第36話 呆然
トワとナターシャが魔物狩りに出かける前、朝食を摂った後に、チィの父レガートがナターシャに一つお願いをした。
「君の剣を見せてくれないか? 二等級の魔物を相手に戦える君がどんな剣を使っているか、少し気になっていたんだ」
ナターシャは素直に剣を渡し、レガートは剣を確認。その隣にはキィナもいる。
「これは……魔剣、だね。でも、なんだろう……普通の魔剣と少し違う気が……」
ナターシャの剣は、獣王国の襲撃後に交換している。以前のものは、激しい戦闘を繰り返してボロボロになっていた。
今のは、リクーク村に残っていた普通の両手剣に、トワが強化魔法を付与したもの。炎や雷を
名のある名工が作った最高級の魔剣などではなく、トワが無理矢理魔剣にした普通の剣のため、見た目は量産品と変わらない。
「ナターシャ。これは、どこで手に入れたんだい?」
「リクーク村にあったもの。詳しいことはわからない」
ナターシャがしれっと言って、レガートは頷くしかなかった。
「これは、魔力を込めることで何か特殊な効果を発揮するのかな?」
「しない。ただ丈夫なだけ。めちゃくちゃに叩きつけても刃こぼれもしない。切れ味が特別に上がってるわけでもない」
「なるほど……。丈夫なだけでも、剣士からするとありがたい。そして、下手に魔法の効果で切れ味を上げることもしてないから、剣士の技量が上がる……。良い剣だ。俺も一本欲しいし、キィナにもあげたいくらいだ……」
「……一本しかないから、あげられない」
ナターシャがトワをチラリと見る。実のところ、普通の剣に付与魔法を施すだけなので、量産も可能。しかし、トワが付与魔法を使えるとなると騒ぎになりそうなので、黙っておく。
(チィの家族にプレゼントするだけならいいんだけど……それで話は終わらない気がする。気軽に強力な武器が作れるとなれば、それを求める人が押し寄せてくることになる。例のユーベルト伯爵も怪しい。戦争のための武器を作れとか命じられるのは絶対に嫌)
通常では考えられないことをすれば、色々な場所で歪みが生じる。自分はこんなすごいことができるんだよ褒めて褒めてぇ、などと気軽にできることではない。
トワの中身はそれなりに大人なので、それくらいの配慮はできる。
レガートがナターシャに剣を返し、それからトワとナターシャは早速魔物狩りに行こうと席を立ったのだが。
「え、ちょっと待って。チィも一緒に行くの? ナターシャの実力はわかったけど、チィにまで二等級の魔物と戦う力があるの?」
キィナがトワたちを呼び止め、疑問を口にした。
「うーん……わたし一人だと、三等級の魔物と戦えるくらいかな……」
開花スキルなしだと、トワはあまり大きな魔法を使えない。無理をすれば体が弾け飛ぶだろう。本気を出すと都市をまるっと壊滅させられるが、もうそんな力を使う気はない。
「三等級……。私だって、四等級の魔物を倒すのが精一杯なのに……。チィ、どんな魔法を使えるのか、見せてよ」
「うん。いいよ」
外に出て、トワは風魔法で軽く竜巻を起こす。小規模ながら、魔物を倒すには十分な威力。それを見たチィの家族四人は、ぽかんと口を開けた。
(……わたし、何かやっちゃいましたー? なんてね……。つい最近までド派手に暴れてたから忘れてたけど、十二歳で三等級の魔物と戦うってすごいことなんだ……。本気の風魔法なら町を壊滅させる台風を作れるよー、とか、絶対言わない方がいい……)
「チィに何があったの……? 前はちょっとした風を起こす程度だったのに……。っていうか、あれだけの魔法を使うのに、溜めも一切なし? どうなってんの?」
キィナが特に呆然としている。その隣で、ミィは無邪気にすごいすごいと喜んでた。
「え、ええっと、というわけで、わたしもナターシャと一緒に狩りに行ってくるね! わたしたちは大丈夫だから、心配しないで! ナターシャ、準備をしたら早速出発しよう!」
「うん」
トワとナターシャは一度家に入り、手早く準備を整える。
トワの空間魔法があるので実のところ手ぶらでも良いのだが、変に詮索されないため、水などを鞄に詰めて持って行く。
ただ、二等級の魔物を相手に戦おうというのに、トワは背中の開いた薄い布地のワンピースを着ているだけで、ナターシャは水着よりはマシ程度の服を身につけている。二人の服には結界魔法を付与しており、その辺の防具より防御力が高いのだが、不審には思われてしまうだろう。
かといって、高級な装備品など持っていない。そのうち、ちゃんとした装備を調える必要もありそうだ。
準備を終えたら、トワたちは森に向かった。チィの家族は何か言いたげだったが、それには気づかないフリをした。
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