第26話 その頃の黒竜
黒竜は竜舎のある丘の上に立っていた。
翼があり、空を飛ぶことができる黒竜は、筋肉は発達しているものの、案外その体型はスレンダーである。
人は巨大な生き物である竜を怖れるが、この黒竜は草食の上、実は気性も穏やかだったりする。
穏やかというか、まるで人間のような情緒、愛情だったり、優しさをドレイクは感じるのだ。
とはいえ、人に勝るとも劣らぬ知性を持つために、場合によっては、『人々が怖れる竜』そのものを演じることすらできてしまう。
まさに精霊国の存在にふさわしい、稀有な存在そのもの、ドレイクはそう思っていた。
(アルディオン)
ドレイクが心の中で呼びかけると、黒竜はすぐにドレイクを見た。
そんな黒竜の姿を見ていると、心が痛んだ。
黒竜が眺めている方角は、東。
まさにアルワーン王国がある方向だった。
「フィオナはアルワーンにいる」
ドレイクが言った。
竜は黙って、ドレイクの言葉に耳を傾けている。
「お前がフィオナを心配しているのは、わかっている。しかし、お前はアルワーンに行くな。ここで待っていてほしい。……俺がアルワーンに行く。必ず、フィオナを連れて帰る」
* * *
ドレイクは、アルワーンから、初めてアルファイドがやって来た時のことを思い出していた。
ドレイクとアルファイドは同い年で、その時10歳。
アルワーンの第2王子。
それだけであれば、少なくとも何かに苦労しているとは思えないが、アルファイドは後宮のあるアルワーンらしく、第7夫人の産んだ子供だった。
それを聞いて、複雑な事情があるらしいと、ドレイクは納得した。
周囲には、アルファイドを警戒するように、近づき過ぎないようにと懸念する声があったが、ドレイクは自分の好きな剣や体術の授業を一緒に受けようと、アルファイドを誘った。
アルファイドは当時、線の細い、繊細な印象の子供で、率直に言って、女の子のようだったからである。
アルファイドはアルワーン人らしい、濃い色の肌をして、肩先まで伸びた艶やかな黒髪をしていた。
まるで海のような、鮮やかな青の瞳が美しい、綺麗な子供だったのだ。
ドレイクの母である、王妃サリアがアルファイドに優しく接していて、アルファイドも母に懐いていたため、何となく、弟のように思っていたのかもしれない。
そして、女の子のようだから、ちょっと鍛えてやろう、とも。
当時、ユリウスもまたいつもドレイクと一緒にいたが、ユリウスはあの美貌は変わらないが、今よりも可愛げのない、乱暴な子供で、アルファイドに喧嘩をふっかけたり、公然と無視したりしてはサリアに怒られていた。
しかし、役目柄、ユリウスはドレイクと一緒にいなければならず、結果、アルファイドと接することも多く、かなり不満げな顔をしていた記憶がドレイクにはある。
とはいえ、当時の記憶を思い出してみても、ドレイクには、アルファイドがドレイクを憎んだり、復讐をしたいと思うきっかけとなった出来事は浮かんでこなかった。
もっとも、その後、アルファイドはアルワーンに帰国。
オークランドはアルワーンに攻め込まれ、ドレイクは黒竜と契約して、アルワーンの軍勢を追い返した。
オークランドに留学して、オークランドの国王一家と親交のあったアルファイドのアルワーンでの立場は、どうだったのか。
オークランドで何かがあったのか。
あるいは、その後に、アルワーンで何かがあったのか……。
アルファイドは、オークランドにいる時、幸せそうに見えた。
だが、ドレイクは、アルファイドを本当には、理解していなかったのかもしれない。
現在の状況を見る限り、そうだったのだろう。
ドレイクは苦々しい気持ちで、そう思った。
黒竜が、不意に大きく翼を広げ、ばさ、ばさ、と数回羽ばたいた。
キュイ、と鳴いて、またばさ、ばさ、と翼を動かす。
どこか不満なのだろう。
しきりに、キュイ、キュイ、と鳴いて、頭を上下に動かしている。
ドレイクは黒竜の首を、ぽん、ぽん、と叩いてやった。
ちょうど、ウサギがよくそうしていたように。
「大丈夫だ。フィオナは必ず連れ帰る」
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