第46話 過信
「ナターシャ……っ」
トワはどうにか立ち上がり、ナターシャの側へ。
早く回復魔法を……。トワはそれだけを考えていたのだが。
「トワ! 危ない!」
ナターシャの声がトワの耳に届いたときには、トワの体中に矢が突き刺さった。続けて、ナターシャにもいくつもの矢が突き刺さる。
気がつけば、トワたちは兵士たちに囲まれている。戦闘音を聞きつけて集まっていたのだ。
「あが……っ」
「うぐ……っ」
トワはナターシャの側で倒れる。すぐに結界魔法を使ったので続く矢は防げたが、二人とも酷い傷を負ってしまった。
「トワ……! 矢を抜くから、自分に回復魔法を……!」
「わ、わたしより、ナターシャを……」
「あたしは大丈夫! 先にトワ! 痛むけど、我慢して!」
「うぐぅ!」
ナターシャがトワに突き刺さった矢を引き抜いていく。内蔵まで負傷しているのは良くないが、頭部に矢が刺さらなかったのは幸いなことだった。
トワは自身の傷を癒していく。ナターシャの傷も治さなければいけないので、できる限り迅速に。
そうしているうち、トワの張った結界周りには兵士たちが集まっている。結界を壊そうと剣や魔法で攻撃しているが、通常の攻撃ならばしばらくはもつだろう。
トワの傷が治ったら、次にナターシャに回復魔法をかける。
まずはお腹に空いた大きな穴。大量の血が出ていて、ナターシャの命が危ないことはすぐにわかった。
「ナターシャ……! ごめん、わたしが余計なことをしたから……!」
「今回は相手が特殊だっただけ……。仕方ない……」
ナターシャの傷が塞がっていく。
次に、トワはナターシャに突き刺さった矢を引き抜き、その傷も治していく。
「なんだ、この子供……」
「強力な結界魔法に、回復魔法まで……?」
「二つともあの白い髪の子がやってるのか……?」
「複数種類の魔法を使う上に、あの若さでここまで強力な魔法を……?」
周りの兵士たちが困惑しているが、トワは気にしない。
やがて、ナターシャの傷が癒える。しかし、出血が酷かったせいか、顔色は悪い。気分も悪そうだ。
「……ナターシャは、少し休んで。後はわたしがやる」
「……うん」
トワは立ち上がり、自分たちを囲む兵士たちを睨む。集まっているのは五十名前後だろうか。
「あなたたちはただ仕事をしただけ。それはわかってるけど……ごめんね。少し、手加減を間違えそう」
トワは重力魔法を発動し、周りの者たちを一斉に押し潰す。
「ぬお!?」
「なんだこの魔法は!?」
「体が重い……!」
「動けない……!」
殺すだけならば簡単だった。より強く魔法をかけて、潰してしまえば良かった。
今戦っているのは、殺したい相手ではない。無力化したいだけ。
「やっぱり毒かな……。皆、しばらく目を閉じていて」
闇魔法を使い、兵士たちの視覚を奪う。
誰にも見られない状態で、トワは体中から蔓を伸ばし、兵士たちに突き刺す。蔓から眠り毒を注入したら、無力化は完了だ。
「……これでよし、と。向かってくる敵は今のところいないかな。けど、ナターシャを回復させないと……」
トワはナターシャの中にある食人花から蔓を十本伸ばし、兵士たちの手に突き刺す。食人スキルを発動すると、ナターシャが艶っぽい声を出した。
「ひ、久々にこれは……効く……んんっ」
「あはは。ナターシャ、やらしい顔してるよー?」
「ばかっ。そういう、こと、言わないでっ」
「へへ。まぁ、わたしも回復しておこうかな。殺さない程度に吸っちゃおう」
トワも食人スキルを発動し、倒れている兵士たちから諸々を吸い取る。
食人スキルは久々で、確かに脳が蕩けてしまいそうだった。
二人で喘ぎを押し殺すことしばし。二人とも完全に復活した。
「……回復できるのはいいんだけど、戦地では回復だけしたいところね」
ナターシャが熱い吐息を漏らし、トワも頷いた。
「戦地じゃなかったら、気持ちいいのは嬉しいことだけどね」
「えっち」
「お互い様でしょ」
「まぁ」
「とにかく、ひとまず戦闘終了だね。ただ、わたしたち、ろくに下調べもせずに突っ込んで来ちゃったけど、それは良くなかったね」
「うん……。自分たちの力を過信してた。あたしたちなら、どんな敵が来ても楽勝だって」
「ここからはもう少し慎重に動こう」
「うん。あ、トワ。この傭兵の傷も治してあげて」
「うん。そうだった」
ナターシャは傭兵女性に突き刺していた剣を引き抜く。トワがその後に傷を治した。
「じゃあ、行こう」
まだ伯爵側に強力な敵がいるかもしれない。
トワたちは警戒を強めつつ、伯爵を探し始めた。
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