第28話 冷酷王の昔語り(1)

「アルワーンの衣装がよく似合うな」


 アルワーンの歴史と文化について話すから、部屋で待て。

 フィオナが指示された通り、自分の部屋で小机に紙とペンを載せ、大人しく待っていると、アルファイドがやってきた。

 アルファイドはまず、フィオナの全身を上から下まで見下ろすと、満足げにうなづいた。


 フィオナはピンク色のカフタンを着ていた。

 今日のカフタンは、同じピンクでも、袖口や裾の部分に、同色のドロンワークが施されていて、より華やかな仕上がりになっていた。


 アルファイドがフィオナの向かい側に腰を下ろすと、控えていた侍女がガラスのカップに入れられた冷茶を運んできた。


「アルワーンについて、お前に多少のことを教えてやろうか。お前を寵姫ちょうきにしようと思ってね。だが、アルワーンについて何も知らないのは困る。私が自ら教えようと思ったのは、気まぐれだよ。また考えを変えるかもしれない。ま、せいぜい頑張って、私を楽しませてくれ。まずは」


 アルファイドはフィオナをじっと見つめる。


「私はアルワーンの冷酷王、と呼ばれるのだが、なぜか知っているか?」


 フィオナはぴくりとした。


「……いいえ、知りません」


「私は第2王子なのだよ。父である先王と兄である王太子を殺して、王位に就いたからだ」


 フィオナはじっとアルファイドを見つめた。

 アルファイドはくすり、と笑う。


「信じていないか。まぁ、殺すのとほぼ変わらないことをしたと言っておこう」


 アルファイドはそう言うと、フィオナをひた、と真正面から見た。


「お前はなぜウサギに変身できるのだ?」


 フィオナは眉を寄せた。

 言いたいことはわかる。しかし、フィオナに答えられることはほとんどないのだ。


「わかりません。わたしは、自分がウサギだと思っていました。でも、ドレイク様が、わたしはウサギに変身できるけれど、ウサギではないのではないか、と」


 アルファイドはドレイク、という言葉を聞くと、急に、取ってつけたような微笑を浮かべた。


「お前はドレイクに気に入られていたようだ。だからこそ、お前を連れて来たのだよ。さて、今日はお前に、少し昔の話をしてみようか」


 * * *


 それはアルワーンとオークランドの戦争前のこと。

 アルファイドは、10歳頃まで、オークランドに留学していた。


 アルファイドは、第7夫人から生まれた子供で、第2王子。

 王妃は実の子供である第1王子の王太子の座を盤石なものにしようと、アルファイドを疎んじ、王位継承争いの脅威になる前にと、まだ子供のうちにオークランドへ送った。


 邪魔者の排除と同時に、アルワーンの間者として情報を流すことを期待されていた。


 ところが、オークランドでは、アルファイドは一転して、大切に扱われる。

 世継ぎの王子であるドレイクと同い年であることから、『学友』として遇されたのだ。

 住まいも、王城の中に用意された。


 オークランド国王夫妻、とりわけ王妃サリアはアルファイドに気を配ってくれた。

 教育も、ドレイクともう1人の学友、ユリウスと一緒に、ドレイクと同じ授業を受ける。


 さらに、サリアからは、オークランドで大切にされている精霊についても教えてもらった。

 サリアは子供達を分け隔てすることなく、ドレイクのために、彼が幼い頃から作っているという、家庭菜園にも、ドレイクとユリウスと一緒に、アルファイドも連れて行ってくれたのだった。


 ところが、そんな穏やかな日々は、突然終わりを告げる。


 アルファイドを迎えに来た使者は、言った。


「国王陛下と王太子殿下は、オークランドを攻めることを決定なさいました。アルファイド王子殿下につきましては、至急、アルワーンにお帰りになりますように」


オークランドを好きなアルファイドの想いをよそに、父と王太子はオークランドを攻めることを決定し、アルファイドを絶望に突き落とす。


 アルファイドは優しい子ね、と頭を撫でてくれた王妃サリア。


 ドレイクは無口だが親切で、アルファイドに剣や体術の授業を一緒に受けようと誘ってくれた。


 王妃は優しく、実の子のようにアルファイドに接してくれる。

 王妃と一緒に菜園で作業したり、庭作りもした。

 王妃を慕うアルファイドにとって、王妃は実の母にも似た存在に思えたのだった。


 そして知る『精霊を信じる』世界。


「精霊はわたし達の”良心”よ」

「精霊のいる国は豊かになる」

「そのために、世界のために、自然の生物達のために良いことをしよう、と思うものなのよ」


 暖かな日差しの中、いつものように家庭菜園で一緒に作業していた王妃は、そう言った。

 彼女によると、精霊は自然の中に存在していると言う。

 自然を大切にすることは、精霊を大切にすることなのだと。


「だからね、こうして畑で働くことは、自然を大切にすること、精霊を大切にすることでもあるのよ。精霊は土地を祝福してくれる。精霊に祝福される国は、栄えるの」



 そんな幸せな日々は突然、終わりを告げた。


 アルファイドは、オークランドとの戦争前にアルワーンに呼び戻された。

 待っていたのは、相も変わらず冷淡な父王だった。


「簡単にオークランドに染まりおって。楽しく過ごしたようじゃないか?」


 オークランドに一緒に来てくれた、信頼できる付き人。

 そう思っていたのは全て、父が送ったスパイ。全ては筒抜けだったのだ。


「腰抜けめ。精霊のことなぞは忘れてしまえ!」


 アルファイドは罰を受け、塔に閉じ込められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る