第4話 魔法

「体の調子はいいけど、かといって何日も歩き回れるわけじゃないよね……。普通にお腹空く……。この熊、今は食べ切れないけど、食料として持ち運べるかな……?」



 チィの素質には空間魔法があった。異空間収納も可能かもしれない。


 名前だけでははっきりとしたことがわからなかったので、トワは少し使い勝手を確認してみた。



「異空間を作るイメージで……まずは入り口を……お、できた」



 トワの前に、真っ黒な扉のような物が現れた。ドアノブなどはなく、単なるゲートになっているらしい。トワは蔓を伸ばして内部に入り、その空間内を探ってみる。少なくとも危険はなさそうなので、肉体も含めて向こう側に入ってみた。


 内部は真っ暗で何も見えない。ただ、魔の目によって、そこが教室くらいの広さの、何もない空間であることはわかった。



「えっと、光魔法で明かりをつけると?」



 トワは指先に光を灯す。視覚的に見ると、白い壁と天井に囲まれた殺風景な部屋だった。



「……この中に物を入れて、また取り出すってこともできる? 中に入れた物の時間が止まるとかいう便利機能はある?」



 色々と試してみたところ。


 空間魔法は異空間を作る魔法らしく、その中には生物、無生物を問わず何でも入れられる。入れた物は、一度空間魔法を解除しても取り出すことが可能。


 作り出せる異空間は学校の教室一個分程度だが、魔力量が上がればそれは変わるかもしれない。


 収納にも、仮の住まいにも活用できるが、惜しいことに異空間に入れた物の時間を止める効果はなさそう。つまり、ナマモノを入れれば普通に腐る。熊の死体を持ち運ぶことはできるが、放置すると腐るので、保存したければ事前に凍らせる必要がある。



「この熊は氷魔法で凍らせて異空間に収納しよう。食魔でまた栄養補給させてもらうこともできるし、人里に持って行けば売れるかもしれない」



 トワは熊を凍らせ、異空間に収納。扉を作るのではなく、熊を異空間に放り込むイメージで魔法を使ったら、すんなりと収納できた。



「……さて。怪我は治ったし、エネルギー補給もできたし、とりあえず人里を探そう。飛行魔法ってのもあるんだよねー。上から森の様子を見てみよう!」



 トワは試しに足を十センチ程浮かせてみる。確かに空を飛べたが、慣れないせいかあまり落ち着かない。


 トワは飛行魔法の使い勝手を軽く確かめた後、高度を上げていく。


 地上から三十メートル以上離れると、木々の高さを超えて、視界が一気に広くなる。



「……この辺はずっと森が続いてるのか。もっと上から見ると……?」



 さらに高度を上げて、現状を確認。数キロ先に村を発見した。



「まずはあそこを目指してみようかな。飛んでいくと速そうだけど……正直ちょっと怖い。慣れないから落ちる想像をしちゃう……。地道に歩こう……」



 トワは地上に降りて、村に向かって歩く。


 十分ほど歩くと、魔物と遭遇。豚のような顔に人型の体を持つ、おそらくオークの類。身長は百五十センチ程度だが、筋肉質な肉体が威圧的で、手には斧を持っている。数は三体。


 オークたちは、トワを見つけるとすぐに向かってくる。



「……あの熊よりは怖くない。とりあえず、これでどう?」



 トワは風の刃を作り出し、オークたちの首を狙う。


 ザシュ。


 あっさりとオークたちの首が落ち、鮮血が舞った。トワにも血が降り注ぐ。



「うぇ、グロい……。まぁ、血は水魔法で洗い流して……」



 水魔法で体と服を洗い、火魔法で乾かす。イメージに魔力を乗せるだけで魔法は簡単に使えるので、使い勝手が良い。


 ただし、二種類の魔法を同時に使うことはできない。何か特殊な訓練かスキルが必要なのかもしれない。



「多少の制限があるし、開花スキルの補助も必要だけど、わたしの魔法、結構すごいんじゃない? 日常生活でも役立つし、魔物もあっさり倒せちゃう。特に魔物を倒せるのは、異世界ではたぶん重要だよね」



 一般的にオークの強さがどの程度なのかわからないが、自分の強さについては期待して良いように思えた。



「いつかは最強の魔法使いになれる、とか? まぁ、そこまで求めてないんだけどさ」



 トワはオークの死体の側に立ち、蔓を伸ばしてそれらに突き刺す。食魔で、魔力だけは補給した。辺りに誰もいないからと熱い吐息を遠慮なくこぼしてしまうが、別に快感だけのために食べているわけではない。



「はふぅ……。養分はもう十分だけど、魔力はいくらでも吸収できるんだよね……。吸収するほどに上限も上がる。魔物を殺したら、とりあえず魔力だけは吸収していこう」



 方針を決めつつ、食魔を完了。


 トワは再び村に向けて歩き出す。


 その後も、トワは魔物と遭遇する度にそれらを瞬殺し、食魔で魔力を吸収した。


 三十体以上は殺し、己の糧としている。食人花としての力が増していくのは良いが、体が火照り続けていくのは少し問題だった。一時的に異空間に入って体から熱を抜くこともあった。


 魔物との戦いに苦戦することはなかったのだが……。



「あれ? もう着いてもいい頃だよね……?」



 既に三、四時間は歩いている。子供の足で、さらに歩きにくい森の中だったとしても、もう村に到着しているはずだった。それなのに、一向に森は途切れず、村も見えない。



「おかしいな……。もう一回見てみるか……」



 トワは再度飛行魔法を使い、上空から村の位置を確認する。



「あれ? 村から遠ざかってる……。気づかずに通り過ぎてた……? もしくは、戦ってる間に方向を見失ってた……? うーん、わからないけど、もうそろそろ日が暮れるな……」



 太陽の位置がだいぶ低くなり、空はオレンジに染まっている。


 季節は初夏くらいだろうか。少し暑いくらいなので、上空を吹き抜ける風が心地良い。



「そろそろ休もう。異空間で休めば何かに襲われる心配もないし、焦る必要ない」



 トワは地上に降り、異空間へ。


 異空間は形を自由に変えることも可能で、いくつか部屋を作り、熊の死体を隔離しておくこともできた。


 トワは、熊の死体と眠らずに済んだことに安堵しつつ、何もない空間に腰を下ろす。



「ベッドが欲しいところだけど……今日は葉っぱを敷き詰めるだけで我慢しよう」



 トワは葉を茂らせ、意図的に落とす。地面に直接寝るよりはマシになった。



「……おやすみ、チィ。また明日、頑張ろう」



 魔物を倒しながら『食事』をしているので、肉体的な疲労はあまりない。それでも脳の疲れは溜まっているようで、思考は鈍くなっている。睡眠を必要としているのはチィの肉体だろうが、トワもそれに引きずられていた。


 目を閉じると、トワはすんなりと眠りに落ちた。

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