第13話 故郷

 翌日の昼下がり。


 トワとナターシャは、ネイがいる村の療養所を訪れた。


 療養所は病院のような場所で、回復魔法の使い手である兎獣人のおばあちゃん、ダオラが常駐している。


 立派な医療設備はないが、ダオラ自身が医療設備のようなものだし、怪我人や病人がゆっくり休むためのベッドなどはある。


 ネイがいるのは療養所の六人部屋だが、今はネイしかいなかった。



「ネイ。これ、食べてみて。森の奥地で見つけた不思議な果実。詳細は不明だけど、傷を癒す効果があるみたい」



 ナターシャがベッドで横になるネイに白い果実を差し出す。


 ネイは力のない瞳で天井を見ていたのだが、ゆっくりと視線を白い果実に移す。


 そして、頬をひきつらせながら言う。



「……は? 何それ? 傷を癒す果実? そんなものあるわけないだろ! 何の嫌がらせだよ! ふざけんな!」



 ネイの右手がナターシャの手と果実を払いのける。かなり力が込もっていたようだが、ナターシャは痛がりもしないし、怒りもしない。



「嫌がらせじゃないし、ふざけてもいない。とにかく、これを食べてみてほしい。必ずいいことがある」


「はぁ!? いいことってなんだよ!? それ食ったら足が生えてくるってのか!?」


「うん」



 ナターシャがためらいなく頷いて、ネイが絶句する。トワもドキドキしてしまった。



(必ず足が生えてくるって保証はないんだけどな……。試してないし……)



 いざとなれば、魔法で足を治してあげるつもりではいる。変に期待させて、それを奪う真似はしたくない。それでもしトワが村にいられなくなったとしても、治してあげたいと思った。



「食べると足が生える果実……? そんなもの、存在するわけない……」


「世界の全部を見てきたわけでもあるまいし、思いこみで判断するのは良くない」


「本当にあるのかよ、そんなもん……」



 ネイは疑わしそうに白い果実を睨む。


 そして、その視線がトワに向いた。


 ネイがトワに何かを言うことはなかったが、その果実と何か関わりがあると疑っているようではあった。



「あたしの言葉が嘘だったら、あたしも自分の足を切り落とす。だから、とにかく食べてみて」


「……そこまで言うのか。ああ、もう、わかったよ! 食べてみるよ!」



 ネイが体を起こし、ナターシャから果実を奪い取る。それにガブリと噛みついた。


 拳大の果実は、すぐにネイの胃袋に収まった。



「……美味い。けど、それだけ……うっ。うぁあああああああっ!?」



 ネイが両足の膝辺りを押さえる。ネイはそこから下の部分を失っていたのだが、一分もしないうちに新しい足が生えてきた。



「は……? え……? 足が……生えた……?」



 ネイは驚愕の表情で自身の足を見つめ、ペタペタと手で触る。


 そして、ネイの叫びを聞いてダオラもやってきていたのだが、ダオラもぽかんと口を開けている。



「良かった。足、治ったね。もう大事な足を失わないように気をつけて」



 ナターシャは、この事態をごく当然のことと受け止めているらしい。全く動揺はない。


 一方、衝撃から抜けきらないダオラは、ネイの足に触れ、本当に足が生えていることにまた驚く。



「これは、どういうことなの……? ええっと、話は聞いていたけど、欠損さえ治す果実が、森に成っていたの……?」



 ダオラは、ナターシャが手提げ袋に入れている残り四つの果実をまじまじと見つめる。


 

「うん。でも、もうどこにあるかはわからない。何か奇妙な場所に行っていたような気がする。普通にはたどり着けない場所だと思う」


「そう……。信じがたいけど、実際にこんな果実があるんだものね……」


「残りはダオラに預ける。もし怪我人が出たら、食べさせてあげてほしい。ナマモノだし、保存は難しいだろうから、気軽に消費してしまって構わない」


「こ、こんな貴重なもの、無償でくれるっていうの?」


「うん。あたしが持ってても仕方ない」


「……そう。わかったわ……」



 ダオラが手提げ袋ごと果実を受け取る。ダオラは一度別室へ行き、果実を置いてから、袋をナターシャに返した。



「すごい果実だけど、保存ができないのはもったいないわね……」


「痛みそうだったら、怪我とは関係なく食べちゃってもいい。美味しいよ」


「随分と贅沢なお話だわ。でも、そのときは仕方ないから食べちゃいましょ」



 ナターシャとダオラが和んでいるところで、ベッドの側に立ち上がったネイが言う。ネイの頬には、涙が伝っていた。



「あ、あの……ナターシャ。ありがとう……。おかげで、俺はまた狩人として生きられる……」


「うん。頑張って」


「それと、すまねぇ……。怒鳴ったり、手を払ったり……」


「大怪我をしていたのだから、仕方ない。あたしは気にしてない」


「そうか……。この礼は、必ずする……っ」


「そう? まぁ、好きにして。それじゃ、あたしたちはもう行く。トワ、帰ろう」



 ナターシャに促されて、トワは療養所を後にする。


 二人の家に帰ったところで、トワはほっと一息。



「あー、良かった。ちゃんと足が治って」


「自信なかったの?」


「自信はあったけど、初めてのことだから不安だったんだよぉ」


「それもそうか。でも、あたしは大丈夫だと思ってた。トワには特別な力がある。あたしが知っているだけでも色々な魔法を使えるし、魔力量も一流の魔法使い並。

 あたしはもうそういうものだって受け入れることにしたけど、やっぱり普通じゃない。奇跡の一つや二つ、トワなら起こせる」


「……なんでもできるわけじゃないよ」


「それもわかってる。でも、とにかくネイを救ってくれてありがとう。同じ村に住む仲間として、ネイがまた狩人に戻れて嬉しい」


「うん。わたしも嬉しい。……村の仲間って言っていいのかは、まだわからないけど」


「トワはもうこの村の仲間だよ。皆もそう思ってるはず」


「そう? それは嬉しいな……」



 どこかに帰属できると安心感がある。孤独に異世界をさまようことにならず、トワはほっとした。



「これからも、村のために力を貸してほしい」


「うん。いいよ」


「ありがとう」



 この日の夜、ネイの復帰祝いということで、小規模な宴が開かれた。


 不思議な果実を採ってきたナターシャは村人たちからよく感謝されたが、ナターシャは少し気まずそうだった。



「本当はトワの手柄なのに、あたしがそれを横取りしちゃってごめん」



 そう謝られたけれど、トワは気にしていなかった。


 目立ちたいとも、ちやほやされたいとも、思っていなかった。ナターシャが本当のことを知っているだけで十分だった。


 ただ、ネイはトワが何かしたのだと薄々感づいているようで、狩人としての復帰以降、トワによく手土産を持参するようになった。



「ずっと村にいてくれよ」



 一度だけ、ネイはそんなことを言っていた。


 トワとしては、一生を村で過ごすかはまだわからなかった。せっかく異世界に来たのだから、広い世界を見たいとも思っている。


 ただ、異世界における新しい故郷は、リクーク村になりそうだと予感していた。

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