ep.14 ボス討伐

 重厚な扉があった。

 砦の武骨な作りとは打って変わり、細やかな彫刻まで刻まれていて、芸術品といった雰囲気を醸し出している。親切でいい。バカでも特別な扉なのだと分かる。

 なるほど、ボス部屋だ。

 

「ボスは大剣を使う……オーク? だと思います」

「なんで疑問形だよ」

「見れば分かると思いますよ」


 シシィが安全を確保したと言ったのは伊達ではなかった。

 ここに来るまで魔物は一体も出なかった。

 気配感知で探して、見敵必殺したのだろう。

 万が一、逃亡するハメになっても、逃げるのは難しくなさそうだ。

 逃走経路を確認する俺を見て、シシィがいう。


「危なかったら撤退すればいいだけです。扉を閉めればボスは追って来ませんから」

「そりゃ、助かるが。紳士的なボスだな」

「う~ん、そういう感じでは。出られないんだと思います。部屋から」

「……パッチでも当たったか」

「パッチ、ですか?」

「ゲームの話だ」


 一階のボスが自由に出歩けたのは、想定外だったのだろう。

 そこで二階のボスは移動に制限を掛けられた。

 やっぱり、いるよな、ダンジョンマスター。

 

「開けます」

「ああ、頼む」


 騙し絵のような光景だった。

 小柄な少女が、鋼鉄の扉を軽々と開けている。

 見掛け倒しの重量ではないのは、響く音からも明らかだ。

 扉が開くと、大剣を携えたボスの姿が目に入った。


「……疑問符が付くのも分かる。オーク……なのか、これは?」


 オークといえばデブった豚の亜人だ。だが、ボスはシュッとしていた。では、弱そうかといえば、受ける印象はその逆。贅肉が筋肉になっていた。ボディービルダーかよ。

 ……これ、先入観なしで見たら、オークだって気付かねぇよ。

 これだけオーク尽くしの階層である。

 二階のボスはオークという思い込みがあったのだ。

 ……あ、その法則でいくと。一階のボスって、ムキムキのゴブリンだったんじゃ……。

 うん。忘れよう。オーガは強敵感あるからいいけどさ。ゴブリンに殺されかけたってのはちょっと……。


「さしずめジェネラルオークってトコか」

「余裕ですね。さすがはわたしのご主人様です」

「それ、自画自賛だって気付いてる? お前の余裕が俺に影響与えてんだよ」

「おおー、わたしはご主人様の心まで支えていたんですね」

「……もうそれでいいよ」


 シシィがジェネラルオークに集中しているのが分かったから。

 ご主人様呼びしてることにも気づいてなさそうだ。

 

「どうも、再戦に来ましたよ」


 シシィが剣の切っ先をジェネラルオークに向ける。

 それが開戦の合図だった。


「はぁぁぁぁぁっ!」

「ガアアアアァァッ!」


 剣と大剣が打ち合わされ、火花を散らす。

 吐息がかかる距離で、シシィとジェネラルオークが睨み合う。

 

「それが全力ですか?」


 シシィが一歩踏み込む。

 すると、どうだろう。大剣が押され始めた。

 

「ご主人様の御前ですよ。頭が高い。控えおろう」


 ジェネラルオークは、自身の大剣に圧し潰されるように、膝を折った。

 ……なにそれ。目を疑う。

 思い出して欲しい。ロリがロリである所以を。身長が低いからロリなのだ。対してジェネラルオークは? 二メートル近くある。

 最初は普通の鍔迫り合いだった。

 振り下ろされる大剣に対し、シシィが下段から迎え撃つ形だ。

 だが、いつの間にか立場が逆転している。

 これが奇妙なのだ。

 普通に押し返せば、ジェネラルオークは後ずさったはず。

 しかし、ジェネラルオークは膝を折った。

 高い位置から圧力がかかった証左だ。

 つまり、シシィは剣の切っ先に力を込め、ジェネラルオークを圧し潰した。

 最も力が入りにくい剣の切っ先でさえ、ジェネラルオークの膂力に勝るということ。


「惜しかったです」


 剣に両断される刹那、ジェネラルオークは転がりながら後退したのだ。

 口で言うほどシシィに悔しげな様子はなかった。むしろ楽し気だ。

 ただの力比べだし、これで決着ついたら、拍子抜けだろう。


「……シシィの力すごいことになってるな。いつも一刀で切り捨てるから、気づかなかった」


 シシィの真骨頂は速さにあると思っていた。

 だが、力もまた尋常ならざる領域にあるらしい。

 先駆者の宿命か。比較対象がないから、よく分からないのだ。


「先輩が勘違いするといけないので訂正しますが。さっき軽く戦った時は、こんなに力の差はありませんでした。武士道の効果です。あれ、先輩の役に立ってる実感がないと発動しないみたいなんで」

「……ああ、比較対象があっても分からんな。こりゃ」


 シシィは常時人形強化のバフを受けている。

 オーガにリベンジを果たしたことから、かなりの強化であることが分かる。

 加えてシシィは、条件を満たすと更に二種のバフが乗る。

 先陣を切れば一番槍が。

 俺を守る際に武士道が。

 一体、どれほどのステータスになっているのか。

 だが、バフで上がった能力は、ステータスプレートに反映されない。

 シシィの場合、ステータスプレートの数値は、参考記録よりアテにならない。

 

「先輩」

「なんだ」

「警戒してください。ジェネラルオークは、なにか狙っています」

「……分かった」


 なにかってなんだよ!?

