第13話 その少女は何なのですか?

 まだまだ自信はないものの、ウサギもだいぶ、変身する時の前兆がわかるようになり、ある程度、変身をコントロールできるようになった。


 これで少し安心である。


 ドレイクは白い毛並みをしたウサギを腕に抱えて、執務室に出勤したりもするようになった。

 ドレイクが仕事中は、執務室に置かれた箱の中でウサギは眠っている。


 食事も一緒。

 ウサギ姿の時は腕に抱えて歩き、突然、少女姿にならないように気を使う。


 そうして一緒にいるうちに情が移り、ウサギの可愛らしさにめろめろに……。

 いやいや、そこまではなっていないはず、とドレイクは姿勢を正した。


 遠乗りに連れて行ったり。美味しいものを食べさせたり。

 可愛い服を着せてみたり。


 何をしてもウサギはにこにこと楽しそうにしているのだ。


 国王陛下の『ウサギ好き』の噂は、王城内ではすでに確定のものとして扱われ始めた。

 一方、『少女好き』の噂の方も、立ち消え、というわけにはいかなかった。

 

 できるだけ公にせず、とは言っても、ドレイクの私室でウサギが暮らしているのは事実である。

 少女姿のウサギが、部屋の中にいるところを見た侍女や、すっかりドレイクと2人で食事を取るのが習慣となったため、2人分の食事を用意する侍女などから、美しい少女の存在は密かに王城内で伝えられていた。

 女性のドレスや小物をエマが用意しているのを見た者もいる。


 そしてついに、王城内の噂を聞いて、重鎮が登場した。

 エマの実母であり、女官長であるナイア夫人だ。


 * * *


 未亡人らしく、飾りのない、慎ましやかな黒のドレスに身を包んだナイア夫人は、ある日、ドレイクに「私室での」面会を申し込んできた。


 ドレイクの補佐官として、ユリウスはそれをあっさりと承諾した。

「どのみち、早いか遅いかの違いだからね」


 そんなわけで、その日の午後、早速、ナイア夫人はドレイクの私室に現れた。


「国王陛下、ご機嫌麗しく存じます。この度はお忙しい中、お時間をとっていただき光栄でございます」


 ナイア夫人はそう言うと、上質な素材のスカートを両手で少し持ち上げ、淑女として、完璧な礼を取って見せた。


 娘のエマは、明るい茶色の髪に、明るい茶色の瞳の色をした、愛らしい顔立ちをしているが、母のナイア夫人は、エマより落ち着いた色合いの茶色の髪と瞳をしていた。


「ナイア夫人、いつも務めをご苦労。貴女のおかげで、城の中も過ごしやすく整っている」


 ドレイクがそう言うと、ナイア夫人は、「ありがたきお言葉」と返し、お辞儀をした。


「それで、何か気になることでもあるのか? わざわざ『自室で』と指定したくらいだからな」


 そう言われて、ナイア夫人は、上品な微笑みを見せた。


「実は気になる噂を聞きましたの」


 ナイア夫人は、ドレイク、ユリウス、そして部屋の隅に控えている娘のエマの顔を順々に見た。


「陛下、率直に申し上げますわ。恐れながら王妃となる女性を娶る時かと存じます。もう逃げはききませんよ。で、宮廷中の噂となっている少女は何者なのです? なんでも、裸で怪しい踊りを踊る、とんでもない悪女と聞きましたが。そのような女、一体どうするおつもりで?」


 宣言通り、確かに、率直だったナイア夫人の言葉に、一同は硬直した。


(裸で怪しい踊りを踊る!? どうしたらそんな噂になるんだ!?)


