ep.7 生徒会長

 俺は女神神殿を出る。

 遠くに壁が見えた。

 学校の周りは峻険な壁で囲まれている。目を疑うような巨大な壁で……実しやかに囁かれている噂によれば、転移場所を空けるため、女神が山を抉り取った。天地を分かつような巨大な壁は、実のところ山の残骸でしかないのだという。

 だが、その壁も一か所だけ途切れている。

 俺が有効距離の実験で、木像騎士を突っ込ませた森に繋がっている。

 森の先に何があるのか。生徒会主導で調査しているが、今のところなにも見つかっていない。人も、動物も、魔物でさえ。


 しかし、異世界の村なり町なり、あるはずなのだ。 

 そうでなければ……生徒全員が持ってる翻訳のスキル、なんの意味があるのか、という話になる。異世界人とコンタクトを取るため、女神が付与してくれたのだろう。

 とはいえ、遠近感が狂っているせいで近くに思えるが、壁は遠い。

 俺の足じゃ壁に辿り着くだけで、一日仕事のはずだ。

 コッソリ逃走経路を確保するのも難しい。

 逃げ出すとなったら、一発勝負になってしまう。

 ……できればそうならないことを祈りたいが……どうなるやら。


 初代校長の銅像を横目に、グラウンドを通り抜け、校舎に入る。

 目的の生徒会室は三階にあった。

 すれ違う人に二度見されながら、階段を昇る。肉を満載した鞄三つは、さすがにしんどい。

 今日はやけにドロップ運がよかった。もしかすると予兆だったのだろうか……あ、オーガってなにか、ドロップしたのか? シシィに今度聞いておこう……。

 つーか、失敗した。食堂に納品すりゃよかった。あっちは一階にあったのに。

 つい、いつもの癖で、さ。

 新宮たちが、成果を生徒会長に見せないでどうするんだって、うるさくて。

 まー、口実だよ。

 食堂に納品すると生徒会長に会えないから。

 ついた。

 ノックしてからドアを開ける。

 

「三間坂君? 心配していたのよ……人形はどうしたの?」


 そういったのは、生徒会長の泊里雫である。

 机で書類仕事をしていたようだ。長い髪をかきあげ、こちらを見ていた。

 シシィが美少女なら、雫は美人であった。

 髪は烏の濡れ羽色。要するに黒髪である。髪の色が変わらないでよかったと、胸をなでおろしたのは俺だけではないだろう。雫は日本人形を思わせる容姿なのだ。やはり、黒髪が似合う。


「人形は壊れた」


 俺が告げると、雫が息を呑んだ。


「新宮君たちは? 無事かしら」

「全滅した。オーガのこと、聞いただろ」


 生徒会に雫一人しかいないのも、他のメンバーが女神神殿に行ったから。

 当然、雫は状況を把握しているはずだ。


「……ええ。やたら強い魔物が現れたって。そう……新宮君たちが……残念だわ。もっと気の利いたセリフ、言えたらよかったのだけど」

「ご冥福お祈りしますっていわれたって困る」

「そうね。貴方にいっても。はぁ……また犠牲がでちゃったかぁ」

「出るさ。そりゃ。全員無事に日本に帰れるなんて、そんな虫のいい話はない」

「愚痴らせてくれたっていいでしょう」

「知るか。俺は俺で手いっぱいだったんだよ」


 スクール鞄を隅に放り投げ、ソファーに身を投げ出す。

 マジで疲れた。もう動きたくない。

 

「こういったら失礼かもしれないけれど、よく生き残れたわね」

「なんだよ。俺が生きてちゃ悪いのか」

「悪く取らないで。私は貴方の実力を知っているから」

「…………」


 しばらく無言の時間が続いた。

 

「……気が立ってたみたいだ」


 素直に謝るのも気恥ずかしく、結局事実だけを口にした。

 安全な場所に戻って来て、気が緩んだのだろう。

 

「死人が出たのは初めてでしょう。無理もないわ」

「訳知り顔でいうんじゃねぇよ」


 自分でも驚くほど、イラッとした。

 ……ハァ。ショックは受けてないと、思っていたんだけどな……。

 俺は寝転がりながら、顔を両手で隠す。

 

「新宮は典型的な男根主義で、非戦闘職を下に見てた。正直いって癇に障った。死ねばいいのにって、思ったこともある。そんな気持ちが呪詛になったんだな。オーガが現れたのは俺のせいだ……なんてな」

 

 新宮の死が俺に責任があるとは思わない。

 だが、考えてしまう。

 たらればの話になるが。

 足手まといの有無で、進行速度や、移動経路も変わる。

 俺がパーティーに居なかったら、オーガと会うこともなかったかも。

 身体を起こすと、沈痛な面持ちをした雫と目が合った。バツが悪い。

 俺は床を見ながら言う。

 

