第29話 歴史
トワは、もうナターシャが戦いを止めるのではないかと思った。
しかし、泣き止んだナターシャの目にはまだ戦意があった。流れた涙を乱暴に拭って、剣を握る。身の丈に合わないスキルの後遺症で苦しそうにするが、トワが回復魔法をかけると次第に持ち直す。
「……ナターシャ。最後まで戦うんだね」
「うん。城に残っている奴ら、全員殺す」
「わかった。ここからは、わたしも手伝うよ」
「……うん」
二人で城内に侵入。入り口の扉には防御結界が張られていたが、トワの風魔法で破壊できた。
トワは戦う準備をしていたのだが、城内に入ってから人を見つけることができなかった。隠し通路などを使い、どこかへ逃げてしまったのかもしれない。追跡するかどうかは一旦置いておき、トワたちは城内を探索し、謁見の間にたどり着いた。
豪奢な内装。赤い絨毯。荘厳な玉座。
そして、虎の真獣人がその玉座に鎮座していた。年齢はわかりにくいが、きっと若くはないのだろう。
謁見の間に、他の者はいない。
「……我が国を破滅に導いたのが、まさかこんなにも幼い少女たちだったとはな」
独り言を呟いて、真獣人が深く溜息。そして、続ける。
「余はゲルガ獣王国国王、ヴァイゲン・ドラ・ゲルガ。そなたらは、花翼の死天使と、雷獣だな。名を、なんという?」
どうも、この王様に戦う意志はないらしい。あの狼と獅子を倒されれば、もはや打つ手なしと思っているのだろうか。
トワとナターシャは顔を見合わせ、先にトワが答える。
「わたしは、トワ」
「あたしは、ナターシャ」
「トワとナターシャか。トワは人族……そして、ナターシャは半獣人か。徹底的な破壊と殺戮から、何かの復讐のために我が獣王国を襲ったと予想されていた。それは、間違いなさそうだな……」
「……そう。これは、あたしたちの村を真獣人に滅ぼされた復讐。トワは人族だけど、あたしたちの村の一員だった」
「少女二人には、あまりにも壮大すぎる復讐だ。たった二人で国を滅ぼすなど、人類史上初めてのことだろう」
王様はまた長く息を吐く。
「……そなたらは、余を殺すのだな?」
トワとナターシャは頷く。
「この国に残っている町や都市は、ここで最後だ。これで、そなたらの復讐は終わりか?」
問いに答える前に、トワは尋ねる。
「ねぇ、城内に全く人がいなかったってことは、隠し通路か何かで逃げたってことだよね? あとどれくらい生き残ってるの?」
「それを、知ってどうする?」
「禍根を残さないように、殺すよ」
「……生き残りに、そなたらに復讐する気概などあるわけもない。返り討ちに遭うとわかっているのだから」
「そうかなぁ……。わたしたちの復讐はやりすぎだっていう自覚もあるし、理不尽に国を滅ぼされたら、なんとしても復讐したいって思う人もいるんじゃない?」
「……この件については、余が何を言おうと意味がなかろうな」
「そうだね。証拠なんて提示できないし」
「そなたらは、どうしても生き残りを殺し尽くそうとするか?」
その問いかけに、トワは即答できない。
あの狼と獅子のせいだ。もっとトワたちを恨みながら死んでくれれば、お互いの憎悪をぶつけ合う醜い争いを続けられた。それなのに、少なくとも、狼はトワたちを許すと言った。
理不尽に国を滅ぼされて。やりすぎな復讐を目の当たりにして。自分も死ぬというときに、どうして許すと言えたのだろう。
彼には、何が見えていたのだろう。
憎悪以外の何かを見て、トワの復讐の炎は、少しだけ弱まっている。
あるいは、それが彼の狙いだったか。
「……生き残りを見つけたら、殺す。でも……ねぇ、ナターシャ。もう、いいのかな。どこにいるかもわからない生き残りを、必死に探し回らなくても」
ナターシャは数秒悩んで、それから、小さく頷いた。
「……そうだね。終わりにしていいのかもしれない。あたしたちは、もう十分、殺してきた」
「うん……」
トワの体から、少しばかり力が抜けた。まだここは敵地で、油断してはいけないとわかっているのだが、気を張り続けることができなかった。
トワは必死に集中を取り戻し、王様に杖を向けた。
「最後に、あなたを殺して終わりにする」
王様は、どこかほっとしたように微笑みを浮かべた。
「そなたたちの蛮行は、この世界の歴史に刻まれるであろう。百年、二百年では、忘れ去られることもない。世界に人類が存在し続ける限り、語り継がれるかもしれない。
愚者による理不尽な破壊と暴力をきっかけとし、それに抗う復讐が、一つの国を滅ぼした。この歴史が後世に残り、悲惨な争いが繰り返されないことを、余は祈る」
王様が目を閉じた。抵抗する様子はない。結果的には、王の首で生き残りの助命を乞う、という形になった。
トワとナターシャは視線を交わす。
ナターシャは王様に接近し、剣でその心臓を貫く。
それとほぼ同時に、トワは風魔法で王様の首を落とした。
これで、トワとナターシャの復讐は終わった。
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