 言いたい。

 でも、シシィも「なにか」が分からないから、そういう忠告になっているのだ。

 どっしり構えるしかない。シシィのご主人様としちゃ。

 

 シシィが仕掛けた。

 「なにか」する暇を与えないつもりだ。

 流星だ。棚引く銀髪が流れる星のように煌めいていた。

 

「グガァアァッ!」

 

 ジェネラルオークが悲鳴を上げた。

 衝撃を受けたように、巨体が弾ける。右へ、左へ。前へ、後ろへ。態勢を整えるのもままならない。シシィが瞬発を駆使して、全方位から仕掛けているようだ。

 ジェネラルオークは防戦一方。

 このままではじり貧だと理解したのだろう。

 賭けに出た。

 シシィの剣を奪おうと、左腕を伸ばしたのだ。

 結果は、


「ちぃっ」

「ガァァァッ」


 痛み分け。

 ジェネラルオークの皮膚は硬いのだろう。

 一刀両断できない。

 そう見たシシィは斬撃ではなく突きを放った。

 針の糸を通すような、狙いすまされた一撃。

 だが、それこそジェネラルオークの誘い。

 致命傷を取りに来るなら、すなわち狙いは心臓となる。

 ジェネラルオークは腕で心臓を守り。

 シシィは……守りを貫けなかった。


 と、そういうことらしい。

 俺が一手を打つ間に、向こうは十手打っている。そんな攻防だ。

 理解できるはずがないのだが……なぜか、分かる。

 パスか。

 その感覚によれば、シシィは狙いを察した上で、心臓をブチ抜くつもりだったらしい。

 

「先輩! 来ます!」

「ガッ、ガァァァァァァ!」


 シシィとジェネラルオークが同時に叫んだ。

 その瞬間である。「なにか」が起きた。

 緑の粒子が空間から噴き出した。二か所から。

 ……あれは……魔素、か?


「⸺⸺⸺ッ!」


 俺は走り出していた。脳裏に閃くものがあった。

 魔物は不自然な生命だ。食事を摂らない。死んだら魔素に変わる。たまにアイテムをドロップしたりもする。子供もいなきゃ、老人もいない。常に成体で現れる。

 魔物は魔素が凝って・・・・・生まれるのではないか?

 それが俺の推測だった。

 正しかった。

 魔素は凝固すると、オークに変じたのだ。

 ご丁寧に武器まで持った姿で。

 

「もらった!」

 

 手近なオーク目掛け、飛ぶ。逆手に持ち替えた剣を、オークの顔面に突き刺す。

 緑色の粒子に逆行し始めたオークの身体を蹴り飛ばし、跳躍。天井に着地。

 眼下ではもう一体のオークが、怪訝そうに見回していた。

 なにが起こったか分かってないって感じだな。

 突然、戦闘の真っ最中に呼び出されたら、そうなるか。

 仲間を呼ぶ・・・・・か。

 厄介な行動ではあるのだろう。

 戦力が拮抗していたら、だが。

 俺は天井を蹴り、再びオークの顔面に⸺


「……んっ?」


 手ごたえが軽かった。

 そのせいで勢い余り、何回転かしてしまった。

 手元を見ると、剣に刺さったオークの首があった。

 

「……あぁ、そういう」


 オークがいた場所に目をやれば、首を失ったオークの胴体があった。

 俺が剣を突き刺すより早く、シシィが首を斬っていたのだ。

 

「すみません。身体が勝手に」


 バツの悪そうな顔をしたシシィが、すぐ傍に立っていた。

 シシィの向こう。ジェネラルオーク。掌をシシィに向けていた。あれは・・・


「シシィ!」


 咄嗟にシシィを抱き寄せ、庇う。

 火球が飛んでくる。やはり、魔法だった。

 背中に熱気が伝わってくる。

 ああ、シシィも身体が勝手に動いたっていってたっけ。

 はは、似た者主従だな。

 こんな時だというのに笑えて来た。

 

「…………」

「…………」


 衝撃はいつまで待っても訪れなかった。

 おかしいよな。薄々察してた。

 振り返ると、照れくさそうに頬をかくシシィがいた。

 俺の腕の中には……なにもなかった。

 

