第5話 殺し

 翌日、トワは再度村に向かって歩いたのだが、やはり何時間歩いてもたどり着くことはできなかった。



「あ、これ、村が人避けの魔法とかで守られてる奴だ」



 そう気づいて、トワは空から村に向かってみた。しかし、村に近づこうとすると、ふと気づいたときには全く別の方向に向かって飛んでいて、村には近づけない。


 トワの扱える魔法は魔物を倒すのには便利だが、人避けの魔法を解除することはできない。



「……別の村を探そう。っていうか、森を抜けようかな。結構遠いけど、方角はわかる」



 トワは地上に降りて、森を抜ける方に向かって歩く。


 そのとき。


 微かに、だけど確かに、女の子の叫び声が聞こえた。悲鳴ではないが、苦しげなのは伝わってきた。



「……誰かいる。あの村の人かな」



 トワは声の聞こえた方へ駆ける。


 そして、百メートルも進まないうちに、四人の人間を見つけた。


 三人は三十歳を越えているだろう男性で、あまり身なりは良くない。使い古された防具と武器を装備している。


 もう一人は、十四、五歳の少女。ボブカットの鮮やかな金髪が美しく、その頭部には三角の獣耳。腰の下からはふさふさした尻尾も生えている。顔立ちは人間と全く変わらないが、おそらく獣人の類だ。瞳は黄色で、凛々しい目つき。かなり露出の多い服装をしているのは、獣人としては普通なのだろうか。


 その獣人少女が、男性のうちの一人に拘束されている。少女は暴れるが、男性の力には敵わない。



「大人しくしろ! 抵抗は無駄だ!」


「離せ! クソども! あたしはお前たちなんかに屈しない!」


「は! お前がどう思おうと、もう無駄だ! おい、早く首輪をつけろ!」


「おう」



 少女を拘束しているのとは別の男性が、黒い首輪を取り出す。



(……何か、すごく嫌な感じのする首輪だ。奴隷の首輪とか? まぁいい、とりあえず、あの子を助けよう)



 トワは風の魔法を使い、首輪を手にしていた男性を吹き飛ばす。殺さないように加減していたのだが、男性は木に頭をぶつけて動かなくなった。気絶しているだけ……とトワは思いたかった。



「なんだ!?」


「魔法だと!?」



 男性たちがトワの存在に気づく。だが、今更気づいてももう遅い。


 トワは再び風魔法を使い、空気の固まりを二人の男性の頭部にぶつける。


 相手を殺さず、気絶だけさせる程度の威力を目指したが、そこまで細かな調整はできなかった。男性たちはダメージを負ったものの、気絶まではしなかった。


 しかし、それで十分だったのかもしれない。


 獣人少女が男性の拘束から逃れた。トワの風魔法により、男性は少女を拘束する力を弱めていたようだ。


 獣人少女は、地面に落ちていた剣を拾う。



「え」



 獣人少女は剣であっさりと男性二人の首を切り裂いた。切断には至らなかったが、大量の血が吹き出す。



「あぐ、あ、がっ!?」


「おあああ!?」



 男性二人は首を押さえる。


 獣人少女は、一切ためらう様子も見せずに追撃し、二人の首を落とした。



「……え?」



 獣人少女は、さらに気絶している男性の元にも駆け寄り、そいつの首も落とした。



「……え、何これ」



 トワが呆けていると、返り血を浴びた獣人少女がトワに向かってゆっくりと歩いてくる。戦意はなさそうだが、その目には凄みがあった。



「助けてくれてありがとう」


「あ……うん……。で、でも、殺さなくても良かったんじゃ……」


「あいつらは、あたしたち獣人にとっての敵。獣人を捕まえて、奴隷として売り飛ばす。あいつらを生かしておけば、また別の仲間が狙われる。ああいうのは、即刻殺さなければいけない」


「そう……なんだ……」



 ここは日本ではない。人が人を殺すのも、そう珍しくはない。


 自分がいるのはそういう世界なのだと、トワは強烈に実感する。



「あたしは雷狐族らいこぞくのナターシャ。年齢は十四。あなたは?」


「えっと……わたしは……」



(チィって答えるべき? うーん、ここはわたしの名前でいこう。それと、異世界だし、名字は名乗らない方がいい感じかな……?)



「わたしは、トワ。十一歳」


「トワ。助けてくれたこと、本当に感謝してる。でも……」



 ナターシャが、血に塗れた刃をトワに向ける。



「ごめん。あたしはあなたを殺さなければならない」

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