第49話 伯爵

 トワたちはユーベルト伯爵の行方を探ってみたが、誰に訊いてもその居場所はわからなかった。


 ただ、魔の目のおかげで、屋敷の敷地外に通じる隠し通路は見つけている。そこを通れば伯爵を見つけられる可能性はあった。


 とはいえ、その通路が行き着いた先で、伯爵はどこかへ逃げてしまっているだろう。容姿もわからないのでは、トワたちに探しようがない。


 伯爵殺害にはじっくり時間をかける必要があるかもしれない、と諦めかけたとき。



「あれ? この屋敷、地下室以外にも隠し部屋があるかも」



 姿を隠しつつ屋敷を見て回る中で、不自然に空いた空間を見つけた。部屋が三つあるのに、そこに入る扉が二つしかない、という奇妙な空間。そして、その空間の中のことを、トワは上手く見通せない。妨害する魔法がかかっているらしい。


 トワたちは一階にあるその部屋の前に立つ。



「ここの奥、小さな部屋がある」



 見かけ上はただの壁。しかし、確かに奥に空間がある。



「トワがそう言うなら、きっと部屋がある。トワ、壁を壊せる?」


「うーん……奥に人がいたとして、それを殺してもいいなら」


「それはまだダメ。伯爵は苦しませてから殺す」


「だよね。ナターシャ、この壁、壊せる?」


「……やってみる。トワ、強化魔法もお願い」


「わかった」



 トワはナターシャを強化する。


 そして、ナターシャは壁に向かって剣を一閃。大きな傷が入った。しかし、それだけでは壁を破壊するに至らない。



「……傷が入るなら、穴を開けるくらい、できる」



 ナターシャは四回剣を振り、壁に四角形の傷を作る。四角形の内側を蹴ると、壁の一部が奥に倒れた。


 穴が空いた壁の向こう側は宝物庫のようでもあり、高価そうな品々が置かれている。さらに、豪奢な服に身を包んだ中年男性がいた。



「ひっ」



 情けなく悲鳴を上げる男性。肥え太った、いかにも強欲で醜悪な人間らしいその姿に、トワは吐き気を催してしまった。



「……ユーベルト伯爵だね。殺しにきたよ」



 トワは重力魔法で男性の動きを止める。



「ち、違う! 俺はユーベルト伯爵ではない!」


「ふぅん。それでもいいや。少なくとも、こんな隠し部屋を知っている程度には、ユーベルト伯爵と近しい人なんでしょ? きっとろくでもない人間だから、やっぱり殺すね?」


「ふ、ふざけるな! なんだそのわけのわからない物言いは!」


「ユーベルト伯爵がしていることに比べれば、わたしたちのしていることなんて可愛いものだよ。

 ねぇ、ナターシャ。わたしの魔法、拘束はできるけど、このままじゃ移動できないんだ。あの地下室にこいつを連れていきたいから、逃げられないように足首辺りを切り落としてくれない?」


「うん。わかった」


「待て! 何の罪もない人間の足を斬るだと!? 頭がおかしいんじゃないのか!?」



 男が何かを言っているが、ナターシャは淡々とその男の足を切り落とした。



「ぎゃあああああああああああああああ!」


「……何か被害者みたいな態度だけど、足を切り落とされるより酷いことをしてきたんでしょ? どうして自分が苦しいときだけ、理不尽な目に遭ってるみたいな態度を取れるのかな? 心底不思議でしょうがないよ」



 男がうるさいので、トワは痺れ毒で男の叫びを止める。体は動かないが、痛覚は残す毒なので、男は苦悶の表情を浮かべたままだ。



「飛行魔法で運ぶかな?」


「引きずっていけばいいんじゃない?」


「そうだね。ナターシャ、頼める?」


「うん」



 ナターシャが男の足を掴み、部屋から引きずり出す。頭をぶつけたり床と擦れたりして痛そうだが、どうせもうすぐ死ぬのだから問題ないだろう。


 トワたちは男を地下室に連れて行く。途中で兵士の一人に男の名前を訊いてみたら、やはりユーベルト伯爵だった。ひょっとしたら人違いかもしれないという心配もあったので、トワは安心した。


