第14話 ジューノ

「な、なぁ! お、俺が将来、トワを嫁にしてやるよ! トワは優秀だし、その、き、綺麗、だからな! どうだ、嬉しいだろ!?」



 ネイの一件から一月程過ぎた、まだ暑い夏の日のこと。


 村長宅のリビングで実施した勉強会の後、他の子供たちがいなくなってから。


 最後に残ったジューノという少年が、トワにそんなことを言った。


 ジューノは狼の獣人で、まだ十二歳。トワが借りているチィの肉体が十一歳なので、外見年齢としては同年代だ。


 ジューノは尊大な態度を取っているのだが、顔は赤く、視線も忙しなく動いている。



(あらあらあら。可愛いねぇ……。初々しいねぇ……。ジューノなりの、精一杯の愛の告白なんだろうねぇ……)



 お姉さん思考になり、トワは思わずニヨニヨしてしまいそうになったが、ジューノが必死であることもわかったので、辛うじて表情を引き締めた。



「ええっと……」



(ここはなんて答えよう? 獣人たちの様子を見るに、本音と建て前を使い分けるとか、遠回しな言葉を使うとかはしない方がいいみたいなんだよね……。

 気持ちは嬉しいけど、とか前置きしちゃったら、本当に嬉しいと感じてるって勘違いされるっぽい……)



 嬉しいときは嬉しいと言う。


 不快なときは不快だと言う。


 もちろん、思ったことをいつでも全部口にしてしまうわけではないにしろ、そういう傾向があるのは確か。


 トワが前世と同じ感覚でしゃべると、悪い誤解を生みかねない。



(ジューノを嫌いなわけではないし、ずっとここで暮らしていくならそういうこともありうるのかもしれない。わたしだって、この世界での将来を考えないわけじゃない。でも、わたしは外の世界も見たいし、何より、この体はわたしじゃなくてチィのものだし……)



 相変わらず、体の持ち主であるチィは眠りっぱなしだ。もう目を覚まさないというのなら、トワはチィの体をありがたく使わせてもらうつもりでいる。しかし、目を覚ますのであれば、体を返さなければいけないとも思っている。



「な、なんだよ。黙り込んで。将来、この村の長になる俺が、トワを嫁にしてやるって言ってるんだぞ? 嬉しくないのかよ!?」



 ジューノは村長の孫。その発言は全くの嘘ではないのだが、村長になると確定しているわけではない。現村長が相応しいと思う者を選ぶので、場合によってはトワが村長に任命される可能性だってあるのだ。



(プロポーズしてる割に態度が悪いのは、まぁ子供だから仕方ないね。お姉さんはそれくらいで怒りはしないよ。けど、やっぱり結婚はまだ考えられないね)



「……ごめんなさい。わたしは子供だから、結婚はまだ考えられないの」


「じゃ、じゃあ! 俺がトワを恋人にしてやる! まずはそこからだ!」



(うーん、そう来るか……)



 好意を向けられるのは、悪い気分ではない。でも、好意を抱いていない相手からその気持ちをぶつけられるのは、正直言うと少し迷惑だった。



(三年後にその気持ちが続いていたらもう一度言ってほしい……とか期待を持たせるのは良くないかな。それなら……)



 ここははっきり断らなければなるまいと、トワは覚悟を決める。



「ごめんなさい。わたしはジューノに対して恋愛感情を持っていないから、恋人にはなれないよ」


「な!? お、俺だって別に、トワに対して恋愛感情なんて持ってねぇし! 俺はただ、トワが優秀だから、同じく優秀な俺の嫁にしてやろうと思っただけだし!」


「……そっか。勘違いしてごめん」


「ふん! 俺との結婚を断ったこと、将来後悔しても知らねぇからな!」



 ジューノは怒った様子で家を出て行く。恋に破れた男の子の後ろ姿は、申し訳ないけれど途轍とてつもなく可愛らしかった。



(……こんな初々しい恋を目にすることができるなんて。眼福だよ……ニヨニヨ)



 一人きりになったので、トワは遠慮なく頬を緩ませまくった。


 この一件、トワとしては微笑ましい出来事だったのだが、この日以来、トワとジューノの関係が少々悪くなってしまった。ジューノからすると一大事件なので、仕方ないことだった。


 ジューノはトワが開いている勉強会で邪魔をしたり、ちょっとした暴言を吐いたりするようになった。


 トワは大人の対応を心がけていたのだけれど、だんだんエスカレートしていく気配があったので、ジューノの暴走を止めるためにも一度意図的にブチ切れることにした。

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