第15話 決意

 村長宅での勉強会の最中だ。



「わたしに振られたくらいでいつまでもウジウジするなみっともない! それが将来村長になる男か! 器が小さすぎるわアホー!」



 などと叫びながら、トワは全力でジューノを殴りまくった。


 もっとも、トワの腕力や格闘技術など高が知れている。子供ながらに鍛えているジューノからすると、大した脅威ではない。


 しかし、トワの拳が一度ジュードの顔面に突き刺さってから、ジュードも激高し、トワに殴りかかってきた。


 力の差は歴然。トワはジュードに敵わない。しかし、トワは傷つきながらもとにかく全力で暴れ回って、ジュードにできる限りの傷を負わせた。


 途中で他の子供たちが止めに入ってくれて、二人の喧嘩はどうにか終息。二人ともボチボチ怪我をして、ダオラの回復魔法で治療してもらう羽目になった。



「こんな非力な女の子を殴るとかサイテー。そんなだからわたしに振られるんだよ」


「清楚な女の子かと思ったらバカみたいに暴れやがって。お前みたいな可愛くない女、誰が好きになんかなるかよ。好きでもない女に結婚を断られたってどうでもいい」



 そんなやりとりをして、また少し殴り合った。


 仲裁に入ったダオラに大変怒られた。



(ジューノが悪いのに。解せぬ)



 などと心中で文句を垂れたが、トワは実のところ楽しんでいた。


 誰かと本気で喧嘩するのは久しぶりだった。殴り合いの喧嘩なんて初めてだった。


 感情を爆発させるのはなかなか心地良いことだと、初めて知った。


 また、夕食の席でナターシャにジューノとの喧嘩の話をすると、ナターシャは酷く驚いた顔をして、それからふっと楽しそうに笑った。



「トワはどこか大人びた雰囲気があるから、そんな喧嘩をするとは思ってなかった。そういう一面もあるんだね」



 相手は子供で、こちらだけ大人の対応をしても相手を逆に苛立たせるだけだから、あえて子供っぽく喧嘩をしたのだ。


 トワはそう思ったが、どこまで本気かは自分でもわからなかった。


 なお、大喧嘩をして以来、トワとジューノの関係は持ち直した。


 どちらかというと、歩み寄ったのはトワ。



「今度こそジューノをボコボコにするために、剣術を教えてよ」



 ジューノ本人に頼んだら、随分と怪訝そうにされた。


 しかし、ジューノはそれを断らず、トワに剣術を教えてくれるようになった。


 トワは自分に剣の才能がないのは自覚しており、本気で剣を極めるつもりなどなかった。でも、これはジューノとの関係を修復するための行為だったので、上達などどうでも良かった。


 二人の関係はすぐに修復し、お互い、変にわだかまりを残すことなく話せるようになった。作戦成功である。トワは密かにほくそ笑んでいた。 


 それからさらに、一ヶ月が過ぎた。


 夏の盛りも過ぎて、気温もだいぶ下がり、季節は秋。リクーク村では紅葉の月と言われるが、要するに十月に当たる。


 トワが村に住み着いて、もう四ヶ月。


 四ヶ月も過ごせば、当然のごとくトワはリクーク村の者たちに情が沸いた。自分にとって大切な存在だと認識するようになった。


 また、この一ヶ月で、トワはナターシャから妖狼族の話をもう少し詳しく聞いた。


 三年前の話だが、リクーク村とは別のユイレン村という獣人の村が、妖狼族に襲われて壊滅したらしい。


 そこはナターシャの故郷でもあり、ナターシャの家族や友達が殺された場所でもある。ナターシャは辛うじて妖狼族たちから逃れ、十数名の生き残りと共にリクーク村にたどり着いたのだとか。


 百名以上が殺される、本当に悲惨な事件だった。ナターシャは、親しい人たちが泣き叫びながら無惨に殺されていく様を、目の当たりにしてしまった。


 ナターシャは、あのときの恨みをまだ忘れていない。リクーク村で過ごすうち、明るい笑顔を取り戻してはいるのだが、その奥底には絶えず復讐の炎が燃えている。


 ナターシャ以外の生き残りも、決してあの事件を忘れたわけではない。しかし、復讐で妖狼族を滅ぼしてやろうと考えている者はナターシャだけのようだった。戦っても敵わない相手に復讐を果たすより、今ある穏やかな生活を守りたいと考えている。


 ナターシャは、一人で戦っていた。消しきれない恨みを抱えて、誰かとその思いを共有することもできない中で。


 トワは、ナターシャの力になってあげたくなってしまった。孤独に刃を研ぎ澄ます戦士に、安息のときを与えてやりたくなった。


 トワは、ある月の綺麗な夜に、ナターシャに告げた。



「わたし、ナターシャのためになら、戦うよ」



 ベッドの上で、トワに寄り添うように横になっていたナターシャは、一瞬息を飲んだ。


 そして、トワとしては意外なことを口にする。



「……もうその話はいい。忘れて。トワは、あたしの復讐なんかに付き合う必要ない」


「え……? でも、ナターシャは、戦うつもりなんでしょ?」


「あたしは、復讐を諦めてなんかいない。でも、こんな血生臭い戦いに、トワを巻き込みたくない」


「ナターシャ……」


「トワに会ったのは初夏だったっけ。もう四ヶ月も前だね。あのときは、トワを都合良く使ってやろうだなんて考えてた。けどさ、一緒に過ごしていくうち、その考えは変わった。トワは、あたしにとってとても大切な人になった。

 あたしは、トワの無邪気で明るい笑顔が好き。人の血で汚れていない、綺麗な心が好き。この村でただ幸せそうに暮らしている姿が好き。

 こんなにも尊くて愛しいトワが、血で汚れる姿なんて見たくない。

 ……トワがあたしたちを大切に思うようになって、復讐を手伝いたくなるのが狙いだったのに、逆にあたしがトワを好きになっちゃった。大切な人に、その手を血で染めてくれなんて、言えない。

 だから、もういいの。あたしの復讐は、あたしが自分の手で成し遂げる」


「で、でも、ナターシャ一人じゃ、妖狼族には勝てないんでしょ……?」


「……あたしはもっともっと強くなる。必ず。一人でもあいつらを殺し尽くせるくらいに」


「そう……」



 ナターシャの気持ちは、トワにも理解できた。トワが復讐を考えている立場だったら、トワはナターシャに人殺しなどしてほしくない。


 大切な人には、ただただ幸せになってほしい。


 それが、まっとうな精神を持つ人間にとっては、自然な発想だ。

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