ep.13 砦攻め
奇襲である!
と、洒落込みたいが、残念。砦の周囲は視界良好だった。
射線が通っているということで、前言を撤回することになってしまうが、シシィに弓を使わせることも考えた。弓馬槍剣の補正があるので、シシィの腕前は那須与一も真っ青。だが、断念した。脳天に矢が刺さっても、オークは平気で動くのだ。
どうせ気付かれるのであれば、近付いて剣で斬ったほうが早い。
ん、弓? あるよ。魔法の鞄と一緒にドロップしてたから、回収しておいた。
結局、当初の予定通り、俺を先頭に砦へ突っ込む。
つば衛門には巡回のオークを挑発し、引きずり回すよう指示を出している。
遠目では、つば衛門はただの鳥にしか見えないはずだが、魔物には人を敵視する遺伝子でも組み込まれているのか、俺の人形と察して見つけ次第追いかけ回して来るのだ。
陽動が成功するのは疑いようがない。
「グオオオオオオッ!」
早速、見つかった。
俺が目指すのは砦の門。
門番のオークが二体いた。
(左を頼む)
俺とシシィは散開。
一対一の状況を作り出す。
オークの獲物は斧だった。大ぶりな軌道は読みやすい。そっと剣で押してやるだけで、斧は俺から逸れて行った。最初から空振りだったように。
剣でオークの首を薙ぐ。血が噴き出る。返す刀で首を落とす。
まぁ、シシィのようにゃいかないか。
一刀で首を落とすつもりだったのだが。
それでも先ほどより、スムーズになっている。
シシィは既にもう一体を倒し終え、手を組んで俺を待ち受けていた。
俺は組まれた手に足を乗せ⸺飛び上がる。タイミングは完璧だった。パスがある。
俺は一気に壁を飛び越え、
「…………は?」
んな、バカな。
中庭に敵がいた。
……つば衛門の偵察じゃ、中庭は無人だったはず。出て来たのか? 砦から? このタイミングで?
ツイてねぇ。
いや、対処しないと。
敵はオーク一体にウルフが……三体か。
まずはウルフの数を減らす。
気配感知がない俺は囲まれると弱い。
それもオークの出方次第で、臨機応変に対処をしなきゃ……ってマジかよ!
オークが矢を番えていた。
風きり音が響く。矢が放たれたのだ。
マズい。俺に矢斬り……できるか?
咄嗟の判断で、剣の腹を矢を防ぐ。
「⸺ぐっ」
くそったれが! なんて強弓だよ! 中ボスかぁっ!?
矢の衝撃で俺の身体は回転を始めていた。
焦燥が募る。二射目が来たら防ぐことはできない。
ぐるぐる回る視界。まず見えたのは空だ。次は砦。壁。オーク。そして、飛ぶように駆ける小柄な影⸺ふっと身体のこわばりが解けた。
シシィが地面に向かって瞬発を使ったようだ。
つーか、瞬発って空中でも使えたのかよ……。
着地の心配はしていない。案の定、シシィが優しく受け止めてくれた。
……立場が逆じゃねぇかなぁ。今に始まったことじゃないが……。
「敵は?」
「片付けました」
下ろしてもらいながら見回すと、確かに敵は一掃されていた。
「先輩、行けますか?」
「は? 行けるに⸺」
砦の入り口が目に入った。
開け放たれた扉が、なぜか、化け物の口に思えた。
あの口に飛び込んだら、グチャリとかみ殺されるのだ。
……なんでそんなことを考えるんだ?
