第29話 冷酷王の昔語り(2)
「そうしているうちに、オークランドとアルワーンの戦争が始まった。私は塔に閉じ込められたままだったが、戦況は時々入って来ていた。オークランドの王が戦線で負傷し、その傷が元で、死亡したことも、元々病気がちだった王妃が、それからまもなく死亡したことも。父と王太子がその死に暗躍していたことは明らかだ。アルワーンには、西国には伝わっていない、さまざまな毒薬もある」
アルファイドはフィオナを前にしてはいるが、まるで目の前に誰もいないかのように、まるで独り言のように、言葉を紡ぎ続ける。
「父と兄に恭順を誓って、塔から出られた時には、実母はすでに後宮を追い出され、行方不明になっていた。第7夫人だなんて、形だけだ。母のことは、すでに死んだと誰もが思っていた。か弱い花のような女1人。身ひとつで街に追い出されて、どうして生きていけただろうか?」
アルファイドは自分の力のなさに打ちのめされていた。
一方、オークランドでは、ドレイクが竜の加護を得て、王として即位。
黒竜に乗るドレイクの姿は周辺の国々に恐慌をもたらした。
その知らせは、アルファイドをも動揺させた。
竜は精霊女王の守護者と伝えられている。
竜が存在していると言うことは、『精霊国が存在する』、ということでなのはないか!?
「父上は間違っている。オークランドが、正しかったのでは……?」
しかし……アルファイドは自らの手を見つめる。
これから自分がしようとしていることは、人の道に背くこと。
精霊の教えにも、叛くことなのだ。再び、アルファイドは自らの想いをあきらめた。
黒づくめの姿で黒い翼竜に乗り、空を飛ぶドレイクの姿は、まるで戦神のようだったのだ。
アルワーンの王と王太子も、そんなドレイクの姿を見て休戦を受け入れる。
アルファイドは変わった。
(忘れよう。ここには、精霊はいない)
「ここはオークランドではない。ここには精霊はいない」
アルファイドは自分自身に言い聞かせる。
そして、手を汚す覚悟を決めたのだった。
しかし、アルファイドはその時、ふと思い出した。
アルワーンには、竜の眠る谷、と呼ばれている、不思議な谷があることを。
乾き切った、不思議な造形の谷に、竜が眠っている、という言い伝えがあるのだ。
(まさか)
しかし、アルファイドは、アルワーンにも精霊がいるかもしれない、という考えを自ら握りつぶした。
アルファイドは父と兄を策略にかけ、排除し、自らが王位に就く。
「精霊のいる国は豊かになる」
ここには精霊はいない。
なら、手に入れるまで。
オークランドには、精霊がいる。
「オークランドを手に入れる」
やがて、容赦無く実の父と兄を策略にかけたアルファイドは冷酷王と呼ばれるようになり、人々に怖れられた。
* * *
「そしてどうなったの?」
「父と兄を策略にかけ、自ら国王になった。次は、オークランドを手に入れて、アルワーンにはいない、精霊を手に入れる」
人気のない、アルファイドの居室に、静かな声が交錯していた。
「それからどうしたいの?」
「何?」
静かなフィオナの声に、どこか戸惑ったようなアルファイドがいた。
「それから? それから? 最後はどうしたいの、あなたは? 精霊は人の国に介入はしないわ。でも、精霊は想いに応えるの。アルファイドの想いはどこにあるの?」
「精霊を手に入れて、国を豊かにするんだ」
とっさに答えたアルファイドの言葉に、フィオナは首を振る。
「それはアルファイドの想いじゃない。だから精霊が応えることはない」
「何だって!?」
「あなたは精霊のことを何もわかっていない! 精霊を物のように手に入れられると思っている。だからこそ、精霊の加護を得られないのよ!」
絶句するアルファイド。
(何なのだ、この会話は?)
アルファイドは困惑し始めていた。
この少女、ただの子供だと思っていたのに。
いつの間にか、この落ち着きぶり。
あのピンクの瞳を見てみろ。
ガラスのように透き通るあの眼は、まるで全てを見通しているような。
次の瞬間、アルファイドは何かぞっとするものを感じた。
底知れぬものに関わってしまった、そんな恐怖。
フィオナはアルファイドをひたり、と見据える。
その視線を外さない。
それは弓矢のように、アルファイドを刺し、心に痛みを与え続けた。
アルファイドは、ぽつりと言う。
「……母を、探したい」
そう言って、自分でもびっくりする。
「後宮の
しかし、アルファイドがそう言うと、フィオナの表情が変わった。満足げにうなづいたのだ。
「その想いは本物ね。伝わるわ。本当の望みなら、精霊は力を貸してくれるかもしれない。……違いはわかる? 母を探したい、という想いには、愛があるの。大切にしたい、愛おしいものを慈しみたい、そんな想い。その想いが、精霊を呼ぶの。ドレイクの呼びかけに竜が応えたのは、祖国への愛がそこにあったからよ。アルワーンを滅ぼしたい、竜を所有したい、従えたい、と思ったからではないの」
アルファイドは言葉を失って、ただフィオナの言葉に耳を傾けていた。
「精霊を奪うことは、誰にもできない。ましてや、自分の役に立てようと、思うままに従えようとは、ありえない考え方」
アルファイドは硬直した。
フィオナは、アルファイドの考え方が間違っていた、と指摘した。
もし、フィオナの言うことが本当なら、自分はどこで間違ってしまったのだろうか?
アルファイドは驚愕したまま、必死で頭を働かせようとした。
しかし、頭を振る。
(今はダメだ。改めて考えよう……何か大切なことを忘れている気がする)
アルファイドは少し落ち着きを取り戻した。
目の前には、まるで子ウサギのような娘が、ちょこんと座っている。
(こんな娘に言いくるめられるとは)
アルファイドは悔しくなり、言った。
「……ふん。お前自身はどうなのだ? 少しは人の役に立てるのか? それとも、お伽噺を読むだけが仕事か? 歌や踊りはどうだ? それとも、夜伽の……」
(ぴきぃっ!)
フィオナが飛び上がった。
「わたしは肉が足りませんので、夜伽にも、ウサギ鍋にも適さないと思います!」
そしてフィオナはダッシュで逃げた。
見事に、部屋の入り口を守っていた兵士の頭上を超えてジャンプした。
兵士があっけに取られた顔で、走り去るフィオナを見つめる。
「逃げ足だけは早い」
感心するアルファイドは、苦笑して侍女を呼んだ。
なんておかしな娘なのだろうか。
なんだか、肩が軽くなった気がする。
「ザハラにこれから行くと伝えよ」
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