ep.12 砦

「………………ゼェハァ……ゼェハァ……」

「大丈夫ですか、先輩?」


 俺は四つん這いになって、荒い息を吐いていた。

 笑え。必死になってシシィを追いかけた結果がコレである。

 言えば足を緩めて貰えただろう。だが……小さな背中に泣きつくのは……恥ずかしかった。心折れてしまえば、パスを通じて伝わってしまう。そうはさせまじと、憤りに身を任せたのも失敗だった。引き際を誤った感が否めない。

 ちらっ。

 おおぅ、マジか。

 シシィは汗ひとつかいてねぇ。

 そうか。手加減してあの速度だったか。

 

「やっぱりわたしが担いだほうが、よかったんじゃないですか?」


 ……えぇ、格好悪いじゃん。


「なにをいってるんですか。見栄に命賭けるのは、戦国時代の武士だけでいいんですよ」


 魔物出たらどうするんだよ。俺を担ぎながら戦う気なのか。


「はい、余裕ですよ」


 そーかも知れないけどさぁ……あ、ほら、例のオーガ。

 あのレベルの魔物が出ないとも限らないぜ。


「ああ、オーガクラスが出たら、厳しいかも知れませんね」

「…………」

「でも、動けない先輩を守りながら戦うよりはマシじゃ」

「…………」

「想定が甘いって。よくいいますね。先輩だって、オーガクラスが出て来る想定してなかったじゃないですか。わたしには分かってるんですから」

「…………」

「いや、開き直られても。本当にダメな先輩ですねぇ。お仕えし甲斐があります」

「…………」


 なんで喋ってねーのに通じてんだよ。


「なんで喋ってねーのに通じてんだよ」


 思わず心の声を口にしていた。

 いつの間にか呼吸が整っていた。俺も大概人間離れしてきたな……。

 

「愛の力です」

「ちょくちょくぶっこんで来るのやめてくれねーかなぁ」


 ヤリチンだったらこれ幸いと手ぇ出してるトコだぞ。

 俺が童貞であることに感謝するんだな……へっ、空しいぜ。

 

「パスだよな」

「そうともいいます」

「そうとしかいわないから。パスってこんな伝わるのか」

「最近は。以前は分かりませんでした」

「スキルが馴染んできたのか……」


 俺もシシィからスキルを借りるようになり、馴染むという感覚が分かり始めていた。

 例えば剣聖だ。このスキルを借りると、剣が手足の延長のように扱える。だが、剣聖のスキルを外しても、剣の振り方を忘れたりはしなかった。馴染んだのだ。勿論、スキル有り無しでは、雲泥の差が出るが。

 なるほどね。俺のスキルが馴染むと、パスが強化されるのか。

 そりゃ馴染むって感覚が分からなかったはずだ。

 人形側の強化なんだから。

 俺は立ち上がると、口を開く。


「間に合わなかったみたいだな」


 途中、川辺で背中を切られた生徒の死体を見つけた。

 鞄が投げ出され、中身が散乱していた。

 十中八九、拾ったステータスプレートは彼の物だろう。

 逃げて来たのだ。あそこから。

 

「…………」

「…………」

 

 草原には似つかわしくない砦があった。

 全高は十メートルほど。とても低いとはいえない。だが、水浴びをしていた地点からは全く見えなかった。視界が開けていても見える範囲は案外狭いらしい。建物の屋根らしきものが見えた時は目を疑った。

 オークの砦なのだろう。

 守兵はオークばかりだ。

 

「警戒が解かれてる」

「はい」

「……せめて仲間だけでも、と思ったんだけどな」

「先輩のせいじゃありません。距離がありすぎました」


 魔物は人間を敵視している。

 警戒が解かれているということは、戦闘が終わったということなのだ。

 ……あー。参った。へこむ。

 だが、シシィのいう通りだろう。

 ステータスプレートが川を流れた時間も加味すれば、砦で戦闘があったのは最低でも一時間は前の事だろう。シシィが単身で向かっても助けられなかったはずだ。

 

