第6話 食人花

「え、な、何!?」



 突然刃を向けられて、トワは困惑。



「……あなた、食人花に侵されてる。体中から花が生えているなんて、食人花以外あり得ない」


「え、あ、う、うん……。だったら、何……?」


「知らないの? 食人花は、放っておくと町一つを滅ぼしかねない危険な花。普通は体内に隠れているものだけど、食人花に侵された者が他者に接触すると、その相手も知らないうちに食人花に侵される。やがて、人知れず食人花は町中に広がって……食人花が全ての人間を食い殺す」


「あ……食人花って、そんな危険な花だったんだ……」


「そう。だから、ごめん。あたしを助けてくれたあなたに、こんな仕打ちをしたくないのだけど……あたしは、あなたを殺さないといけない」


「その、食人花だけを取り除く方法とかは……?」


「ない。少なくともあたしにはない。諦めて」



(まずい。ナターシャは本気だ! そして、ナターシャは必要なら人を殺せる子だ!)



 ナターシャがじりじりとトワに近づく。完全に臨戦態勢で、トワの魔法を警戒している様子。



「ま、待って! わたしは大丈夫だから!」


「……食人花に侵された人は、よくそういうことを言うんだって。自分は大丈夫、なんともない、だから殺さないで……。食人花に操られているのか、本人の意志なのかはわからないけど……」



 ナターシャはとても辛そうだ。必要ならば人を殺すけれど、人を殺したいとは思っていない、優しい子なのだ。



「……お、落ち着いて。本当に大丈夫なんだ。証拠を見せるから……」


「ごめん」



 ナターシャの鋭い踏み込み。


 トワは、とっさに結界魔法を使った。トワを守るガラスのような壁が生じる。



「な!? 結界魔法!?」



 突き出されたナターシャの刃は、結界に当たって止まる。ナターシャは必死で剣をトワに向けて押し込もうとするが、それは叶わない。



「ナターシャ、話を聞いて……」


「トワは風魔法の使い手ではないの……? 二つ以上の魔法を扱える……?」


「えっと、そのままでいいから、聞いて。わたし、この食人花を自由に操れるの」


「操れる……? それも、魔法……?」


「魔法っていうか、食人花を使役しているっていうか……」



 この説明はもちろん嘘だ。トワは食人花そのもの。しかし、食人花そのものだというより、食人花を操れると言っておく方が、理解してもらいやすいだろう。



「食人花を、使役……? ますますわけがわからない……」



 ナターシャはなおも剣でトワを攻撃し続けるが、刃はトワに届かない。



「……わたしは、とにかくそういうことができるの。ほら、枯らすことだって」



 トワは、自身から生えている花の一本を意図的に枯らす。ただし、全ては枯らさない。枯らすと強力な魔法を使えなくなってしまう。



「食人花は人の体を蝕むだけのはずなのに……。どうして……」


「わたし、特殊な体質、みたいなんだ。だから、わたしは大丈夫……」


「……他に、何ができるの?」


「色々な魔法を使えるよ。火とか水とかも使えるし……」



 トワは火魔法や水魔法を使ってみせる。ナターシャは酷く驚いた。



「な!? 普通、属性魔法は一人につき一属性……。二つ使えるだけで特別で、三つも使えたら最高位の魔法使い……。一つの属性魔法と雑多な補助系魔法を使うだけならよくあることだけど、あなたは、三つの属性魔法に加えて結界魔法も……?」


「……まぁ、うん」


「他には?」


「……回復魔法とか」


「回復魔法まで!? 他には……ええと、やっぱりもういい。あまり他人のスキルを尋ねるものじゃない……」


「うん……」



(この世界、一人につき一属性が基本なのか。これは、迂闊うかつに複数の属性の魔法を使うわけにはいかないな……)



「トワ。あなたは確かに特別な魔法使いみたい。もしかしたら、食人花を操れるっていうのも、本当なのかもしれない……」


「本当だってば。自分の手足と同じくらい、食人花を操れる」


「食人花の繁殖を抑えることもできる?」


「うん。できる」


「にわかには信じがたいけど、トワには確かに何か特別な力がある……」



 ナターシャがトワへの攻撃を止める。トワはほっと一息ついた。



「トワは、表に出ていいる食人花を、全て枯らすこともできるの?」


「うん」


「なら、やってみて」


「そ、それはちょっと……」


「何か問題でも?」



 ナターシャの目が鋭くなる。半端に誤魔化すのは逆効果だ。



「あの……秘密にしてほしいんだけど、これがないと魔法が上手く使えないんだ。魔物が出る森で、無防備でいるのは危険でしょ?」


「ああ、なるほど。それなら、心配いらない。必要なら、あたしがトワを守る」


「……本当に? わたしが魔法を使えなくなった途端、襲ってこない……?」


「そんな卑怯な真似はしない」


「そう……。じゃあ、信じるよ」



 もし襲われたとしても、ナターシャにトワの本体を丸ごと消し去る手段はないだろう。トワは警戒しつつも、表に出ている花などを枯らした。


 そうすると、トワの見た目はごく普通の女の子だ。



「……食人花を操る力。そんなものがあるなんて……。それに、トワには類稀な魔法の才能がある……。トワなら、もしかして……」



 ナターシャが数秒何かを思案した後、続ける。



「トワ。あたしはまだ、トワが無害だと信じられたわけじゃない。こんな状況でお願いするのもどうかと思うんだけど……あたしに、力を貸してくれない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る