第34話 稽古

 家の前の庭で、ナターシャとキィナが木剣を持って対峙する。



「ナターシャ! これは模擬戦だからね! やりすぎちゃダメだよ!」



 トワが声をかけると、ナターシャは微笑む。キィナはまたむっとした。



「……チィ。私の強さも忘れちゃったんだね」



 キィナは心底悔しそうだ。


 父レガートが二人の間に立ち、ナターシャとキィナが木剣を構える。



「二人とも、準備はいい? これは模擬戦だから、お互いに熱くなりすぎないこと。危ないと思ったらすぐにとめる。いいね?」



 二人が頷く。



「では、始め!」



 レガートの合図で、真っ先にキィナが踏み出す。トワからすると速い。


 でも、ナターシャからすると、遅い。


 キィナの振り下ろした木剣を、ナターシャは軽く払いのける。動きが特別に速いわけではない。キィナの動きを完璧に読んで、さらっと受け流したのだ。



「え?」



 キィナが戸惑う。何が起きたのか、あまり理解できていないようだ。


 ナターシャは一瞬動きを止めたキィナの首に木剣を当てる。



「あたしの勝ち」


「な!? そ、そんな! 今のは……違う! 私はまだ負けてない!」


「まぁ、そう思うならそれでもいい」



 ナターシャがキィナから距離を取り、木剣を中段に構える。


 キィナは酷くプライドを傷つけられたようで、鬼の形相を浮かべた。



「ふ、ざ、けんなー!」



 キィナが高速の踏み込みと共に木剣を振るう。決して悪い動きではない。でも、やはりナターシャには全く通じていない。


 キィナの攻撃を、ナターシャは軽い動作で受け流す。もはや相手が動く前に有効な防御の姿勢を取っており、完全に相手の動きを読んでいる。相手の剣を自分の都合のいい場所に導いている風にすら見える。



(剣聖術スキルを使ってるときみたいだけど、あくまでそれをナターシャが自分の力で再現してる感じ。ナターシャ、毎日剣の訓練を欠かさないもんね。わたしにはなかなか気づけなかったけど、強くなってたんだね……)



 トワはナターシャに見とれてしまう。


 一方で、キィナは悔しそうに顔をしかめる。



「なん、で! 当たんないの! もう!」



 より激しく。より強く。キィナは木剣を振るう。


 それが逆に、ナターシャにとっては読みやすい動きと捉えられている様子。ナターシャは余裕でキィナの剣を捌き、そして、ひょいと足をひっかける。



「うわっぷ!?」



 キィナがずっこけて大きく体勢を崩す。ナターシャはその背中にトンと木剣の切っ先を置いた。



「あなたが弱いとは言わないけど、圧倒的な実戦不足。実戦っていうのはつまり、命を賭けるようなギリギリの戦いのこと。洗練されていないし、迫力もない。あなたの剣は怖くない」


「こ、この……っ」


「まだ続けるの? これからは模擬戦じゃなくて稽古になるけど、文句ないよね?」


「うあああああああああああああああああ!」



 ナターシャの煽りに激高して、キィナが激しくナターシャに斬りかかる。ナターシャはそれらを平然と受け流し、指導を始めてしまった。キィナはとても悔しそうだ。



(ナターシャ……もしかして、ちょっと不機嫌? キィナ、そんなにナターシャを不快にさせることを言ったかなぁ……? キィナの言葉、もうあんたなんて用済みよ、みたいに聞こえたのかなぁ……)



 ナターシャとキィナの稽古は続く。キィナは全く歯が立たなくて、次第に涙を浮かべ始めてしまった。また、所々でナターシャが反撃し、キィナは少しずつダメージを蓄積させていく。


 もうキィナに勝ち目がないのは明らかだった。それでも、キィナはナターシャに立ち向かい続けた。


 そこで、ちょいちょいと妹ミィがトワの手を引っ張った。



「ねぇ、お姉ちゃん。ナターシャって、何者なの? キィ姉が全然敵わないなんて、すごいことだよ?」


「ナターシャは……獣人の、すごい剣士なんだ。才能があるとか、そういうことだけじゃなくて……なんか、よく見るとちょっぴり悲しい力なのかもしれない」



 ナターシャは、才能開花スキルで無理矢理引き出した力を使っていない。今のあれは純粋にナターシャの力量。同年代でここまで差が出てしまったのは、ナターシャがそれだけ過酷な訓練を積んできたということだ。



「悲しい力……? どういうこと?」


「ナターシャは、家族を殺されて、その上、二回も故郷を失ったんだ。辛くて悔しくて、強くなるために、ナターシャは自分の命を削るような戦いをしてきたの。だから、あんなに強くなってしまったのは、ちょっと悲しいなって」


「そんなことがあったの……」



 ミィが痛ましそうに顔をしかめる。


 ミィとキィナには、まだこの一年の詳細を話していない。ナターシャの過去については、誰にも話していない。ミィにとって、衝撃的な事実だったようだ。



「はあああああああああああああああ!」


「動きが少し良くなった。その調子」


「うるさいうるさいうるさい! 私に勝手に指導するな!」


「それなりの力量がある相手に、いきなり会心の一撃を与えようなんていうのは無理。じっくり相手を削る戦い方をしないとダメ」


「うるさいって言ってるでしょうが!」



 ナターシャとキィナの稽古は、もうしばらく続いた。

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