第8話 リクーク村
ナターシャの住むリクーク村に行くに当たり、トワには二つの制限が課された。
まず、村の中でトワは食人花を体外に出してはいけない。
そして、扱える魔法は風魔法だけということにして、他の属性の魔法を使ってはいけない。
一つ目は当然のことだが、二つ目は村の人に余計な期待をさせないためだ。トワは開花スキルを使わないと強力な魔法を扱えないため、天才魔法使い少女などと思われても困る。平穏な日々を送るために、普通の魔法使いで通すことにした。
安全な場所でならば、トワは食人花の力を使う必要がない。二つの制限を課されても問題なかった。
そして、リクーク村に向かう途中で、ナターシャがなぜあの場にいたのかも、トワは聞いた。
一つには、単純に狩りのため。ナターシャは狩人であり、魔物を狩って村に持ち帰るのが仕事。なお、魔物は普通に食べられるらしい。
そして、もう一つ。ナターシャはいつか妖狼族を駆逐してやりたいと考えており、そのために森の魔物を倒して強くなろうとしていた。
二つの目的で森を歩いているとき、ナターシャは運悪く獣人を狙っている
ナターシャはそれなりに強いのだが、その人攫いたちもなかなかの腕がある上、一対三だったこともあって、ナターシャは拘束されてしまった。
そのときにたまたまトワが通りかかって、ナターシャは救われたという状況。
なお、リクーク村は特殊な結界で守られているため、簡単に見つけることはできない。しかし、この辺りに獣人が出没するという情報は一部で知られているようで、村の近くで獣人を探す者がいる。
また、獣人の女性は、人族の貴族の間で奴隷として人気が高い。獣の耳と尻尾が可愛らしいので、欲を満たすために利用するのだとか。
「妖狼族も憎いけど、人族の貴族も憎い。妖狼族を駆逐し終わったら、次は人族の貴族連中をぶっ殺してやりたい」
ナターシャはそんなことを吐き捨てていた。ここは何かと闇の深い世界だった。
トワはこの世界で獣人は差別される対象なのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。しかし、獣人にとって人族の住む町はリスクが高いため、人族のあまり立ち寄らない森の奥深くに村を作り、暮らしていることが多いそうだ。
それと、トワは、獣人たちのこと以外に世界のことも尋ねてみた。
通過がゴルであることや、トワたちがいるのはゼクセント王国南部の蒼深の森であるというのはわかったが、それ以外のことをナターシャはあまり知らなかった。インターネットどころかラジオも新聞もない世界では、自分の生活圏以外の情報などほとんど入ってこないらしい。
情報交換をしつつ一時間程歩き、トワたちはリクーク村に到着する。トワが探し回っても全然たどり着けなかった村だが、ナターシャの左肩に刻まれた不可視の魔法陣が、結界の放つ惑わしの効果を打ち消してくれるそうだ。
「へぇ、綺麗な村だね」
リクーク村の人口は二百人程度。村というより集落と表現した方がイメージが近いのかもしれない。木造の家屋が建ち並んでおり、畑仕事に精を出す獣人たちの姿もあった。
ナターシャは雷狐族らしいが、この村には色々な種族の獣人がいる。猫のようだったり、兎のようだったり、様々だ。
今の平穏な状態を見ると、自然に満ちた住み良い村。ただ、人族からも、真獣人たちからも逃れるために隠れ住んでいるのだとすると、単に良い村とも、トワは言えなかった。
「あたしはこの村が好きだよ。ここに住む人たちことも好きだよ。だから、それを脅かす連中が、許せない」
ナターシャの口調は、とても重かった。
「……そう」
「あたしの家に行く前に……村長のところに行く。トワを住まわせることに反対はされないだろうけど、挨拶はしないといけない」
「うん。わかった」
ナターシャに案内されて、トワは村の中で一番大きな家に向かう。途中、トワがいることを不審に思った村人たちから、ナターシャは声をかけられていた。
「素性ははっきりしないけど、森で拾った迷子なんだ。あたしがこれから面倒を見るつもり」
村人たちは、それだけで納得して立ち去っていった。トワに励ましの言葉をかけてくれることもあった。
(わたしみたいな余所者も笑顔で迎えてくれるんだ。温かい人たちだな……)
トワがほっこりしているのを見て、ナターシャは得意げに微笑んでいた。
獣人たちを、トワにとって大切な存在にする。その狙い通りになって嬉しいのだろう。
(わたしもチョロいよなぁ……。ナターシャの狙い通りになったとして、その先にあるのは大量殺人なのに……)
トワは複雑な思いだった。
村長の家に到着し、ナターシャは扉をノック。内部から、六十過ぎだろう男性の獣人が姿を現す。灰色の髪や体毛は、地毛なのか、年齢によるものか。獣人の服は露出が多いのが一般的のようだけれど、村長は布地の多い立派な服を着ている。
「ナターシャ。今日は帰りが早いね。……その荷物は、また人攫いか。いつも退治してくれてありがとう。それで、その子は、どうしたんだい?」
「この子はトワ。素性はよくわからないんだけど、森で拾った迷子なんだ。あたしがこれから面倒を見るから、その挨拶に連れてきた」
「ほうほう、そういうことか。森で子供の迷子なんて珍しいね。ナターシャももう十四歳だし、責任を持って面倒を見るというなら、好きにしなさい」
「うん」
「ただ、その前に少し話をさせてもらおうか。中へどうぞ」
村長に促されて、トワとナターシャは家の中へ。
玄関のすぐ向こうはリビングになっており、そこに十人掛けのテーブルが設置してあった。トワたちは荷物を脇に置き、そのテーブルの端に座る。
そして、村長自らお茶を持ってきてくれた。村長の家でも、使用人のような者はいないらしい。
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