第7話 依頼

 唐突な協力依頼。


 トワは戸惑うが、話を聞くくらいはしても良いと思った。



「返事の前に聞かせてほしい。わたしに何をしてほしいの?」


「……真獣人の妖狼族ようろうぞくを滅ぼすのに、力を貸してほしい」


「妖狼族を滅ぼす……? どういうこと……? っていうか、真獣人って何……?」



 急に物騒な話になってしまった。人攫ひとさらい三人を殺すのとは規模が違いそうだ。



「……真獣人も知らないか。

 えっと、まず前提として、あたしたちは獣人の間で半獣人と呼ばれることがある。人族に近い姿をしているから、獣人として半端という、差別的な意味が含まれてる。

 そして、より獣に近い姿をしている者を、真獣人と呼ぶ。真獣人の見た目は二足歩行の獣という感じかな。自分たちこそ真の獣人だと思っている節があって、半獣人を見下していることが多い。

 あたしたちは自分たちのことを獣人と呼ぶけど、獣に違い獣人を真獣人と呼んでる。あいつらが獣人として優秀だとか思ってるわけじゃないけど、呼び分けとして使ってるんだ」


「そう、なんだ……」



 どうも、両者には深い溝がありそうだ。



「それで、あたしたち獣人を特に嫌っている真獣人に、妖狼族ようろうぞくってのがいるんだ。

 ただ嫌っているだけならまだしも、あたしたちの存在そのものが許せないらしくて、獣人を積極的に狩っているんだ」


「……酷い。ただ姿が人に近いっていうだけで……」


「そう。奴らのやることは、あまりにも酷い。あたしたちは好きでこの姿に生まれたわけでもないのに、この見た目っていうだけで全てを否定しようとする」


「……何人も、殺されているの?」


「そう。何人どころか、何百人も……。あたしが知らないだけで、きっともっとたくさんの獣人が殺されてる……。あたしの友達も、親も、妹も、あいつらに殺された……っ」



 ナターシャの目に涙が滲む。トワには想像もつかない程に、ナターシャの恨みは深そうだ。



「その妖狼族を殺し尽くすために、わたしの力が必要なの?」


「……そう。正直、あたしだけの力じゃ、妖狼族には敵わない。妖狼族は強い……。でも、トワの力があれば、なんとかなるかもしれない。妖狼族は魔法を得意としていないから、トワの魔法があればあたしたちは有利に戦える」



 トワには、ナターシャがどれ程の苦しみを抱えているのか、わからない。


 ナターシャは期待を込めた視線を送ってくるが、トワとしては、ちょっと話を聞いただけでその妖狼族を全員殺してしまおうとは思えない。



(……わたしは無関係。下手に首を突っ込むべきじゃない。ナターシャたちを不憫に思うのは確かでも、妖狼族に恨みがあるわけでもない。よく知りもせず、誰かを殺める選択なんてできない……)



「ごめん、ナターシャ。いきなりそんなことを言われても、わたしはナターシャに協力できないよ……」


「……そう。そうだよね。トワには関係のない話だもの……。えっと、協力してくれたら、何かお礼をするって言っても、やっぱりダメ?」


「お礼がどうとかいう問題じゃないんだ。妖狼族がどんな悪人だったとしても、話を聞いただけでそいつらを殺そうとは思えないってこと」


「……じゃあ、どうすればその気になってくれる?」


「どうしたって、そんな気にはならないよ、たぶん……。

 まぁ、わたしの大切な人が妖狼族に酷いことをされたりすれば、その気になるのかもしれない。でも、わたしには獣人に親しい人なんていないし……もし、今目の前でナターシャが妖狼族に殺されたところで、妖狼族全部を殺そうなんて思わない」


「……そう、だよね。うん。それが普通だ。そんな簡単に、誰かを殺す決意なんてできるわけない……」


「うん……。ごめん、力になれなくて……」



 ナターシャは暗い顔で俯く。しかし、ふと何かを思いついた様子で顔を上げる。



「そういえば、トワはどうしてこんなところに?」


「えっと、道に迷っちゃって」


「これからどこに行くつもりだった?」


「……実のところ、行く当てはないんだ」


「行く当てがない……? もしかして、食人花のせいで、住んでいた場所を追い出されたとか……? あ、でも、その奴隷みたいな格好……。故郷を追い出されて、人攫ひとさらいに捕まってたとか……?」


