第2章 アルワーン王国編

第21話 黄金の宮殿

 フィオナは眠っていた。

 遠くから、かすかに規則的な音がしている。

 なぜか体が揺れていて、誘われるように深い眠りに落ちていく。


 しかし、ガタン、という大きな音と共に、フィオナは目を覚ました。

 まず思ったのは、暑い、ということ。

 そして喉がとても渇いていた。


 フィオナは体を起こした。

 床の上で眠っていたらしい。

 それは、ウサギに変身できる彼女にとっては、珍しいことではなかったが、ドレイクと再会して、彼と共にオークランドの王城に行ってからは、なかったことだった。


 エマがきちんと整えてくれるベッドで、気持ちよく眠っていたから。


 フィオナは周囲を見回して、衝撃を受ける。


 自分がいるのは、檻の中だった。

 立ち上がれるだけの高さもない。

 

 フィオナの最後の記憶は、夜会だ。

 自分はグレーのドレスを着ていた。

 体を見下ろすと、すでに夜会のドレスは跡形もなく、簡素な貫頭衣ひとつを着せられていた。


 何かが起こったのだ。


 フィオナは焦る気持ちを抑えながら、改めて、必死で周囲を見回す。

 そこは小さな部屋で、雑多な荷物の中に、フィオナが入れられている檻が置かれていた。

 窓もなく、今、自分がどこにいるのかもわからない。


 しかし、ひとつだけはっきりとしたことがあった。

 体の下から感じる、この規則的な揺れだ。


「……船」


 フィオナは呆然として呟いた。

 船になど乗っていたくない。

 それは、オークランドから離れていくことを意味するからだ。

 オークランドから、ドレイクから、離れたくはないのに!!


 フィオナは鉄棒を握りしめる。

 いっそ、ここでウサギになってしまおうか?

 この鉄棒の幅であれば、ウサギならすり抜けられるはず。

 なぜかはわからないが、最近は、ある程度、変身をコントロールできるようになった気がしていた。


 しかし、狭い船の上でウサギになったとして、海の上でどうやって脱出できるのか。


 その時、がちゃりと音がして、突然ドアが開いた。

 濃い色の肌をした男が数人入って来る。

 開いたドアからは、異国の香りと、熱い空気が入ってきた。


「目が覚めたか」


 男は一言呟くと、檻を開け、有無を言わさず、フィオナに目隠しと猿ぐつわをかけた。


 船内から連れ出され、馬車に押し込められる前、1度、目隠しが緩んだ時に、フィオナは船が発着する港と、遠くに見える砂漠、そして青い海を背景に黄金に輝く宮殿を見た。


 熱い空気が、フィオナの肌を刺す。


(ウサギには厳しそうな気候)


 フィオナは思った。


 フィオナの鼻が無意識にひくひくと動く。

 フィオナは考え始めた。


 まず、フィオナは反省する。


 会いたかったドレイクと再会できて、浮かれすぎた。

 本当に毎日が幸せだった。

 しかし、もっと警戒をするべきだったのだ。

 それは、本能的な気づきだった。


 馬車が動き出し、ガタゴトと揺れる座席の上で体が跳ねる。


 誰かが、警告してくれていたのに。


 フィオナは目隠しの下で、ぎゅっと目を閉じた。

 思い出せそうで、思い出せない。

 誰かが、とても信頼している、大切な人が、何か大切なことを教えてくれていたのだ。

 

 フィオナは無意識に、右耳にさわった。

 長い白い髪の下に隠れているが、フィオナの右耳には、小さな赤い宝石が嵌め込まれている。


 何か、この宝石についても、教えてくれていたような気がするのに……。


 フィオナはそっと首を振った。

 思い出せないなら、今は仕方がない。


 フィオナはぎゅっと唇を噛み締めて、顔を上げた。

 

 がたん! と大きく馬車が揺れ、そして止まった。


「降りろ」


 目隠しをされたまま、馬車からつかみ出されるようにして、地面に降ろされた。

 フィオナの体は揺らがない。

 しっかりと両足で埃っぽく、熱い大地を踏みしめた。


 大切なものはただ1つだけ。

『ドレイクの元に戻る』こと。

 どんなことがあっても、成し遂げてみせる。

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