俺の逡巡を察したのだろう。シシィがいった。
「わたしが砦の中を偵察してきます。先輩はここで待っててください。壁を背に。死角を消すんです。敵が来たらすぐにわたしを呼んでください。無理に戦おうとしないでいいですから。つば衛門後輩の報告によると、誘導は上手くいっているようです。敵が来るとしたら砦からになるでしょう。ポーションを置いて行きますから、いつでも飲めるように⸺」
「……分かった、分かった。お前は俺の母親かよ」
シッシッとシシィを追い払う。
シシィは心配げに何度も振り返りながら砦に消えた。
「…………」
心は千路に乱れていながらも、身体はシシィの忠告に従っていた。
砦の中からギャーとか、グワーとか、悲鳴が。
シシィが大暴れしているらしい。
「……結局、こーなるのか」
シシィ頼りから脱却したかったんだが。
俺のカッコいいトコを見せたかったってのはある。
でも、それ以上に……行き詰ると思ったんだよ。
俺が見るに、シシィの本領は攻めにある。
性格もそうだし、スキルだって。
だが、俺がいることで、守りに意識を割かれている。
強い、強い、と口を酸っぱくしていってきたが、恐ろしいことにシシィは全力を出せずにいる。
俺のお守がなくなれば。
そう考えるのは自然なことだろう。
「ただいま、です」
「おかえり。首尾は?」
「今のやり取りいいですね。新婚みたいで」
「おい」
「そう目くじら立てないでください。怒りっぽいパパで困りまちゅねぇ」
「設定追加すんな。子供いただろ、今」
シシィは赤ん坊にミルクを与えるような仕草をしていた。
ロリがそんな仕草をしても、おままごとにしか見えねぇぞ。
……いやまぁドキッとしたけども。
「一階の掃除は粗方終わりました」
「……早いな」
「それは先輩から目を離すんですから。全力で行きますよ」
想像が当たって嬉しいやら、悲しいやら。
攻めに専念したシシィはこんなにも強い。
……俺がシシィの本気を見れんのは、いつになるんだか。
「さ、先輩移動しますよ。隠れるのに持ってこいの場所を見つけました。居心地は悪いでしょうが……命には代えられません」
「不安になるんだが」
「そう思うなら、早くスキル共有のレベル上げて、戦えるようになってくれません?」
「……お、おう」
ホント、コト戦闘に関しては歯に衣着せないよな。
耳に痛い讒言をしてこそ真の武士とか思ってそう。
シシィに連れて来られたのは地下室だった。しかも、出入りにハッチを使うタイプの。ランプの明かりが薄暗い地下室を照らしている。
「ハッチを塞いでおけば誰も出入りできません。構いませんよね?」
「ああ、やってくれ」
どうせシシィが破れたら、俺が生き残る目はないのだ。
閉じ込められるだけで安全が確保できるのなら御の字である。
そういうと、シシィは嬉しそうに笑った。
「先輩が変わってなくてよかったです」
はい? 変わって、なくて?
だが、疑問を口にする間をシシィは与えてくれなかった。シシィは照れくさそうに「では、行って参ります」と、風のように去ってしまったからだ。
呆ける俺の頭上でゴゴゴ、ガガガ、と鳴り響く。
ハッチを封鎖したのだろう。
「ま、戻ってきたら尋ねればいいか」
それよりも。砦に入れなかった理由を言語化したかった。
そこに俺が抱えている問題があるような気がして。
「シシィと一緒なら、怖くなかった」
怪物の口のように感じたのが嘘のように。
パス……だな。シシィは安全を確信していた。それを感じ取り、不安が払拭された。
うーん、それは間違いないが……なぜ、砦に入るのに二の足を踏んだかという話だ。
怖かった。
で? そりゃそうだ。虎口へ飛び込むのに、不安にならないほうがどうかしてる。
シシィはクソ度胸があるから……いや、論点がずれる。シシィの話はよそう。
あの時なに考えてたっけ?
魔物がいる気がしたんだよな。そりゃ砦だし。いないはずがない。
……でも、それだけじゃなくて。魔物がいたら……死ぬ気がした?
「はぁっ?」
出た結論に、素っ頓狂な声が出た。
ワケが分からん。
オークの一体や二体がいたとしても負けやしない。
もっと大勢だったとしたら?
やはり、恐れるに値しない。
俺は中庭に引き、代わりにシシィを突っ込ませれば終わりだ。
そりゃ俺はシシィに頼るのを良しとしないさ。
だが、拘泥するつもりもなかった。
怖いのは仕方がない。人間だし。でも、飲み込める。度胸がついた。そう考えたからこそ、今回の作戦だったのに……うぐぐ。考えれば考えるほど、ワケが分からない。
魔物が一体でもいたら死ぬ?
んなわけあるかよ。
「ああ、はいはい、理解しました。そういうことかよ」
トラウマになってたんだな。
新宮たちとのパーティーが。
もし今魔物が現れたら、助けてくれるだろうか。
そんな不安を常に抱えていた。
その思いが高じて、魔物と出会ったら死ぬという強迫観念になったのだろう。
「……克服するのは簡単だ。気配感知も取ればいい」
見えないから際限なく不安が膨らむのだ。
そこに敵がいると分かれば性根も座る……と思う。
ただ、スキル共有のレベルが上がってどうなるか次第なんだよな。
複数のスキルを共有できるようになれば解決だが……果たして。
とはいえ、指針が決まっただけで大分気が楽になった。
周りに目を向ける余裕ができた。
「ここは……倉庫なのか?」
無数の棚が並んでいる。
だが、棚は空だ。なにもない。
倉庫への入り口がハッチというのも解せない。
両手塞がってたら、出入りできねーし。
どうもチグハグな印象を受ける。
取り合えず箱だけ用意して、オークを詰め込んだかのような⸺
「そういえば。シシィが気になるコトいってたよな。居心地は悪いって」
なにがあるのか、探してみるか。暇だし。
「……なるほど、これは居心地が悪い」
元より大して広くない地下室だ。程なく見つけた。
生徒の死体である。四人分あった。
わざわざ地下室に運んできて、オークはなにがしたかったのか。
……まさか、食料のつもりなのか? でも、ダンジョンの魔物って食事しないよな。
ドロップアイテムを除けば、ダンジョンで食べ物は手に入らない。もし食事が必要だったとしたら、同士討ちで魔物は全滅している。しかし、そうはなっていない。
「……祟らないでくれよ」
冥福を祈ってから、四人の荷物を漁る。
ステータスプレートを探したかった。
ドッグタグ代わりに雫へ渡そうと思ったのだ。
……まぁ雫は悲しむだろうな。で、その後お礼をいうと思う。無為な希望を抱かずに済むって。俺の周りにいる女って、心が強いやつばっかりだわ。
雫の心労を思えば、死体漁りなどなにほどのものか。
……嘘吐いた。キツイわ。
だって、死体だぜ?
