第35話 お前から大切なものを奪う
フィオナは宴会の最中に竜の眠る谷へ連れて行かれた。
ドレイクが後宮にあるフィオナの部屋に来た時は、すでに夜中だった。
とはいえ、竜の眠る谷に向かったフィオナとは、数時間の遅れしか、ないはずだった。
今すぐにでもフィオナを追いかけたいドレイクを、しかし、ユリウスは冷静に止めた。
「今夜は新月。この闇の中を、行ったこともない竜の眠る谷に向かうのは、危険すぎる上、道を外れる可能性が高い。夜明けを待ちましょう」
そんなわけで、王都を出てから、街道を少し離れ、ドレイクとユリウスは焚き火を囲んでいたのだった。
「ドレイク様、アルファイドは、来ると思いますか?」
ユリウスが沸かしたコーヒーをカップに入れて差し出した。
コーヒーの本場、アルワーン産の豆である。
ドレイクが礼を言って、嬉しそうに口を付ける。
「そうだな……」
ドレイクが後宮で会ったアルファイドを思い起こす。
アルファイドと別れた18歳の年から、10年が経った。
自分自身に多くのことが起こったように、アルファイドにとっても、多くのことが起こった年月だった。
ドレイクは黒竜と出会い、アルワーンを撤退させることに成功したが、オークランド国王だった父と母を失った。
アルファイドはアルワーン国王だった父と王太子だった兄によって、オークランドから帰国させられたが、帰国後は塔に幽閉された。
そしてようやく塔から出られた時には、実の母はすでに後宮から追い出され、すでに死亡したとみなされている。
オークランドで、アルファイドは幸せそうだった。
ドレイクの父母は、ある意味、アルファイドにとっても、大切な存在であったのだ。
そんな2人を失い、さらに実の母までも失ってしまった。
アルファイドが父親である前国王と兄である王太子を追い詰め、廃位に追い込んだのも、アルファイドの復讐だったと思われた。
ではなぜ、アルファイドはドレイクが大切にしているフィオナを奪ったのか。
アルファイドには、オークランドに復讐する理由があるのか?
ここには、単純な加害者、被害者は存在しない。
誰もが加害者であり、同時に被害者でもある。
「アルファイドは……本当に、母に懐いていたよな。母上も、アルファイドを、実の子供のように接していた」
ドレイクがぼそりと言った。
「アルファイドは、信じたいんだと思う。精霊を。精霊がいる世界を、もう1度信じたいのではないだろうか」
「それで、何かが変わるとでも?」
そっけないユリウスの一言に、ドレイクは苦笑する。
「今のアルファイドが送っているメッセージは、『お前から大切なものを奪う』ですよ。あなたへの思いやりなど砂粒1つほども感じられませんね」
ユリウスはこの容貌で、一見、女性的な美しさだから忘れてしまうが、その気性は案外乱暴者なのである。
今も、自分の都合でフィオナをオークランドから連れ去ったアルファイドを、許せていないのだろう。
「それはそうと、ユリウス。ザハラのことだが」
ドレイクがためらいがちに口にすると、ユリウスは小さくうなづいた。
「そのこともあるんですよ。アルファイドは、あいつは、気づいていたはずなんだ。なのに、わざと、ザハラのことを私に言わなかった。18年もの間、黙っていた。ずいぶん、舐められたものです……この長い間、私達家族が、どんな想いでいたのか……一言で言えば、許せませんね……」
「ユリウス」
「すみません。心配はなさらないでください……時間をかけるつもりです。ザハラはアルファイドの元から離れるつもりはないようだ。それでも、少なくとも、居場所が確実になったのは、救いです」
ユリウスはばさり、とドレイクのために寝袋を広げた。
「さて。ドレイク様。私が火の番をしますので、少し仮眠を取ってください。夜明けになったら出発しましょう」
ドレイクには、ユリウスが1人で考え事をしたいと思っているのがわかった。
ドレイクはうなづくと、火の前で体を丸くした。
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