第41話 永遠の誓い

「お綺麗ですわ、フィオナ様」


 国王の寝室につながる、王妃の部屋のドアがついに開かれた。

 専用の浴室、衣装部屋を備えた、広々として、心地良さそうに整えられた部屋だ。

 王妃のためのベッドも用意された部屋は、大きな鏡の付いたドレッサーが目を引く。


 家具に各種のファブリック、ドレッサーに置かれた化粧道具に至るまで、あらゆるものが新しく揃えられたものだ。


 今、部屋に置かれた、大きな鏡の前には、フィオナを囲んで、侍女のエマ、女官長のナイア夫人、それに優しげで上品な、金髪の貴婦人が1人、立っていた。


 鏡に映っているのは、白いドレスを着たフィオナだ。


 この1年で、フィオナはすっかり成長し、少女というより、若い娘らしい体型になった。

 オークランドの人々が丹精込めて縫い上げた、純白のドレスを身にまとい、白いベールを被った頭には、生花で作られた花冠が載せられている。


 ドレスには、白の布で作られた小さな造花がたくさん縫い付けられていた。

 造花の中心には真珠が留められている。


 まるで花のように、腰からふわりと大きく広がっているドレスは、フィオナによく似合っていた。


「とてもお似合いですわ、フィオナ様」

 金髪の貴婦人が微笑んだ。


「ありがとうございます、オースティン侯爵夫人」

 フィオナがはにかみながらお礼を言った。


 金髪の貴婦人は、オースティン侯爵夫人。

 宰相であるオースティン侯爵の妻であり、ユリウスの母である。


 精霊国の王女であるフィオナは、家族も親戚もオークランド王国にはいない。

 ドレイクの妻として嫁ぐ日に、家族がいないのは寂しいだろうと、宰相夫妻がフィオナの親代わりを申し出てくれたのだ。


 櫛を手に、フィオナの髪の最後の仕上げをしているエマに、ナイア夫人が真珠のネックレスを渡した。


 それはオースティン侯爵夫人のネックレスで、幸運のために「何かひとつ、古い物を」と言って、フィオナに貸してくれたものだった。


 白の、長い髪は丁寧に巻き、結い上げずに下ろしている。

 エマは髪を乱さないようにそっと真珠のネックレスを付け、ベールと花冠の位置を直した。


「さあ、参りましょうか。国王陛下が、今か今かとお待ちかねですよ」


 オースティン侯爵夫人がフィオナの手を取って歩くのを助け、エマがフィオナの背中に流れる、長いベールを持った。


 ナイア夫人の誘導で、花嫁一行は無事に、結婚式会場へと向かった。


 * * *


 ウサギ姿のフィオナが、ドレイクによって王城に連れて来られて、ちょうど1年。

 この日、快晴の空の下に、フィオナとドレイクの結婚式が行われようとしていた。


 会場として選ばれたのは、王都から1番近い、オークの森だった。

 オークランドという国名の由来となった、古いオークの木々が茂る大きな森である。


 ユリウスの計算によれば、この森がオークランド王国の領土の中心に当たるという。


 森の入り口には、広々とした草地が広がっている。

 そこに大きなテントがいくつか張られ、来賓達はテントに作られた座席から、式の様子を見守る。


 それは、人々の予想を超えた、壮大な式となったのだった。


「準備はいいか?」

「はい、ドレイク様」


 国王と王妃のテントで、支度の整ったフィオナがドレイクに微笑みかけた。


「ドレイク様、とても素敵です!」


 普段は黒一色のドレイクは、一転して、白の礼装用のロングチュニックに、どっしりとした同じく白の絹のマントを身に付けていた。


「ほほう、1日限定の、というわけですな!」


 ドレイクがフィオナの褒め言葉に困ったような顔をしていると、すかさずオースティン侯爵が上機嫌で口を挟んだ。


 花婿の世話役がユリウス1人では心許ない、と、宰相のオースティン侯爵がドレイクにつきっきりで世話を焼いていたのだ。


「正直、俺のことはどうでもいい。まるで仮装している気分だからな。フィオナ、今日は特別に美しいぞ。俺はお前のウエディングドレス姿が見られただけで満足だ」


「確かに。ドレイク様は去年とほとんど変わっていませんけど、フィオナ様は1年で本当にお綺麗になりましたからね。背も高くなられたし、体付きも」

「ユリウス、フィオナを3秒以上続けて見るのは禁じる」