 思ったことは同じである。

 3人は次々に口を開いた。


「それは違うぞ、ナイア夫人」とドレイク。

「裸で怪しい踊りは、彼女には無理だと思います」と言ったのはユリウス。

「母上、お嬢様は悪女とは全く違いますわ」とエマが返した。


 ナイア夫人は一同を見回して、ぴしゃりと言い返した。

「お黙りなさい、3人とも」


「すまん」

 思わず謝ったドレイクに、ユリウスが左眉を上げて、「条件反射ですね。元乳母殿は強い」と感心したように言った。


「ともかく」

 ナイア夫人が威厳たっぷりに言った。


「……今すぐに、とは言いません。しかし、わたくしも城内を掌握しなければなりません。もし陛下が女性をおそばに置かれているのなら、わたくしも近日中にお目にかからせていただきます。女性の処遇はそれからです。よろしいですね?」


「わかった。あなたに会わせよう、ナイア夫人」


 ドレイクが了承すると、ナイア夫人は一礼して部屋を出て行った。


 その日の午後、仕事を早めに終わらせたドレイクは、お茶の時間に合わせて、自室に戻ってきた。

 ユリウスも一緒だ。

 

 居間では、少女が、ドレイクを待っていた。

「お帰りなさい、ドレイク様」


 少女が笑顔でドレイクを迎えると、ドレイクは無言で、少女の頭をぽん、と叩いた。

 エマがてきぱきと3人分のお茶を用意する。


「ウサギ、お茶の後、竜舎に行くぞ。黒竜に少し運動をさせないとな」


 少女はぱっと顔を上げた。

 ピンク色の瞳がキラキラと輝いている。


「はい!」


「ユリウス、お前も来るか?」


 そう言ったドレイクに、ユリウスは柔らかく微笑みながら、首を振った。


「私はご遠慮します。お2人のお邪魔はしたくありませんからね。エマ、この後、少し打ち合わせをしようか。ナイア夫人に引き合わせる時に、お嬢様にちゃんとしたドレスを用意する必要があるだろう」


「はい、ユリウス様」


 その後、ユリウスとエマが少女に着せるドレスについて相談をしていると、窓から、城の中庭を通って竜舎に向かう、ドレイクの姿が見えた。

 ドレイクの左腕には、胸元に抱えられている白い毛並みのウサギの姿が見えた。


 相変わらずの黒づくめに、無愛想な顔をしているが、なんとまあ、大事そうにウサギを抱えているのだろう。

 ユリウスとエマは、自分達の主人が、中庭の向こうに消えていくのを、静かに見守ったのだった。


 * * *


 竜舎の敷地に入ると、白ウサギはぴょんと地面に飛び降りて、物言いたげにドレイクを見上げた。


 ピンク色の丸い瞳が、キラキラとしてドレイクを見つめている。


「う……」


 ドレイクは喉を詰まらせると、小脇に抱えていたブランケットをウサギの上から被せた。

 すると、ブランケットがごそごそと動き、白いふわふわとした髪がブランケットの下から現れた。


「よいしょっと」


 少女の姿に戻ったウサギはブランケットの下で器用に体を動かし、そのまま立ち上がると、ブランケットを体に巻きつけた。


「アルディオン!」


 少女は満面の笑顔で、黒竜に抱きつく。


「おい、ウサギ! 気をつけろ。どこに人の目があるかわからないんだからな」


 ドレイクが慌てて周囲を確認すると、少女は、あっと叫んで、恐縮して頭をペコリと下げた。


「ドレイク様、ごめんなさい……」


 その時、黒竜がドレイクに話しかけた。

(心配するな。フィオナ様のことは、私が守る)


 ドレイクは目を見開いた。


「……フィオナ様!? フィオナって、誰だ?」

(この少女のことだ。彼女のことは、心配しないように)


 ドレイクは驚きのあまり、黒竜とウサギ……いや、黒竜の言うことが本当なら、フィオナを見つめた。


「ウサギ、お前の名前は、フィオナなのか?」

「う〜ん。わかりません」


 ……当の本人は全くわかっていなかった。

 ドレイクはまじまじと、目の前に立つ、ブランケットを体に巻きつけた少女を眺めた。


(精霊国の黒竜、精霊女王の守護者である竜が「フィオナ様」と呼ぶのか? この子は、やはり精霊国の……?)


 ブランケットを体に巻いた少女。

 裸足で緑の芝の上に立ち、細い手を伸ばして、黒竜を怖がることなく抱きしめている。

 白くてふわふわとした長い髪は風に吹かれて、揺れていた。


 ーーどんな姿をしていても、可愛い。

 いや、そこではなく。


「ドレイク様?」


 振り返ってドレイクを見た少女、フィオナが、まるで精霊のように、この世離れした美しさであることに、ドレイクはその時初めて気が付いたのだった。

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