第42話 結婚式の夜

 「おかしくないかしら?」


 フィオナの心配そうな声が、王妃の部屋から聞こえてきた。


「大丈夫ですよ、フィオナ様。とてもお綺麗です」


 無事に結婚式を済ませ、ドレイクとフィオナはそれぞれの部屋で、身支度を整えていた。


 フィオナは浴室で侍女達の手で、念入りに全身の手入れを済ませ、エマの手によって、用意された夜着に着替えたところだった。


 白の夜着は薄くて、ふわふわして、丈が短い。

 それに白の大きいなサテンのリボンが付いている。


 フィオナは鏡に映った自分の姿に、目を丸くしている。

 すんなりと伸びた手足が夜着から覗いている。

 見慣れない感じだが、エマがこれでいいというのなら、いいのだろう。

 ナイア夫人も確認しているに違いなかった。


 エマが「寒いといけませんから」と、同じく白くてふわふわした、白いリボンの付いたケープを重ねてくれた。

 おかげですっかり快適になったフィオナは、ウサギのように、ぴょんぴょんと国王の寝室へと向かった。



 一方、ドレイクの部屋では、濡れ髪にバスローブ姿のドレイクが、のっしのっしと室内を歩き回っていた。


「…………ドレイク様、あなたはイノシシか何かですか?」


 ユリウスがうんざりしたように言い、ドレイクに髪を拭くタオルを放り投げた。


「大体、何で私を呼ぶんです。侍女がいるでしょう? 侍女を追い出して、私に世話をさせようとは……。私は初夜を控えた男の部屋にいる趣味はありません。それとも何ですか。黒の竜王ともあろうお方が、初夜が不安だとでも?」


「そんなわけがあるか! 自信なら溢れるほどある!」

「はあ!? 一体、いつそんな自信なんて付けたんです。まさか、私に黙ってどこぞでしてきたんじゃ……どこの人妻ですかっ!?」


「どうして、そこで人妻になるんだっ!! お前の趣味と一緒にするな!」

「そういうあなたは少女趣味じゃないですか!」

「だから、俺を、少女趣味と、言うな……っ! フィオナはもう、立派なレディだっ!」


 2人で言い合いをしていると、寝室の方で、かちゃり、とドアが開くような音がした。

 ドレイクとユリウスがぴたりと罵り合いを止めて、思わず見つめ合う。


「……フィオナ様じゃないですか?」

「お前もそう思うか? 支度が早かったな」


 ドレイクはタオルで髪を雑に拭くと、タオルをユリウスに放り投げた。


「よし、俺は行くぞ! 俺の装備は大丈夫か!?」

「戦いに行くわけじゃないんですけど。それに、装備って、バスローブしか着てないじゃないですか……何かこう、少しはおしゃれなものは無かったんですか?」


「ああ。浴室に何か小綺麗なものが置いてあったんだが、恥ずかしくて、あんなもん着られるか! じゃあ、ユリウス。さっさと部屋を出てってくれ」


 ユリウスは、ドレイクの言い草に首を振りながら、部屋を出た。

 おそらく、エマが初夜用の夜着を用意していたはずだ。

 彼女の心配りもイノシシには意味がなかった。


「ようやく行ったか。ユリウスめ」


 ユリウスが外廊下に続くドアを閉めたのを確認してから、ドレイクは内心ドキドキしながら、寝室に続く方のドアを開けた。


 * * *


「ドレイク様……?」


 ベッドサイドの明かりだけが付けられた寝室に、フィオナがいた。

 天蓋の付いた、大きなベッドの端っこに、ちょこんと腰かけている。


「待たせて済まない」


 ドレイクは寝室を横切って、ベッドの前に立った。

 ベッドに腰かけているフィオナを見下ろす。

 白いふわふわの夜着に、白いリボンが付いたケープを羽織っている。

 柔らかく巻いた、長い髪がフィオナの背中に自然に流れている。


 どんな格好をしていても、可愛いな、とドレイクは思う。


「今日のお前は、とても綺麗だった」


 ドレイクはフィオナの髪をそっと撫でる。

 ピンクの瞳が、まっすぐにドレイクを見つめている。


「お前は、俺の妻になった。フィオナ、お前はこれからずっと、俺と一緒だ」


 フィオナの瞳がキラキラと輝いた。

 両手をぐっ! と握り締め、ふるふるとしている。


「……本当ですか!? これからずっと!? 一緒なんですね!?」


 ドレイクはフィオナの勢いに少々びっくりして、うなづく。


「お、おう。ずっと一緒だ」

「朝ごはんも」

「そうだ」

「お仕事中も」

「そうだ。いつもと同じだな」

「お昼ごはんも」

「そうそう」

「竜に会う時も」

「もちろん」

「晩ごはん!」

「晩ごはんもおやつもだぞ」


 すると、フィオナが急に顔を赤くして、もじもじとしながら、ドレイクを見上げた。


「夜も……一緒に寝ていいんですか……?」

「うん? もちろん、一緒だぞ? 夫婦になったんだからな……?」

「24時間、一緒ですね!?」

「そうだな。お前が良ければ俺は構わない……」


 そう言った時点で、ドレイクは、何か嫌な予感が一瞬したな、と後から思い出すのだった。


「ドレイク様!! ドレイク様、大好きですーーっ!!」


 感極まったフィオナはピンク色の瞳をキラキラさせながら、ドレイクの胸に飛び込んだ。

 ドレイクは慌てて、両手を広げて、フィオナの体を受け止める。


「うおっ! 落ち着け、フィオナ……って、あああああああああーっ!!」


 * * *


 翌朝、エマと侍女達は、ドレイクの胸を枕にして眠る、1匹の白ウサギを新婚のベッドに発見したのでした♡


 ロマンチックな2人の夜は、もう少し、お預けのようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る