第19話 夜

 帰りに遭遇した魔物は、トワが魔法で屠っていった。また、食用として狼型の魔物も二体分持ち帰っている。空間魔法を使えばもっと大量の魔物を持ち帰ることができたのだが、空間魔法は使えないことになっているので、ほとんどの魔物の死体はそのまま放置した。


 その日の夜。


 シングルベッドでトワとナターシャは今夜も一緒に寝ているのだが、ナターシャが感慨深げに言う。



「二等級の魔物も含めてあれだけ倒しまくると、レベルの上がりがすごい……」


「昨日は三十五だったっけ。今はどれくらい?」


「四十一。普通、レベルも三十台になると、一つ上げるだけで一ヶ月くらいかかるんだけどね」


「ナターシャのレベルからすると、格上の敵と戦ってたってことだね」


「そういうこと。ちなみに、トワってどれくらいなの?」


「わたしは二十四。今日で八くらい上がったかな」


「そっか。ついでに、例の花のレベルとかはわかる?」


「うん。そっちは今、十六になってる。魔力量は四万五千くらい」


「うーわ、ちょっと引くわ、それ。魔力量だけなら一流の魔法使いの中でも上位だよ……。まだレベル十六でそれ? どこまで成長するの?」


「あの花の場合、レベルの上下に関わらず魔力量は増えるんだよ。魔物を食べたら食べた分だけ増えていく」


「……すごいね。ちょっと怖いけど。いつかトワが制御できなくなったら、大きな被害が出そう……」


「それは……大丈夫だよ。上手く言えないけど、そういうのはないから」



 トワが食人花本体なので、制御不能になることはない。



「そう? ならいいけど……念のため、食べさせる量はほどほどにした方がいいかも」


「うん……。気をつける」


「ちなみにさ、トワみたいに、あたしもあの花の魔力を借りることってできるのかな? 聖剣術とか瞬雷とか、魔力をかなり使うみたいでさ。普通、剣術は魔力を消費するものじゃないはずだけど、剣聖術は何か違うみたい。だから、もっと魔力が欲しいんだよね」


「……うーん、もし使いたいなら、もっと体中に根を広げる必要がある。それは怖くない?」


「ちょっと怖いかも……。でも、頭に根を張ってるなら今更気にしても仕方ない。それで強くなれるなら、そうなってもいい」


「そう……。わかった。明日にでも、やってみよう」


「うん。それと、できればトワにはあたしのレベル上げに付き合ってほしい。朝からずっとじゃなくていいから、メインの仕事が終わった後にでも。あたし一人じゃ危なっかしくてギリギリの訓練ができないけど、トワがいれば、もっと早く強くなれる」


「わかった。それも手伝うよ」


「ありがとう」


「……わたしはさ、ナターシャに無理はしてほしくないんだ。でも、少しでも早く、復讐から解放されてほしい」


「うん……。ありがとう」



 しんみりした空気が流れたところで、話が途切れる。


 いつもなら、この流れで二人とも寝入ってしまうところ。


 ただ……実のところ、トワはまだ眠れる気分ではなかった。


 トワがしばしベッドの上でもぞもぞしていると、ナターシャが気恥ずかしそうに言う。



「トワ、まだ起きてる、よね? えっとぉ……あ、あのさ。すごく変なお願いをしちゃうんだけど……しばらく、耳を塞いでおいてくれない?」



 ナターシャがどういう気持ちでそんなことを言ったのか、トワにはすぐに理解できた。



「……耳を塞ぐというか、しばらく、お互いに何も聞こえないってことにしない?」


「……ってことは、トワも?」


「まぁ、その……うん。今日はたくさん『食べた』からか……どうも落ち着かなくて……」


「そっか……。トワも一緒か……」


「ごめんね、そんな体にしちゃって」


「別に……すごい不都合があるわけじゃ、ないし……。あれも……気持ち、いいし……」


「そう……」


「……それにしても、トワってまだ十一だっけ……? そういうこと、普通にするんだね……」


「……まぁ、うん。別に、しょっちゅうしてるってわけじゃないけど……何も知らないわけじゃない……」


「なら、手伝いなんていらないね」


「いらないけど、もし手伝ってほしいって言ったらどうするのさ」


「……手取り足取り教えてあげる、かな?」


「えっち」


「お互い様でしょ」


「まぁ、ね」


「ええと、とにかく、これからしばらく、お互いに何も聞こえないってことで……」


「うん……」



 そういうことにすると、早速ナターシャがもぞもぞと動き始める。熱い吐息が漏れているのが、すぐ隣にいるトワにはよくわかった。



(……気まずい。他人と同じ空間でこんなことするの初めて……。まぁ、ナターシャならもういいか。とにかく、お互い、もう何も聞こえないってことで……っ)



 トワはナターシャに背を向けて、もぞもぞと体を動かした。


 湿り気を帯びた音も、こぼれる吐息も、この部屋には何も存在していない。

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