ep.15 食堂

 もし視線に物理的な威力があったら?

 剣刺しイリュージョンよろしく、俺は全身串刺しになっていた。

 そう確信できるほどに、殺気の籠った視線が俺に向けられていた。

 神明高校の食堂。

 俺たちは食事を摂っていた。


「先輩、はい、口開けてください。あ~ん」

「…………」


 うん、さっぱり味分からんね。

 今食べさせられたのが、雑巾だとしても気付かん。

 可愛い女の子に「あ~ん」して食べさせてもらう。

 全世界の男子垂涎のシチュエーションだ。

 だからこそ、ヘイトがすげぇ。

 

「……シシィ、自分で食べれる」

「……そうですか」


 しょぼん、とするシシィ。

 小動物みたいで庇護欲を誘う。

 うっ、心が痛い。

 だっ、ダメだ。絆されるな。

 先ほどの俺はどうかしていたのだ。

 「あ~ん」なんてしてもらったら、ヘイトを買うのは分かっていた。

 だが、シシィはとてもやりたそうで……ふと分からなくなったのだ。男子からヘイトを買うより、シシィのモチベーション下がるほうが、俺にとって致命的なのではないか、と。

 んなわきゃねー。

 シシィは美味しい食事にご満悦だ。

 泣いたカラスがもう笑っている。

 しかし、男子の嫉妬は……ハンパなく引きずる。

 どうだ、羨ましかろう! という気持ちがなかったとはいわない。

 ものの数秒で消えたが。

 命がけで煽りたいワケじゃ……。


「…………仲良くなったよな」


 シシィが厨房とハンドサインでやり取りしていたのだ。

 グッと親指を立て、美味しかったよ、と。

 向こうの生徒も嬉しそうに親指を立てている。

 シシィに料理研究部を紹介したのは俺だった。

 だが、今ではシシィのほうが、料理研究部と仲がよくなっている。


「先輩、なにかいいました?」

「料理研究部と仲良くなったって、言ったんだよ」


 まー、分からないでもない。

 シシィは本当に美味しそうにメシ食うから。

 食べかただって。もきゅもきゅと、小動物っぽい。

 料理人冥利に尽きるだろう。

 

「ほら、水。飲め」

「……ゴキュゴキュ。ふぅ……仁先輩も岡本先輩とばっかり話してないで、他の人と仲よくしたらいいんじゃないですか」

「できないんだよ」

「シャイなんですか?」

「ちっげーよ。俺は……ほら……その……シシィと……仲いいだろ」


 それが? とシシィが首を傾げる。

 分からないかー。

 シシィはよくいえば天真爛漫。

 悪いくいえば鈍感なトコがある。


「シシィだけじゃ飽き足らず、他の女にも手を出そうとしてる……そう思われる」


 料理研究部の大半は女子だ。必ずそういう目で見られる。


「料理研究部に好みの子がいるんですか?」

「いない」


 俺の好みは強いていえば雫だった。

 今は……まぁ。

 

「理解できないだろうが、そういうモンなんだよ」

「……はぁ。邪推なら堂々としてればいいんじゃ」

「一度色眼鏡を掛けたら、そうそう外れやしない。それが人間だろ。嫉妬でアタマおかしくなるのは、男でも女でも変わらないんだよ」

「そういうものですか」


 こいつ……!

 流しやがった。さては、面倒になったな。俺だって論破したいワケじゃない。でもな、誰の態度が原因で、こんな目にあっていると。


「シシィ。あそこでボコられてる男子見ろ」

「……あれ、大丈夫なんですかね」


 シシィが心配そうな声を上げた。

 厨房で女子が男子をリンチしていた。蹴る、殴る。容赦がない。

 

「俺の食事に釘混ぜたやつだろ。ありゃ」

「ふぅん。またなにかやったんでしょうか」


 シシィの目がキッと尖る。

 ここで返事を誤ると、シシィもリンチ加わるな。


「俺のこと凄い目で見てたから。懲りてないのかってコトだろ」

「バカなんですか?」

「だから、バカになってるんだよ」

「あぁ、さっきの話ですか。まだ続いていたんですか」

「…………」


 シシィが男子から興味を失ったのがありありと分かった。

 ……て、手強い。こりゃ、理解する気がハナからねぇな。

 

「そうだ、先輩。ごはん食べたらどうします?」

「んー……」


 食後のスケジュールは日によってまちまちだ。

 多いのはシシィと特訓だろう。スキルは使うほど馴染む。これが案外バカにできない。

 次点は寝床探しか。

 生徒会によって決められた寝所は男女が別だ。そんな場所で男子のヘイトを一身に集める俺が寝る? あり得ない。朝には冷たくなっている可能性がある。

 いや、無事に過ごせると思うよ?

 でも、可能性があるってだけで、避けるにゃ十分だろ。

 そのせいで更にヘイトを買っているワケだが……諦めた。

 寝所が定められているのなら、寝床探しも簡単に済むだろう……とはいかない。

 仲間内で部屋を占拠しているなんてザラにあるからだ。

 邪魔くさいが。大きな声ではいえないが。俺も同じ穴の狢だから。

 さて、どうするか。


「あー、生徒会……雫に用事があった」

「また、なにか頼まれごとですか」

「砦で死んだ連中がいただろ。ステータスプレート回収した。雫に渡しておきたい」

「そうですか。いいと思いますよ」


 シシィが柔らかく微笑むと、食堂がザワッとした。

 うわー、注目されてんなぁ。この様子じゃ、今日のところは、生徒会行くの止したほうがいいか。雫も狙ってると噂されそうだ。


「生徒会は止めて、美術室にするか。そうだな。悪くない」


 鑑定結果次第じゃ、雫に報告する必要がある。

 先に美術室で鑑定して貰ってからのほうが、二度手間にならなくていいかも知れない。


「わたしは構いませんが……美術室ですか。なにかありましたっけ?」

「あぁ、知らない人は知らないよな。あそこは錬金術師のねぐらになってる」

「錬金術師になにか用が?」


 俺はポケットから二本の鍵を取り出す。

 一本はジェネラルオークのドロップ。

 そしてもう一つは。


「一応、確認にな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る