第9話 面談

 村長はトワたちの対面に座り、にこりと微笑む。



「まだ自己紹介もしていなかったね。私は、ここリクーク村の村長をしている、灰狼族はいろうぞくのドーグラだ。君はトワというんだね?」


「あ、はい。わたし、トワです」


「話せる範囲で構わないのだが、トワはどこから来たんだね?」



 トワは返事に迷う。トワは、チィの素性を知らない。この世界のことを全く知らないので、誤魔化すこともできそうにない。


 トワは少し考えて……。



「それは……わかりません」


「ふむ? わからない?」


「わたし……自分がどこから来たのかも、どうして森にいたのかも、わからないんです。記憶がなくて……」



 記憶喪失などなかなか起きるものではないだろうが、ここはこれでごり押しするしかあるまい。


 自分の名前だけはわかるというのは、ステータスを調べられる世界なので、そうおかしなことでもないはず。


 トワは内心ドキドキしていたが、ナターシャも村長もトワの言葉をすんなり信じた。



「トワ、記憶がなかったのね……。世間のことを全然知らないようだったし、森をさまよっている割には悲壮感もないのが不思議だったけど……」


「何かしらの魔法をかけられたのか、よほど酷い出来事があったのか……。まぁ、無理に思い出すことはないさ。大事な記憶は、おのずと取り戻せるだろう」


「……はい」



 ふぅ、とトワは内心で一息つく。これで、多少おかしなことがあっても誤魔化せるだろう。


 安堵しているトワを、ナターシャが隣からぎゅっと抱きしめてくる。まだ十四歳にして、なかなかに育ったものがトワに押しつけられる。



「あ、え、どうしたの?」


「……トワに何があったかはわからない。何もわからないのは不安で、一人は心細かったかもしれない。でも、これからはあたしがいるから、大丈夫」


「あ、うん……。ありがとう……」



 ナターシャの言葉に裏の意図はなさそうだった。将来的に復讐のために利用しよう、という打算は感じられない。


 ナターシャは優しい子なのだ。もし、不幸がナターシャの身に降りかからなければ、ただの明るい少女として成長していたはず。



「……ナターシャ。そろそろ離して」


「……ん」



 ナターシャがトワを解放。村長と向き合うのだが、ナターシャは左手でトワの右手をぎゅっと握ったままだった。



「トワの素性については、いずれわかったときにでも確認しよう。言葉遣いをみるに、単なる農民の子というわけではなさそうだが……まぁ、それも今はいい。

 それより、トワがここに住む以上、村の一員として働いてもらう必要がある。どんなことが得意か、今の時点でわかるかね?」


「……わからない」


「文字の読み書き計算はできる?」


「えっと……」



 トワは、チィの持つ知識をそのまま利用できる。文字について考えると形が思い浮かんだので、文字の読み書きは問題なさそうだ。


 また、文字さえ読めれば、計算については当然ながら可能。数学の難問を解くことはできなくても、ここでそこまで求められてはいないだろう。読み書き計算ができるか? と問われている時点で、この村での教育レベルが推し量れる。



「文字の読み書き、計算、できると思います」


「それはいい。この村では、読み書き計算ができる者が少なくてね」


「……そうですか。教育、しないんですか? 簡単なものなら、教えればできるようになると思いますけど……」



 トワの問いに、村長もナターシャもきょとんとする。



(へぇ……こんな反応されちゃうんだ。わたしにとっては、子供に読み書き計算を教えるのは当然のことなのに。やっぱり違う世界なんだなぁ……)



「読み書き計算はなかなか難しくてね。ナターシャも文字は読めない」


「うん。読めない。計算も苦手かな……」


「そうですか……」



 獣人の頭脳が読み書き計算に適していない、というわけではないだろう。教育していく文化がないとか、勉強よりも働くことを優先しているとか。



「ナターシャに限らず、読み書き計算を苦手とする者は多いんだ。

 さて、とにかく、トワが読み書き計算を得意としているなら、そういう仕事を割り振ろうかね。力仕事は苦手そうだから丁度いい。もしくは、何か特別なスキルを持っているかね?」


「スキルは……風魔法を少しだけ」


「どの程度かね?」


「これくらいです」



 トワは、自身に向けて扇風機の強モード程度の風を起こす。殺傷能力皆無で、白い髪をはためかせるのが限界。



「洗濯物を乾かすのには使えそうだね。あと、夏場にも重宝しそうだ」



 逆に、本格的な実用性はない、という判断。



「可能な限り、役立てます」


「うん。頼むよ」



 村長との面談はもう少し続いて、トワは村の財政関係の書類を作成する仕事を割り当てられた。


 財政といっても、あまり複雑なものではない。そもそもリクーク村にはまだ貨幣が存在せず、物々交換をしている。村の外との交流もない。


 やることは単純で、村での収穫量はどれくらいで、それをどう消費していけば飢えずに日々を過ごせるのか、などを計算するようだ。村の人はそういう計算を得意としておらず、放っておくとあるもの全部を食べてしまうこともあるので、それを阻止するのが目的だ。


 実際の書類、というか木簡を見せられたが、トワはそれを理解できたし、教えられれば問題なくこなせそうだった。


 重要な仕事ではあるが、当然、トワが全てを一任されるわけではない。村長が主体で、トワはあくまで見習いのようなもの。


 一日の労働時間も、そう長くはない。正午頃までには終わりで、あとは自由に過ごして良い。興味があれば農作業を手伝っても良いし、戦闘の訓練をしても良い。


 その他の細々した話もして、村長との面談は終了。



「それでは、明日から早速頼むよ」



 村長に見送られて、トワたちは家を出た。

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