「なぁ、シシィ。転移結晶の場所、覚えてるか」

「はい? 川を下ればいいだけ……いえ、嘘です。覚えてません」


 すまねぇな。言い訳しなきゃ、善行一つできない主で。

 間に合わなかったが、敵ぐらい討ってやるさ。全部シシィ任せになるが、そこはまぁ。


「ダンジョンから脱出するには、ボスを倒す必要があるワケだ」

「……そう、なりますか。でも⸺」

「なるんだよ。いいか、なにもいうなよ」


 なにかいいたげな顔のシシィに釘を刺す。

 だが、シシィの飲み込んだ言葉は俺の想像とは違ったらしい。

 難しい顔でシシィが言う。


「いますかね、ボス」

「は? あんな、これ見よがしな砦にいなかったら、どこにいるっていうんだよ。まぁ、他にも砦があるかも知れないが……」

「いえ、転移結晶はあると思いますよ」

「んんん?」

「先輩、知らないんですか? 一階にボスはいなかったそうですよ」

「でも、ボス部屋はあったよな」


 二階に来るにはボス部屋の転移結晶を使う必要がある。俺たちも使った。

 だから、断言するが……あの立派さはボス部屋で間違いない。


「そういわれても不思議ではない部屋なら、はい」

「なのに、ボスはいなかった?」

「らしいです」


 そんなことあり得るのか?

 でも、シシィが嘘を吐くとは思えない。

 

「誰から聞いたんだ?」

「日和ちゃんからです」


 日和かー。彼女がシシィに嘘を吹き込むとは考えづらい。

 だが、そうなると、


「一階にはボスがいなかった?」

「案外、あのオーガがボスだったのかも知れませんね」

「あー、強かったもんな。すげーありそー」


 ハハハ、と俺とシシィは笑い合う。

 だが、不意に真顔になると、俺たちは頷き合った。


「絶対、それだよ」

「同感です」


 そりゃフィールドボスみたいだな、とは思ったさ。

 でもまさか、モノホンのボスだとは考えねぇよ。

 それなら例外がオーガ一体だけだった理由も分かる。

 

「……ったく。ボスが出歩くんじゃねぇよ」

「人間甚振りたくて待ってたのに、来ないから出て来たんじゃないですか。向こうからしてみれば、待ち受ける必要ないんですし」

「お前はそれで死んだの。分かる?」

「過ぎたことですから」


 ……絶句する。いやまぁスキル明鏡止水の効果もあると思う。

 スキルの説明を見ても、「心を落ち着ける」と、ふわっとしたことしか書いてなかったが、シシィの冷静沈着な戦運びを見ているに、特に戦闘に関して強く働いている気がする。


「二階のボスもお出かけ中ですかね、先輩」

「さすがにそれはないんじゃないか」

「その心は?」

「自由に歩き回られたら、クリアできないから」


 ボスに勝てる、勝てない以前に、見つからない。ナンセンスだよな。クリアさせたくないのなら、それこそ一階に魔王を置いておけばいい。だから、ボスは砦にいるはずだ。

 俺が滔々と語ると、


「はぁ。行けば分かりますよ」


 ……塩対応ぅ。こういうトコなんだよなぁ。シシィが自由だって感じるの。

 俺が蘊蓄語りがっていると、パスで理解しているはずだ。

 笑顔で相槌を打っているだけで俺は有頂天だったのに。

 分かっていても、興味がないなら、サラリと流してしまう。

 人形とは……。

 

「どうやって仕掛けますか」

「その前に。つば衛門で偵察したい」

「それならすでに」


 つば衛門の見た光景をシシィが報告する。

 ふむ。やはり、ボスエリアとして構築されているとしか思えない。

 魔物の統制が取られているからだ。番犬のようにオークに従うウルフもいたらしい。逆に砦の守兵を除くと、野良の魔物は全くいない。横槍は入らないから、思う存分砦を攻略しろ、ということだろう。

 