「えっと……。まぁ、そんなところ、かな?」



 トワが言葉を濁すと、ナターシャが頷いた。



「トワ。行く当てがないなら、あたしたちの村においでよ。ただし、その食人花のこと、あたし以外には内緒にしてね」


「え、い、いいの? わたし、もしかしたら色んな人に食人花を植え付けちゃうかもしれないんでしょ……?」


「トワは、それを制御できてるって言った」


「まぁ、うん」


「だったら大丈夫。あたしは信じる」


「……信じるっていうか、ナターシャ、わたしを獣人の村に住まわせて、獣人を仲間だと認識させるのが狙いでしょ」


「……うん。正直言うと、そう。でも、これはトワにとってもメリットがあると思う。トワ、このまま当てもなく森をさまようつもり? どこか別の場所に行ったとして、その食人花のこと、秘密にしたまま過ごせる? 体から花を咲かせていないと、ろくに魔法を使えないんでしょ? 魔法も使えない、身よりもない、たぶん、お金もないじゃ、どこに行ってもまともな暮らしなんてできないよ? それでもいいの?」


「それは……困る」


「だったら、あたしの村に来て。食事と寝床くらい、あたしが用意する。あたしはもう成人して独立しているから、それくらいできる。そして、あたしが責任を持って面倒を見ている限り、子供を一人村に連れ込んだところで、誰も文句なんて言わない」



 ナターシャがぐぃっとトワに迫る。顔が近い。ナターシャは凛々しくも可愛らしいので、トワは妙に胸がざわついてしまう。



「あ、そ、そう……? うーん……わたしも困ってたところだから、ひとまずナターシャの村に行くのは、いいよ」


「本当!? ありがとう!」


「でもでも! ナターシャが期待する通り、その妖狼族を一緒に倒すとか、確約はしないからね! そもそも、わたしは人殺しなんて、したくないんだ……」


「大丈夫! あいつら、人間なんかじゃないから! 殺したところで胸が痛むことなんて絶対ない!」


「それ、明るい笑顔で言うことじゃないと思うよ!?」



 このままナターシャについて行って良いものか。トワはとても不安になる。


 しかし、食人花が危険な植物と認識されているのであれば、安易に開花スキルを使って魔法を行使するわけにもいかない。そして、中学生くらいの少女があっさり人を殺すような殺伐とした世界で、無力な少女にまともに生きる道はないだろう。



(都合良く、無償で、わたしを保護してくれる存在に出会えるわけもない。チィの故郷に帰れれば話は別だけど、チィの故郷がどこかもわからない……。ずっと人里離れた場所で暮らすのは寂しいし、ここはナターシャの提案に乗るしかないか……)



 ナターシャの狙いを考えれば、行き着く先は妖狼族の大虐殺なのかもしれない。


 それはトワの望むことではない。


 ただ、それ以外の道を選ぶことだってできるかもしれない。妖狼族を説得して、もう獣人を襲わないようにさせる、とか。



「さ、行こう、トワ! あたしたちの村、すぐ近くにあるんだ! 余所者は近づくことすらできないように、結界が張られてるんだけど!」


「ああ……やっぱりそういうこと……」



 トワが向かおうとしていたのは、ナターシャの村のようだ。近づけなかったのは、やはり魔法のせい。



「やっぱり?」


「ううん、なんでもない。とにかく、行こう」


「うん!」



 ナターシャの明るい笑顔を見る限り、復讐に燃えているなどとは思えない。


 心の奥底では深い恨みを募らせていると思うと、この世界の残酷さが嫌でも感じられる。



(明るく楽しい異世界生活を……とは、いかないかな)



 トワは少し残念に思う。



「あ、村に行く前に、こいつらの装備とか服とかもらっておかなくちゃ。それと、トワ、水魔法が使えるなら、後であたしの体を洗ってくれない?」


「体を洗うのはいいけど……え、追い剥ぎみたいなことをするの……?」


「死んだ人間に服も装備もアイテムも必要ないでしょ。そういうのはもらっておく! 死体は魔物が処理してくれるから放置!」



 話している間にも、ナターシャは淡々と男たちから服も荷物もはぎ取っていく。



(……倫理観も行動も、やっぱり全然違うんだなぁ)



 トワは複雑な思いでナターシャを見守った。

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