 なお、伯爵のことを尋ねた兵士については、用件が済んだら眠ってもらうことにした。


 さておき。


 トワたちは、伯爵を連れて拷問部屋に戻ってくる。


 伯爵が出血であっさりしなないよう、傷口を焼いて止血。


 頑丈な椅子に縛り付けて、トワは伯爵に尋ねる。



「ねぇ、この部屋を使ってたのは、あなただけじゃないんだよね? 他に誰が使ってたの?」



 伯爵が話せるよう、トワは痺れ毒を無効化する魔法をかけた。


 伯爵は素直に答えようとはしなかったが、ペンチで爪を一枚剥がしてやったらすぐに従順になった。四名の名前と特徴を、伯爵は答えた。


 ただ、名前と特徴を教えてもらっても、その相手が誰なのか、トワにもナターシャにもはっきりとはわからない。尋ねて回るにしても、全員を殺すことはできないかもしれない。



「まぁ、その四人……あのエレドって奴を除いて三人を殺すために、町を全部破壊するのはやりすぎだよね」


「流石にそれはしたくないな。もう何万人も殺したいとは思わない」


「だよねぇ。とりあえず、この男……っていうか、化け物に、死に勝る苦しみを味わってもらおうか」


「うん。あ、でも、トワ、一応誰かがあたしたちを捕まえに来るかもしれないから、警戒はしててね?」


「わかってる。見ておく」



 そして、まずはトワが化け物の爪を全て剥いだ。とても痛そうで、トワとしてはこんなことをしても気分は良くなかったのだが、最後までやりきった。



「止めろ! もう止めてくれ! 俺が悪かった! 今までやってきたことは謝る!」



 化け物が顔を見にくく歪めて泣きわめいた。



「……化け物が何か言ってるね」


「わかってたけど、こいつはやっぱり化け物だね」


「本当だよね。謝って許されることじゃないのに」


「化け物には人間社会の罪も罰も理解できないんだから仕方ないよ」



 やれやれ。トワもナターシャも肩をすくめる。


「き、貴様ら! 下手したてに出れば調子に乗りやがって! 俺は伯爵だぞ! 貴様らのような薄汚い下民は、俺に話しかけることすら許されんのだぞ!」



 化け物は、今度は怒り出した。


 トワもナターシャも、溜息をつく。



「ねぇ、あなたはどうして人間みたいな姿をして、人間みたいな言葉をしゃべるの? そんな下手くそな擬態、意味ないよ?」


「人間の真似をするなら、もう少しマシな言動をした方がいい。すぐに正体がばれてしまう」


「あのね、姿とか声だけ人間の真似をしたって無駄だよ。騙せない。人間はそこまで馬鹿じゃない」


「人間を騙すつもりがあるなら、もっと人間を学んだ方がいい。まぁ、もうその機会はないけれど」



 ナターシャが化け物の右手の小指を掴み、それを曲がってはいけない方向に折った。



「うがああああああああああああああ!」


「人間に化けるのは下手くそだけど、ちゃんと痛みを感じるように人間を真似たのは、良いことだよ」


「それだけは良かった」


「でも、どうして痛みを再現したのに、他人の痛みは想像できなかったんだろう?」


「そこは、あたしたちにはきっとわからないことだね」



 トワたちは拷問を続けた。


 歯を折って、舌を抜いて、耳を削いで、全身を切り刻んで、目玉を潰して、内蔵を引きずり出して。


 傷つけすぎて死にそうになってしまったら、トワが回復魔法で回復してやった。


 傷が治ったおかげで、化け物はもう少し他人の痛みについて考える時間を得られた。


 回復と拷問を繰り返し、やがて化け物は人を真似ることを止めた。


 わけのわからない呻き声をあげ、痛みにも一切反応しなくなった。


 化け物が壊れたところを見計らい、トワはその体を重力魔法で押しつぶした。


 べしゃ、と気色の悪い音を立てて、化け物は血と肉と骨になった。



「……終わったね、ナターシャ」


「うん」


「あと、三人だね」


「うん」


「見つかるといいね」


「うん」



 トワとナターシャは、一旦地下室を後にした。

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