第15話 夜会とウサギ(1)

 オークランドの隣国である、アルワーンという国は、オークランドがある西方世界から見れば、エキゾチックでミステリアスな魅力のある、東方の国のひとつだ。


 特産品である、コーヒー、タバコ、スパイス、香料、デーツ、上質な絹や綿、それに金の交易で国が栄えていた。


 オークランドと国境を接し、東方の国々の玄関口とも言われている。

 大きな港を擁す、王都には『黄金宮殿』と呼ばれる煌びやかな王宮が建てられていた。


 まず、青空に映える、華やかな金色のドームが連なる屋根が目を引く。

 そして宮殿内は、暑い日差しを効果的に遮り、涼しい風を通す工夫を施された窓や吹き抜け、半屋外の回廊などが複雑に入り組んで造られ、壁は鮮やかな青のタイルを多用して、複雑なアラベスク模様を描いていた。


 そんなアルワーン黄金宮殿の1室。

 タイル張りの床の上に、一段高くなった台座には、大きなクッションが幾つも敷き詰められ、そこに1人の若い男が寝そべっていた。


 長く伸ばした黒髪。

 濃い色の肌に鮮やかな青い瞳が印象的な男の名前は、アルファイド・ガラニエル。

 アルワーン王国の若き国王である。


 アルファイドの背後には、左右に1人ずつ、顔には薄いベールを被っているものの、ベールの間から覗く豊かな肢体をカフタンに包んだ女2人が控えている。

 カフタンはアルワーンの民族衣装で、男女関係なく着る、胸に切り込みがあり、着丈の長い、直線断ちのワンピース様の衣装だ。


 国王の前には、恭しく報告を上げる家臣の姿があった。


「陛下、オークランドからの報告にございます。なんでも、不思議な少女が王城入りしたそうです。竜と心を通わせ、竜の言葉がわかるとも噂されています。国王が少女を大切にしているのは確かなようです」


「どんな娘だ?」


「白い髪にピンク色の瞳をした少女です。ほっそりとして、まだ成人前とも見えるとか。読書係として国王に仕えています」


 長く伸ばした黒い髪がはらりと顔にかかるのを、面倒くさそうに振り払い、アルファイドはあくびをした。


「……読書係は、要は愛人ということだ。そんな子供のような娘を召し抱えたとはな。あの男も変わった趣味を持っている。で、その娘の素性は?」


「はい。詳しいことは公表されていませんが、地方の下級貴族の娘だとか」

 

「つまらん」


 アルファイドはそう言うと、立ち上がった。

 幾つも重ねられたクッションから彼が立ち上がると、濃い色をした肌に羽織るように着た、白のカフタンがふわりと揺れた。


 アルファイドの背後に控えていた2人の女も立ち上がり、彼が着ているカフタンの襟元や裾を、さっと直したりしている。


「オークランド国王には、今までおそばに女性を召し抱えたことはありません。もし国王がそのような娘に興味があるなら、こちらで選んだ娘を間者として送り込んでは……」


「つまらん手だな。あの男がそう簡単に女を信用すると思うのか?」


 アルファイドはふん、と興味なさそうに鼻を鳴らし、やがてどうでもいい、というように手を振った。


「引き続き、その娘の情報を探っておけ」


 指示された男は、一礼すると、静かに退出した。


 * * *


 その頃、オークランド王宮では、国王陛下の居室で、ちょっとした騒ぎが起こっていた。


 その中心にあるのは、ウサギ改め、読書係となったフィオナである。


「よろしいですか、フィオナ様。来週末、定例の夜会が王城で開催されます。通常、国王陛下は最初の乾杯の際だけお顔をお見せになり、その後は退出されます。急ではありますが、フィオナ様には、その夜会に出席いただきます。陛下とダンスをする必要はございません。現在、王城ではあなたに関する様々な噂が流れておりますので、1度、公の場に出て、噂を鎮めるのがよろしいでしょう。貴族達は、あなたをよく見たことがないので、気になっているのです」


 フィオナは長い話に神妙に耳を傾け、うなづいた。

 王城内で、ナイア夫人が掌握していないことなど存在しない。

 彼女が良いと思ったなら、それには理由があるのである。


「読書係としての義務とお考えください。当日はオペラ歌手が歌ったり、劇が上演されたりします。ずっと社交をしている必要はありませんし、下手に年頃のご令嬢とお付き合いするのは避けてください。陛下の婚約者になりたいと思う者は多いのです。不要な衝突を招きかねません。あなたの付き添いを1人用意しますので、彼女の指示に従って、行動してください」


「はい、わかりました」


 フィオナは再びうなづいた。

 自分では是非はわからない。ナイア夫人が言うことには従おうとフィオナは思っていた。


「フィオナ様、こちらへ」


 優しい声がして、侍女のエマがフィオナをソファに案内する。


「当日のお衣装合わせをいたしましょうね。時間がありませんので、今から仕立てることはできませんが、既製服のサイズを合わせたり、お直しをすることはできますよ。母と相談して、こちらに何点か用意したのですが、いかがでしょうか? お気に召したものはありませんか?」


 フィオナがソファに座ると、侍女が次々にドレスを持ってフィオナを取り囲んだ。

 目の前に並んだドレスに、思わず、フィオナは目を丸くしてしまう。


「……きれい」


 淡いピンクの、まるで花びらのように可憐なドレスがあった。

 薄い水色の、エレガントなドレス。

 さらに、美しいカットワークの、白のドレス。


 しかし、フィオナの目が留まったのは、エマが手にしている、グレーのドレスだった。

 一見、地味な色合いなのだが、柔らかなシフォン生地を何枚も重ね、小さなピンクのビーズが丁寧に縫い付けられている。


「このドレスが好きです」


 フィオナが言うと、エマがそっとドレスをフィオナに合わせてくれた。


「上品な色合いです。悪くありませんね」


 いつも厳しい表情をしているナイア夫人も、うなづいた。

 フィオナがグレーのドレスを着て見せると、ナイア夫人は素早く、肩や胸元、袖、ドレス丈などをチェックして、針を打っていった。


 ナイア夫人の登場で、フィオナの日常は変わった。


 ドレイクは特にナイア夫人に指示をすることはなく、彼女の判断に任せているようだ。

 もっとも、ナイア夫人と接して数日にもなれば、ナイア夫人の見識と判断がしっかりとした信頼のおけるものだとわかる。


 ナイア夫人のおかげで、フィオナは文字の読み書きに始まり、行儀作法、歌とダンスのレッスンまで受けていた。

 どれも一流の講師のレッスンであり、たとえ素性の怪しい、読書係の若い娘に対してであっても、フィオナをしっかりと尊重する彼らの講師としての姿勢は完璧であった。

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