食人花に転生したけど、とある少女に宿って獣人たちと楽しく過ごす! ……つもりだったのに、村を滅ぼされた復讐で大虐殺しちゃった。ごめんね?

春一

第1話 転生

 死にかけの少女に寄生したとき、天音あまねトワは自分が異世界に転生していることに気づいた。


 少女に寄生するまでは、明確な意識を持っておらず、うっすらした覚醒と深い眠りを繰り返す日々だった。何か他の生き物……魔物か何かに寄生していた記憶もあるが、夢の中のような印象だった。



「……人間に寄生して、その脳を借りることで、明瞭な思考ができるようになったってところかな? そして、わたしの本体はこの頭に咲いた花……」



 トワは、右手で側頭部に咲いた小さな花を撫でる。軽く引っ張ればちぎれてしまうような弱々しい代物だが、もしそうしたとしても問題はない。花はあくまで表に出ている体の一部であり、既に根は少女の体の隅々まで行き渡っている。その根を丸ごと破壊されない限り、トワ自身が死ぬことはない。



「……ここが森だってのはわかるけど、一体どこの森? なんでこの子はこんなところで死にかけてたの?」



 トワは深い森の中にいる。樹海と称しても良い、不気味な場所だ。見上げればわずかに青い空が覗けるが、降り注ぐ光は少ない。


 植物だったトワがこの森にいることは、そうおかしなことではない。いや、植物に転生したこと自体はおかしなことなのだが、植物が森にいることはおかしくない。


 しかし、ただの人間らしい少女が不気味な森にいるのは、おかしな話だった。



「年齢は……十歳くらい? 女性的な体つきにもなってないし、身長も低い……。五年分くらい若返った気分……。髪は白か。雪みたいで綺麗ね。背中まで伸びてるとちょっと重いけど、綺麗だからいっか。服は、貫頭衣みたいなもの? もしかして、立場は奴隷か何か? 顔立ちは……鏡がないからわからないな」



 トワは自身の顔を両手でペタペタと触ってみる。当然ながら、それだけでは顔の造形はよくわからない。少なくとも、トワの知っている人間の造形とかけ離れてはいない。エルフなどのように耳が特別に尖っているわけでもない。



「せっかくなら可愛い子だったらいいな……。っていうか、お腹空いた……」



 トワの寄生先である少女は、どうも空腹で倒れていたらしい。十五年以上、日本で食うに困らない生活をしていたトワからすると、尋常ではない空腹感がある。



「……空腹で死にかけるなんて、日本だったら冗談で言うことだけど、これは飢餓に近いのかも……。このままだとこの宿主が死ぬね……。何か食べないと……」



 何かを食べないといけないのはわかっている。しかし、トワの周りにあるのは木々だけ。動物の一匹もいない。いたとしても、少女のやせ細った体では、狩ることもできなかっただろう。



「……ヤバいな。たぶん、早く何か手を打たないと本当に死ぬ。空腹はまだ意外と大丈夫なのかもしれないけど、喉の乾きが特にヤバそう。どうにかしなきゃ……。でも、この状態じゃあまり動き回ることもできない……」



 トワはお腹を押さえつつ、当てもなく森を歩きながら、水場や木の実を探してみる。


 十分程歩いたが、何も見つけられない。危険な生物に遭遇しなかったのは幸いだが、もう体が動かなくなってしまった。



「少し休めば、まだ動けるか……。あー、でも、これはもう無理じゃない……?」



 空腹に耐えかねて、トワは木にもたれながら座り込む。



「お腹空いた……。まぁ、この体が死んだとして、わたし本体は死にはしないか。むしろ……わたしはこの体を養分として、より大きく成長する……」



 トワは、自身が人などの生き物を栄養分とする植物だと直感的に理解していた。普通の植物のように光合成で栄養を作り出すこともできるが、生き物から養分を奪うことでより成長するのだ。



「わたし、結構危険な植物に転生したのかもな……。あ、っていうか、光合成で栄養を作れるなら、本体で栄養を作って、この体に栄養を分け与えることもできるんじゃない? わたしの本体とこの女の子、体を共有しているみたいなもんだし」



 トワはそれを思いつくと、残りの体力を振り絞り、射し込む光が多い場所へ行く。丁度少しだけ開けた場所を見つけ、仰向けに横たわった。地表は乾いているが、カラカラに乾いた土地でもないので、地中深くには水分が残っているはず。



「……体中に行き渡っている根から、茎を上に伸ばす……。それから、光合成のために、光が射す方に葉を茂らせる……。根も下に伸ばして……。うん、いい感じに茂ってきた。あとは……待つ!」



 少女の体は葉に覆われて、さらに背中側からは根が伸びている。


 傍から見れば少女が植物に飲み込まれている状態で、むしろ少女の命が危ないと認識されるだろう。


 しかし、本当はその逆で、トワは自身の力で少女を救おうとしている。



「……もっとかっこよく助けられたら良かったけどな。まぁ、今は待とう……」



 トワはただひたすら待ち続ける。


 脳でエネルギーを消費するのもあまり良くないと思い、しばし思考も放棄する。


 そして、浅い覚醒と深い眠りを繰り返し。


 おそらくは三日程が経ったところで、ようやくトワは体を起こした。



「ふぅ……。ようやく体が回復したか。外に出てる部分はもういらないな」



 トワは、体の表に出ていた茎、葉、根を意図的に枯らす。茎や根を生やすために少女の皮膚に空けていた穴は自然と消えた。


 なお、側頭部から出た小花を一輪だけ残している。その小花には魔力的な何かを感じ取る力があり、そのおかげで目に頼らなくても周辺の状況を把握できるのだ。



「まだ自分のこともわかんないけど、もうこの体はわたしと同化しているみたいなもんだね。この体をある程度回復させることも、栄養のやりとりもできる。

 しっかし、この女の子が目を覚ますことはないんだよね……。わたしがこの子の意識を殺しちゃったの……?」



 トワの根は少女の脳内にも及んでいる。そのおかげで少女の脳を借りて複雑な思考ができるのだが、その副作用として少女の意識を殺してしまったのかもしれない。


 せめて、殺したのではなく眠らせているだけだと思いたいが、まだわからないことばかりだ。



「体は動く。ただ、光合成での栄養補給は効率が悪いな……。食事はこの子の口から摂らないと……」



 栄養不足に陥る度に光合成をしていては、森の外に出るだけで何ヵ月もかかってしまいそう。


 早急に、何か食料調達の当てを探さなくてはならない。



「この子、たぶん魔法を少しは使えるはず……。まずはその検証から始めようか……。そもそも、ステータスとか見られない?」



 そう思った矢先。


 トワは、嫌な気配を放つ何かが接近していることに気づいた。

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