第44話 オークランド王国にて
幼馴染で、学友。
そんな付き合いのユリウスだったが、ドレイクには彼に言ってはいけない話題があった。
それが、ユリウスの双子の妹、リンデルの話だ。
リンデルは、7歳の時に、森の中で行方不明になり、後に何者かに誘拐されたことが明らかになった。
ユリウスの家は、侯爵家。
当時、すでにオークランドの宰相であった侯爵は、誘拐の事実を隠し、『病弱な妹リンデル』として、地方で療養中であると世間に公表し、公に姿を見せないことの理由付けをしていた。
ドレイクは今も、リンデルの姿を覚えている。
ユリウスと双子だけあって、2人はそっくりの容姿をしていた。
2人とも背が高い。
色白で、美しく整った容貌。
そして、銀色の髪に、紫色の瞳も一緒だった。
少女であっても、ユリウスと同じ教育を受け、護身術も習っていた。
万が一、誘拐などにあった際の身の処し方も叩き込まれていた。
美しくて、聡明で、冷静なリンデル。
成長したら、どんなに魅力的な令嬢になっただろうか。
しかし、今では、リンデルの名前を口にすることすら、憚られるようになってしまったーー。
* * *
「手紙を送っていただけませんか?」
ユリウスにしては珍しく、妙に礼儀正しい姿勢で、1通の手紙をドレイクに持ってきた。
じっとユリウスを見るドレイクに、ユリウスはそっと肩をすくめた。
「アルワーンに送っていただきたいのです。父には内緒で」
それでドレイクは全てを察した。
フィオナを助けにアルワーンに行った時、後宮でアルファイドの寵姫ザハラに出会った。
ザハラは、一目瞭然で、ユリウスに瓜二つだったのだ。
「ザハラには、リンデルの話はしたのか?」
そう言うと、リンデル、という言葉にユリウスは唇を一瞬震わせた。
しかし、すぐに首を振る。
「信じられないかもしれませんが、怖くてザハラには直接、何も聞くことはできませんでした」
ドレイクはうなづく。
自分も、そうだろうとは思っていた。
ザハラは隙のない女だった。
ザハラの望みは、アルファイドの側にいることだけ。
フィオナがいると信じて乗り込んだあの時、フィオナの部屋にはアルファイドがいた。
ドレイクが来ることを、ザハラがアルファイドに知らせたのだ。
あの時、アルファイドが言っていた。
『彼女が私を裏切ることはない』
リンデルが行方不明になったのは、彼女が7歳の時。
もしザハラがリンデルであるなら、オークランドで過ごした年月よりはるかに長い時間を、アルワーンで過ごしていることになる。
ユリウスが苦しそうな声で言った。
「それでも……1度だけでも、話してみたいのです。私に双子の妹がいること。彼女は行方不明であること。私は今でも妹を探していることを。陛下なら、アルファイドに直接、手紙をお送りできるでしょう。そして、アルファイドはきっと、手紙をザハラに渡してくれるだろう、そう思います」
ユリウスは静かに礼をして、部屋を出て行った。
* * *
意外なことに、アルワーンからは迅速に返信が送られてきた。
アルファイドの名前で届いた封書には、ザハラの書いた、1枚の手紙が入っていた。
『リンデルは死亡したと公表してください』
美しい筆跡。
ただ一言だけだった。
理由も、説明も、署名すらない手紙。
ユリウスは、手紙を手に、立ち尽くした。
何も言わなかった。
10日後。オースティン侯爵家から、発表があった。
『オースティン侯爵家令嬢リンデルは、病状悪化のため、さる療養施設に移りましたことをご報告いたします。当家は皆様からいただきましたお見舞いのメッセージに心より感謝申し上げます』
いつか、もしザハラに居場所が必要な時に戻れるように。
必要なら、侯爵家が後ろ盾となってやれるように。
あるいは、いつか、オースティン侯爵令嬢リンデルとして、アルワーンに嫁ぐ日のために。
ーーリンデルはオークランドで、まだ生をつないでいる。
今は、未来がどんな流れになるのか、ユリウスにはわからなかった。
それでも、大切な妹の無事を、遠いアルワーンの空へ祈るのだった。
☆☆☆『ウサ耳の精霊王女は黒の竜王に溺愛される』、このお話で完結とさせていただきます。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました♡
ウサ耳の精霊王女は黒の竜王に溺愛される 櫻井金貨 @sakuraikinka
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