「なんで教師も一緒に転移してこなかったんだろうな」

「さあ? でも、ありがとう」

 

 教師がいれば。

 雫が責任を負わなくてもよかったのにと、言外に言ったのが通じたようだ。

 

「三間坂君はしばらく休んだら?」

「肉はいいのか」

「なんとかするわ」

「平気なのかって聞いてるんだよ。俺は」


 雫が曖昧な笑みを浮かべる。


「三間坂君に斡旋できるパーティーがないのは事実だわ」

 

 大丈夫じゃないんじゃねーか。

 ああ、俺が頼りないのが、いけないんだろうよ。


「そうか。それなら問題ないな。俺が死んでない理由だが。助けてもらったんだよ。その子が俺とパーティーを組んでくれるといってる」

「年下の女の子?」

「雑賀シシィ。知ってるか?」

「知っているわ。有名じゃない」


 確かに。日本人離れした容姿だ。噂になるだろう。

 俺が知らなかったのが不思議に思える。

 雫かぁ? ほら、彼女は彼女で美人だから。クラスの男は全員彼女を狙っていたといっても過言ではない。そんな彼女の前で「雑賀シシィって子、可愛いんだって」なんて言えるか? いえないだろう。

 少し思案してから雫はいった。

 

「でも、雑賀さんはもうパーティーを組んでいたはずだけど」

「彼女はパーティーを逃がすためにしんがりを引き受けたそうだ」

「……それは」

 

 わだかまりができても仕方がないだろ?

 ま、シシィは全然気にしちゃいないんだが。

 これも方便だ。本当のことはいえねーし。

 

「そう。そういうことなら、もう少しだけお願いするわ」

「食いきれないくらい、持ち帰って来てやるよ」


 雫がふっと笑う。自然な笑みだった。


「本当にあと少しでいいのよ。魔法の鞄の調達に目途がついたから」

「急にそんな集まるものか」

「聞いてない? 錬金術よ。ドロップしたアイテムには、使い道の分からないものがあったでしょう。それを錬金することで作れたそうよ。聞けば相当前から模索していたらしいわ」

「へぇ。やるな、古知先輩」


 魔法の鞄を作った人物に心当たりがあった。

 最近こそご無沙汰だが、以前はそこそこ付き合いがあった。それでも彼女が魔法の鞄を作ろうとしていたとは知らなかった。秘密にしていたのだろう。水臭い、とも思うが……錬金術でなにを作れるかは、レシピ次第で。レシピは熟練度で解放されるシステム。計画表は立てようがないのだから、安易に口にしなかったのは正解だろう。


「いわれてみればゲームじゃありがちな話だな」


 ゲームをやっていて、足りない装備があれば、ドロップするか、買うか、そして作るかだ。魔法の鞄は必需品。ドロップが渋いのであれば、クラフトとでと考えるのは自然か。


「私もゲームをやっておけばよかったと思ったわ」

「ゲームっぽい異世界に転移するなんて誰も思わないだろ」

「そうね。でも、本当にゲームみたい……」


 そういって雫は考え込んでしまった。

 横顔を見るともなしに見る。奇麗だ。だが、同時に高根の花だとも。

 なんとなく分かるな。誰も雫に告白しないのが。

 下心が見透かされるような気がして気が引けるのだろう。

 年頃の男子なんて邪念しかないから。

 

「それじゃ、俺は行くわ」

「ええ。明日からもお願いするわ」


 俺は手を振りながら、生徒会室を後にした。


***


⸺⸺⸺⸺⸺⸺

名前:三間坂仁

性別:男

年齢:16

クラス:人形遣い

レベル:10

HP:78

MP:195

CAP:39/72

STR:14

DEX:15

VIT:14

AGI:14

INT:18

MND:13

LUK:10

スキル:人形繰り、人形強化4、ステータス共有1、スキル共有1、翻訳、女神の加護

⸺⸺⸺⸺⸺⸺


人形繰り

 命を吹き込んだ人形を従える。従えられるキャパシティは、人形の重量に準拠する。キャパシティはフィジカルレベルに依存する。


人形強化

 人形を強化する。レベルアップで強化の倍率が上がる。


ステータス共有 NEW!

 人形のステータスの一部を、自分のステータスに加算する。


スキル共有 NEW!

 人形のスキルを共有する。共有できるスキルのレベルは、スキル共有のレベルに準拠する。


翻訳

 異なる言語への理解を得る。


女神の加護

 女神の加護を得る。

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