「……笑えよ」

「ピロリン。シシィの好感度が上がった!」

「……なんだよ、それ」


 普通に笑われるより堪えるんだが。


「ゲームの話です。クラスの男子がいってました。女の子と仲良くなるゲームじゃ、正しい選択肢を選ぶとこういう音がするって」


 ああ、俺がさっき「ゲームの話だ」っていったから。

 わざわざ俺の趣味に合わせてくれたのか。

 興味のないことはバッサリ切るシシィである。

 うん、歩み寄ってくれるのは分かるんだが……男子がしたのってギャルゲーの話だよな。しかも、賭けてもいいが、本当は違う話してた。エロゲーだろ。エロゲーで好感度が上がったら……どうなるか。分からないまま、言ってんだろーな。


「そっか。好感度上がったか」

「はい、気持ちは嬉しかったです」


 ……気持ちは、か。まー、そーだ。

 冷静になって考えると、俺が庇う必要はなかった。

 パスで俺を連れて逃げるよう、指示するだけでよかったのだ。

 俺のやったことは、シシィの足を引っ張っただけ。

 ……つーか、逃げる必要もなかったみたいだが。

 無駄話を続ける間も、シシィは火球を蹴散らし続けていた。

 シシィが剣を振ります。

 火球が消えます。

 以上。

 

「先輩ちゃんと見てますか?」

「……見てるが……なんだ」

「これが魔法の斬りかたです」


 ……ああ、俺に魔法の斬りかた見せてたのか。分からんて。

 理屈はパスで感じた。でも、実践は無理だから。

 魔法には核があるらしい。それを斬れば霧散するようだ。

 で? 核ってどこにあるワケ?

 シシィも感覚を頼りに斬っているようだし。

 俺も剣聖のレベルが上がれば、分かるようになるのか?

 

「では、終わりにしましょうか」


 シシィが静かに告げる。

 勝負は既についていた。

 ジェネラルオークは左腕がなかった。

 大事な片腕と引き換えに呼び出したオーク。

 そして隠し玉として魔法。

 それらが通じなかった時点で、勝ち目はなくなっていたのだ。

 ジェネラルオークは大剣を振り被り⸺振り下ろすことはできなかった。

 その前にシシィがジェネラルオークを一刀両断していた。

 

「…………グガァ」

 

 ジェネラルオークの身体が斜めにズレていく。

 上半身が地面に落ちると、魔素化が始まった。

 

「お疲れ様。首は狩らなかったんだな」

「背が高かったので」


 ああ、そーいや、オーガも跪かせてから首落としてたっけ。

 ははあ、ロリの天敵は背の高い敵か。

 首を落とされるか、胴体真っ二つにされるか、その程度の差しかないが。

 

「ん、レベルが上がった気がする」


 俺の場合、ステータスの変化は微々たるものなので、普段は気付かない。

 ボス倒したらレベル上がるよな。

 という浅い考えで、気にかけていたから気付けた。


「ステータスプレート見ましょう。いますぐ見ましょう」

「……お、おい、押すな」


 シシィの勢いにたじたじになりながら、ステータスプレートを取り出す。

 

⸺⸺⸺⸺⸺⸺

名前:三間坂仁

性別:男

年齢:16

クラス:人形遣い

レベル:19

HP:101

MP:267

CAP:41/97

STR:22

DEX:20

VIT:21

AGI:21

INT:24

MND:18

LUK:10

スキル:人形繰り、人形強化5、ステータス共有3、スキル共有2、翻訳、女神の加護

⸺⸺⸺⸺⸺⸺


「おお! スキル共有上がってるぞ!」

「やりましたね! ついに!」


 歓喜のあまりシシィを抱き上げ、くるくる回してしまった。照れくさい。


「そ、それでっ、二つスキル、セットできるようになったんですか」

「そ、そうだなっ、試してみよう」


 結論からいおう。できた。

 剣聖と気配感知をセットした。

 

「これで俺も」


 自分のことのように喜ぶシシィが目に入る。


「……自分の身ぐらい守れるようになったかな」


 俺は身の程を知っているのである。

 ん? あれは……ドロップか。


「鍵だな」


 シケてんな。つーか、どこの鍵だ……ってあそこか。

 部屋の奥に扉があった。

 以前の俺なら扉を開けるのにもビクビクしただろう。

 だが、気配感知が仕事をした。

 扉の奥は無人なのが分かっている。

 鍵を差し込むと、扉は自動的に開いた。

 

「あったか。転移結晶。やっぱり」


 ボスのドロップが次の階層への鍵か。

 ボスを避けて転移結晶使うのは難しいってコトだな。

 一階はボスの鍵がなかったので、斥候のスキルで開けたらしい。

 だから、不可能じゃないが……ってゆーかさー。


「これで帰れますね」


 ひょこっと脇から顔を出し、シシィ。

 ほぅ、ちょうどいい位置に頭あるじゃねぇか。

 俺はシシィのこめかみに拳をセット。


「な、なんですかっ?」

 

 慌てるシシィに、俺は低い声音で告げる。


「心して答えろ。オーガのドロップなんだった?」

「……鍵ですが」

「いえよ! あったのかよ! ドロップ!」


 俺はシシィにグリグリの刑を執行した。

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