第4話 王城のウサギ部屋(1)

 オークランド王国、国王の寝室には、沈黙が流れていた。


 大きなベッドの前に立っているのは、国王であるドレイクとその側近、ユリウス。

 困った表情で、ベッドの上へ、そしてまた男2人へ、と忙しく視線を向けているのは、ドレイクの侍女である、エマだった。


 そして、ベッドの上にいるのは。


 ぐるぐる巻きにされたブランケットの上からも、ほっそりと華奢な様子がうかがえる、1人の少女だった。

 白い長い髪はふわふわとして、背中に流れている。

 大きく見開いた目は、珍しいピンク色だ。

 右耳には、小さな赤い宝石が嵌め込まれている。


「……ドレイク様。このブランケットでぐるぐる巻きになっていますが、その下は、その」

「裸だ」


 ドレイクが端的に答えた。


「ですよね。それでその、この子は……」

「まだ子供みたいなものだ。発育途中」

「ですよね……いや、そうではなく!」


 ユリウスは珍しく困惑した表情で、エマを見た。


「エマ? それで、何があったのか、話してくれないか?」

「はい、ユリウス様」


 エマはまず、部屋の片隅に置かれた、小さな箱と、大きなバスケットを示した。


「陛下からのご命令、ということで、ユリウス様からウサギを1匹お預かりしまして、早速あのようにウサギの寝床を作りました。ウサギは巣穴を作りますから、もし暗いのがよければ、箱の中に入るといいと思い、あの箱を。そして箱の外でも過ごせるようにと、牧草を入れたバスケットを用意しました」


 ユリウスはうなづいた。


「このウサギはとても人懐こく、そしてとても賢いと思いました。わたしの後をついてきたりと、とても可愛いのです。部屋の中でも、怖がることなく自由に過ごしていました。陛下がお部屋に入ってこられた時、ウサギはベッドの上で日向ぼっこをしていたのですが、陛下を見た瞬間、飛び上がりました。そして……」


 エマは顔を赤くした。


「次の瞬間には、ベッドの上に、ウサギではなく、この少女が座っていたのです。そして、彼女が陛下に飛び付こうとした瞬間、陛下は慌ててベッドの上からブランケットを剥ぎ取り、ぐるぐる巻きにしておしまいになりました」


「…………」

「…………」


 ドレイクはユリウスを見た。


「お前は、俺の顔を見る度に、そろそろ結婚しろ、妃を迎えろ、せめて女と付き合ってみろとうるさかっただろう? 言うに事欠いて、こうしてをベッドに送り込んだのかと思ったのだが」


とは、さすがに私でも予想できませんでしたが」

「『俺の好みと思われる』と言っただろう。どこかのバカが、俺をだと思って……」


 お互いに不審げな様子で睨み合う、ドレイクとユリウスに、エマが恐る恐る声をかけた。


「陛下、ユリウス様、あのウサギは、右耳に赤い宝石を付けていました。この少女も、右耳に、赤い宝石があるのです」


「……エマ、お前は、ウサギが少女になったと言いたいんだな?」

 そうドレイクが言った瞬間、ベッドの上から、可愛い声がした。


「ドレイク、わたしはあなたに会いに来たの。あなたが大好きだから!!!」


 ベッドの上では、白い髪をふわふわと揺らした少女が、キラキラするピンク色の瞳で、まっすぐにドレイクを見つめていた。

 少女の顔がうっすらと赤く染まっている。


「やはり、誰かが、陛下をと察して……?」


 思わず、エマとユリウスの顔も赤くなった。

 ドレイクがたまらず大声を上げる。


「エマ!!! とりあえず、この娘に何か服を着せろ! おいウサギ、話はそれからだ!!」


「ドレイク様、では、本当にあれはウサギなのですか?」


 エマに寝室から追い出されたドレイクとユリウスは、寝室のドアを前にして所在なげに立っていた。

 元々この2人は幼馴染でもあり、プライベートでは、陛下でなく、つい「ドレイク様」と呼んでしまうユリウスだった。


 大柄でがっしりしているドレイク。黒髪に黒い瞳で、顔立ちは男らしく、整っているが、恐しいほどに無表情で無愛想。

 一方のユリウスは、案外長身で、ドレイクと同じくらい背が高かったが、銀色の長髪に紫の瞳。まるで女性のような美しさを持った、美貌の男だ。


 一見、これ以上ないほどに正反対な2人だったが、ドレイクは案外優しく、ユリウスの方は美しい外見とは反対に、毒舌で人が悪い。


 その意外性がお互いに合うと見えて、2人はとても仲が良かった。


 ドレイクは、はぁと深いため息をついた。


「俺が連れてきたのは、女ではなく、ウサギだ」

「……ドレイク様は昔から、なぜかウサギに好かれますよね。子供の頃には、赤ちゃんウサギを助けたことがありましたっけ。王妃様の畑で、ウサギを見つけて」


「あのウサギは足を痛めていた。お前はそんなウサギを蹴飛ばそうとしたけどな。人は俺のことを乱暴者だと言うが、俺に言わせれば、お前の方がよほど乱暴者だ」

「そんなことがありましたっけ……?」


 ユリウスはわざとらしくすっとぼけた声を出した。


「そうだ、10年ほど前には、ウサギを王宮に連れてきたこともありましたね。あれも白ウサギでしたっけ。野ウサギなのに白いって、珍しいなと思ったのですよ。それで、今回はどうしたんですか?」


「黒竜と一緒に王都の郊外にいたんだが、気が付いたら、目の前にあのウサギがいたんだ。しかも、耳に宝石を付けてるんだぞ。同じウサギが3回も現れるか?」


 ユリウスがゆっくりと、何か考えるように頭を傾げた。


「……精霊の使いでしょうか? 特定の動物が繰り返し現れる時は、意味がある、と言います。スピリットアニマルと言うのだとか」

「黒竜のようなものか?」


 ユリウスはうなづいた。


「そうですね。黒の翼竜は、精霊女王の守護者とされています。黒竜はあなたと契約していますから……あのウサギも、あなたの守護者となるのか……何か、精霊国の存在なのかもしれません」

「あれが? とてもそうは見えないが……」


 ドレイクは苦笑した。

 確かに、ドレイクを前にすると、ウサギは「大好き大好き」が全開で、何かの能力を持っていたり、役に立つようにも見えないし、とても黒竜のような存在には見えない。


「ユリウス、では、あのウサギが少女に変身したと、お前もそう思うのか?」


 ユリウスは苦笑した。

「エマは嘘をつかないでしょう。私には、ウサギが少女に変身したのか、少女がウサギに変身したのか、わかりませんけどね」


 その時、寝室のドアが開いた。

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