呪文を唱え始めた。


「偉大なる炎、原初の炎、深淵なる魔力よりあふれたる神秘の力、炎は全ての始まりにして、全てを終わらせるもの。大いなる光と熱にあふれし奇跡――(中略)――炎の力、今こそ顕現せよ。火球ファイアボール!」


一分以上にわたる呪文の詠唱により彼の手に、火の玉ができていた。

精神領域サイコスペースの変化から見て、超能力と同じものだと思われた。


「ふはは、どうだ。ちょうどいい機会だ、お前の魔力を全員に見てもらおうではないか!」


そう言うと、従者と思しき人が隣の部屋から大仰な装置を引っ張り出してきて、俺の前に置いた。

彼に促されて、装置の球体に触れる。


すると下のモニターに4という数値が表示された。


「ふはは、4だと?! やはりお前は劣等種だな! 俺の数値を見せてやるわ!」


彼は、俺に代わって装置に触れる。

モニターには5(?)と表示されていた。


「5ですか……。あまり変わりませんわね」


ドヤ顔で言った結果が5だったことに、俺は呆れていた。


「ふざけるな! よく見てみろ! 5Mだ! 500万だ!」


良く見たら、5のとなりに小さくMと書かれていた。

他の人の数値も確認して、それと精神領域サイコスペースを比較すると、どうやら魔力とは精神領域サイコスペースの大きさを指しているようだ。

確かに、彼のだらしなく広がった精神領域サイコスペースは非常に大きく見える――スカスカだが。


「どうだ! これがお前と俺の差だ!」


「ぷっ、冗談はやめてくださいませ。そんな節操のない貧弱なモノで自慢されても滑稽なだけですわ。」


俺が正直な感想を言うと、彼の顔が再び真っ赤になる。


「ふん、お前のような劣等種はガベージ送りだ! せいぜい掃き溜めのようなところで自分の無力さを悔いるのだな!」


どうやら、俺はガベージという所に送られるらしかった。

俺としても、気まぐれで処刑するとか言われても困るので、早々に撤退することにした。


「それではごきげんよう」


そう言って、出口に向かって歩き出した。


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