致命傷になった傷はグロく。
目はカッと見開き、世を呪うかのようで。
そして、まだ体温が残っている。
生理的な嫌悪感があった。
だが、その甲斐もあり、ステータスプレートを三枚回収できた。
一枚は見つからなかった。ここにないなら、見つからないだろう。
とはいえ、パーティーの壊滅を確信するには十分な材料だ。
一仕事を終え、俺は壁にもたれ掛かる。
ふと視線を上げる。上げてしまった。
誓って邪まな意図はなかった。
ただ、ガタゴト音がしたので、反応してしまっただけ。
だが、ハッチが開き、シシィの覗き込む顔が見えたところで、「あ、これパンツ覗き見するみたいじゃん」と気づいた。しかし、慌てて目を背けるのも危険だ。それこそ覗き見がバレたみたいで怪しいし……。
そう、俺は間抜けなことに。
あるいは幸運なことに、視線を逸らさなかった。
「とうっ」
シシィがハッチから飛び降りた。
一応、シシィにも恥じらいはあったらしく、スカートを抑えながらの飛び降りだ。
シシィは考えが浅い。
見えなかったら大丈夫?
違うぜ。見えそうで見えねぇ。
それもまた一つのエロなのだ。
……ああ、興奮は一瞬で静まったよ。さすがに死体が傍にあるんじゃ。
「ボス部屋までの安全を確保いたしました」
シシィが跪きながら報告する。
御屋形様と家来ゴッコがしたいらしい。
「うむ。さすがは我が筆頭家臣ぞ」
「ははー」
「して、ボスは倒して参らなかったのか?」
「はっ」
「その理由はいかに。なにを聞いても怒らぬ」
「強敵ゆえに」
「くるしゅうない。直截に答えよ」
「ハッ……」
シシィの目が泳いでいた。
……言葉が出てこねぇんだな。単語で受け答えしてたのも、それでか。自分で振っておきながら……いいけどさぁ。
「普通に喋っていいぞ」
「あ、はい。なんか、すみません」
シシィが居心地悪そうに立ち上がる。
「ケガはなさそうだな」
「心配しちゃいました?」
「ぜんぜん。パスで無事なのは分かってたし」
「パスですかぁ」シシィは額をペシンと打つ。「迂闊でした」
パスの恩恵はほぼ人形側が受けてるからな。
俺もパスを感じ取れるのを忘れていたらしい。
まぁね。俺のパスは人形の生存確認と、大まかな居場所が分かるだけ。
ショボすぎて失念していたとしても仕方がないと思う。
「それで、ボスは強そうだったのか」
「ちらっと見ただけですが、はい」
「倒せそうにないなら引くが」
「いえ、倒せますよ」
……あ、そうなんだ。気を利かせたんだけどな。
「なんで倒さなかったんだ?」
「やっぱり、ごしゅ……先輩と一緒に戦いたいじゃないですか」
「足手まといになるだけだと思うぞ」
「それでも、です」
うぅん。デメリットしかない気がするんだが。
メリットはシシィのやる気が出るぐらいか。
一緒にボス戦に挑むのは構わない。
俺を守りながらでも勝てるとシシィが踏んだワケだから。
でも、意味があるのか?
判断に迷う。
「そういえば。俺が変わってなくてよかったって、どういう意味だったんだ?」
ふと口からついて出た。
「あっ、それは」シシィが目を逸らす。「いわなきゃダメですか?」
「そうだな。いえ。命令だ」
実効性の欠片もない俺の命令。
それは、誘い水。
命令だからと言い訳すれば、話しやすくもなるだろう。
いつもの如く全く効かなくたって構わない。
シシィ次第だ。
「…………」
「…………」
相当言い辛いのか、シシィは口ごもっていた。
だが、言うと決心したらしい。
萎れかけていた花が、清涼な水を得て花開いた。そんな表情の変化だった。
「わたしがオーガと戦っていた時のことを覚えていますか」
「ああ」
「先輩は逃げませんでした」
「ああ」
「だから、わたしは先輩を……」
「…………」
「……守ってあげなきゃ、って思ったんです」
シシィは一旦言葉を飲み込み、不自然ではない言葉を継いだ。
果たして隠された言葉はなんだったのか。
問い詰めるのは無粋なのだろう。
ただ、一緒に戦うことが、シシィにとって意味を持っているのは分かった。
ならば、答えは決まっている。
「ボスを倒しに行くぞ」
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