「オークの弓兵もいるのか。厄介だな」

「斬り落とせばよくないですか」

「矢をか? そんな真似できるのシシィだけだ」

「そうですか? 剣聖はできるっていってますけど」

「あっ」


 スキルを入れ替えたのを忘れていた。

 俺はステータスプレートをササッと操作。


「矢斬り、できるな。うん。剣聖がいってる」


 シシィがジト目で俺を見て来る。

 えぇい、お前が便利なスキルいくつも持ってるのがいけないんだよ。

 色々なスキルを試していたので、剣聖にまだ不慣れなのだ。


 ⸺剣聖。

『剣の頂』

 いわずと知れたシシィのメインスキル。

 あ、「剣の頂」ってのは、スキルの説明文な。


 ⸺気配感知。

『気配を感知できるようになる』

 恐らく俺が一番拝借しているスキルだ。スキルが馴染むのを期待して。

 どんな時でも腐らない汎用的なスキルといえるだろう。

 特に学校で人気のない場所を探すのに活躍している。

 情けない用途だが……。


 ⸺《見切り》。

『攻撃を見切る』

 感覚で敵の攻撃範囲が分かるようになる。

 現状、俺に求められているのは生存だ。

 生きてさえいれば、シシィがカタをつけてくれる。情けないが。

 このスキルのおかげで、避けるコツが分かった。


 ⸺瞬発。

『瞬間的に素早い動きを可能とする』

 時折シシィが消えて見えるのは、このスキルを使っていたのだ。

 彼女が使うと効果的だが……俺はな。

 スキル共有は一つしかできない。

 瞬発に枠を使うということは、戦闘スキルがないってコトだから……。


 ⸺一番槍。

『先陣を切る際、ステータスにボーナス』

 瞬発と同じ理由で一度試しただけだ。

 確かに身体が軽かったかも、ぐらいの感覚でしかなかった。

 これもシシィが使ってこそ。


 ⸺明鏡止水。

『心を落ち着かせる』

 効果を全く実感できなかった。以上。

 

 ⸺武士道。

『誓いに背かない限り、ステータスに補正』

 効果がなかった第二弾。

 ……生き様を問われるスキルだから。俺って武士って感じでもないし……。


 ⸺弓馬槍剣。

『武芸一般の習熟を得る』

 剣聖が剣に特化しているのに対し、こちらは広く浅くという感じである。

 だが、こちらも十分メインスキルとして運用できる。

 むしろ、俺にはこちらのほうがあっているまである。

 大抵の武器の使い方が分かるということは、敵がどんな武器を持っていたとしても、攻め方が想像できるということなのだ。


 いずれは剣聖をメインにしたいと考えている。

 弓馬槍剣は便利だが、スキルレベルの表記がない。

 効果が頭打ちなのだ。剣聖には伸びしろがある。

 現状差が出ないのは、スキル共有のレベルが低いから。

 制限があるのだ。スキルレベルまでしか効果が発揮されないという。

 つまり、シシィの剣聖はレベル3だが、俺がレベル1のスキル共有で借りると、剣聖はレべル1になってしまうのだ。

 ともあれ。


「矢斬りができるといっても、矢が見えていたらだ。飛んでくる矢を察知するなんて真似、俺にゃ無理だ」

「むー。わたしが一人で突撃するのが手っ取り早い気がしてきました」

「……それを言っちゃあ、おしまいだろ」


 俺だってお荷物な自覚あるんだぜ。

 ああ、木像騎士さえ残ってればな。

 

「ない物ねだりをしても仕方がありません」

「誰がさせたんだよ。この話題になると……いや、いい」

「なんですか。気になります」


 以心伝心でないことに救われているのも確かだが、こういう時ばかりはパスで察せよ、と思ってしまう。あんま、いいたくないんだが……。


「……憂鬱になるんだよ。要は人形が足りないのが問題なワケだ。初代校長の銅像とか、使えたら便利だと思うが、重すぎる。かといって、つば衛門の仲間増やしても戦力にはならない。残りのキャパシティで使えそうな人形ってなると……」


 シシィがハッとする。


「すみません。無神経でした」

「謝られるのもなんか違うが……」

 

 倫理さえ無視すれば、人形に最も適しているのは人の死体だ。

 重量はそこそこで、生前のスキルを引き継ぐときたら。

 だが、いくら戦力が欲しくても……口に出すのは憚られる。

 例の如く、キャパシティに収まるのは相当軽い人だけだぜ。

 またロリの死体落ちてないかな、といっているのと同義である。

 憂鬱になるだろ?


「今ある手札でなんとかしなければということですね!」

「強引に話を戻したな。いいが……」


 矢だけ対処しても意味がないんだよな。

 問題の本質は、俺が死角からの攻撃に反応できないってコトで。

 死角を補う方法か。

 シシィに背中を守ってもらう?

 ん? あれ、意外といいんじゃないか。

 俺だってオークの一体や二体ぐらい相手にできる。

 よし、決めた。

 

「俺が突っ込む。シシィはフォローに回ってくれ」

「…………え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る