 オースティン侯爵が、はっはっはっ、と笑う。

「ユリウス、お前はお調子者だからな。くだらないことを言っていないで、お前も早くいい娘を見つけてこい」


 オースティン侯爵夫人がため息をついた。

「あなた。それにユリウスも。いい加減になさいませ。さ、そろそろお式のお時間ですよ。陛下、フィオナ様、行ってらっしゃいませ」


 * * *


 結婚式の会場となった草地では、正式な招待客はテントの下に収まっているが、王都から平民達も大勢詰めかけ、適当な場所にマットを敷いて、結婚式を見物していた。


 自由そのものである。

 フィオナとドレイクの竜も、静かに会場に座っており、人々は間近に見る竜の大きさに驚いたり喜んだりしていた。


 やがて、新郎新婦がテントから姿を現し、手を取り合って司祭の前に進むと、割れんばかりの拍手が響き渡った。


 司祭の心のこもった祝福の言葉に続いて、ドレイクとフィオナの誓いの言葉が述べられた。

 指輪の交換、そして、誓いのキス。


 その間、祝福の拍手は鳴り止まないほどだった。


 式は滞りなく進み、ドレイクが人々に向かって手を上げた。


「皆の者。今日は結婚式に来てくれて、ありがとう。オークランドの国王として、我が妃を皆にお披露目できることを、心より嬉しく思う」


 ドレイクは呼びかけた。


「妃は、もう皆も知っている通り、精霊国の王女だ。自然を愛し、自然を祝福する力を持っている」


 人々は静まりかえって、国王の言葉に耳を傾けた。


「もう、人の命を奪い、人の心も、大地も荒らしてしまう戦争はなしにしたい。誰もが、もう苦しむことはないように。精霊国は、我々がこの目で見ることはできないが、確かに存在している。私の母がまだ子供だった私に伝えてくれたように、我々1人1人が自然を大切にする心の中に、精霊国の教えが生きている。精霊王女である妃、我が愛するフィオナが、その存在を通して、オークランドの人々に、祝福された暮らしの仕方を、教えてくれると信じている」


「ドレイク様!!」

「国王陛下!!」

「フィオナ様!!」

「精霊王女、そしてオークランド王妃、フィオナ様!!」


 人々が口々にドレイクとフィオナの名前を叫んだ。


「この結婚の日に、そして、フィオナがオークランドの王妃となった日に、フィオナは改めて、この地、オークランドを祝福する」


 再び起こった拍手は、さらに大きなものだった。


「フィオナ」


 ドレイクに優しく見つめられて、フィオナはうなづいた。

 白いドレスを翻らせて、フィオナは堂々と歩いた。

 会場の中央に立つと、フィオナは地面に膝を着き、両手を地面に広げた。


 フィオナの両手から、明るい金色の光が生まれた。

 光はどんどん大きくなり、やがて会場全体を包み、オークの森へと広がっていく。

 さらに大きくなり、誰もが金色の光に包まれた後、光はまるで金色の鱗粉になったかのように、キラキラと光りながら、天へと上がって行った。


 この瞬間、オークランド全土が、精霊王女によって祝福された。


 暖かな日差しが大地に降り注ぎ、草原の花々は突然咲き始めた。

 森からはたくさんの動物達が姿を現し、人々を見守った。

 それはまるで、大地が喜び、祝福が溢れているかのようだった。


 竜達が立ち上がり、キュイ、キュイと鳴き声を上げる。

 そして、光が天に吸い込まれると、不思議なことが起こった。


 空の1点から、花々が降って来たのだ。

 はらはらと、まるで雪のように天から花が舞い落ちる。


 人々は驚き、歓声を上げる。


「お母様」


 立ち上がり、喜びの表情で涙ぐむフィオナを、ドレイクは優しく抱きしめた。

 美しい祝福の花々が人々の上に降り注ぎ、そして消えていった。


 2人は祈った。

 この地が自然に優しく、豊かであるようにと。


 * * *


 この日、フィオナとドレイクの結婚式を見た人々は、精霊の祝福を文字通り、目の当たりにすることになった。


 この日から1ヶ月後、オークランド王国は、アルワーン王国と遂に和平を結ぶことになる。

 それは、オークランドとアルワーン、双方にとって、新しい歴史の始まりとなった。

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