ep.11 水浴び
青い空。
白い雲。
川のせせらぎ。
ここだけ切り取れば平和な光景だが……ダンジョンである。
俺は川べりに座り、ステータスプレートを弄っていた。
スキル共有に触れる。シシィのスキル一覧が表示された。剣聖にチェックが入っている。他のスキルにもチェックボックスが用意されているが、グレーアウトされていてチェックすることができない。剣聖のチェックを外す。すると、グレーアウトが解除され、他のスキルを選択できるようになった。
「選択できるスキルは一つだけ。ただし、今のところは……」
将来的には複数のスキルを選べるようになるはずだ。
そうでなければ、チェックボックスの意味がない。ラジオボタンで十分だ。
だが、今選べるのは一つだけ。
俺は気配感知にチェックを入れる。
「……相変わらずデタラメだ」
たったこれだけの操作で、俺は剣の素人に逆戻り。
「……おっと」
不意に感じ取ってしまった気配に、思わずそちらを向いてしまいそうになる。
いかん。全力でシシィの気配から意識を逸らす。
シシィに代わって警戒しようと思ったのだが……失敗だったか?
困る。気配を感じると、意識してしまう。
なにしろシシィは……水浴びをしてるから。
ダンジョンで水浴び? と思うかも知れないが、必要に迫られてのコト。
学校のライフラインは生きている。女神の力だろう。
シャワーもあるが、当然男女別なワケで。
いつ闇討ちされてもおかしくない俺は、うかうかとシャワーを浴びることもできない。シシィと一緒に浴びれば解決するが……そんなことすりゃ暗殺待ったなし。
だから、ダンジョンの川だ。
二階に来れるパーティーはまだ少ない。小一時間も移動すれば人気はない。
俺は思う存分、水浴びできる。
いいアイデアではあった。かなりサッパリしたし。
でも、意外な落とし穴があったんだよ……。
シシィも水浴びしたいと言い出した。
まぁね。理解できるぜ。学校でシャワーを浴びても、俺のことが気にかかって、リラックスできないのは。それに、シシィにゃ、水浴びするのに辺りの魔物を一掃してもらった。一汗かいたので流したいと言われたら……。
「…………」
本音をいや見たい。そりゃそーだ。健康な男子だもの。
だが……歯止めが効かなくなることが恐ろしい。
童貞は妄想力が豊かなのだ。その、シシィと一線を越えたら……ごにょごにょ……ができるかも知れない。するってぇと、俺は身重のシシィに、守ってもらうのか?
死ねる。羞恥で。
「先輩、これ!」
声を掛けられ、咄嗟に見てしまう。
濡れた髪。顔に張り付く毛先が、刺青のような文様を描く。北欧の血を感じさせる、透き通るような肌。流れる水滴。鎖骨をついと流れる様は、舐るような艶めかしさがあった。
「きゃぁっ!」
俺はなにも言わず、後ろを向く。
背後からバシャバシャと音がする。
シシィが川から上がってきたのだろう。
シュルシュル、サッサッ。
この音はどんな意味を持つのか。
そんなことを考えずにはいられない。
「すみません。もう大丈夫ですよ」
なるほど、確かに制服を着ていた。
だが、無自覚なシシィクオリティの大丈夫、だった。
身体を拭くのもほどほどに、慌てて着込んだのだろう。
濡れた制服が身体に張り付いていた。ブラジャーが浮き上がって見えた。見慣れた制服姿なのに、どこか違う雰囲気だった。色っぽい。ロリなのに。
……シシィは俺の新たな性癖、開拓すんのに余念がねーな。
だが、呆れていられたのも、シシィが差し出す物を見るまでだった。
「……ステータスプレート?」
名前を見ると……知らない男か。
「どこでこれを?」
「流れて来たんです」
「穏やかじゃねぇな。流れて来たってコトは……上流でなにかあったのか」
「落としただけならいいんですが」
ああ、その可能性があったか。
ほら、以前の俺はレベルが上がらなかったから。ステータス変わらないならって、プレートは鞄の奥に仕舞っていた。だから、早合点してしまったが、戦闘職はちょくちょくステータスプレート見るか。その際に落としたってのはありそうだ。
「他に、なにか流れてこなかったか?」
「いえ、なにも」
まー、そうか。あったらいってるか。
「どうしますか?」
「見に行く。必要なら、助ける」
シシィは笑顔で頷くが……違うから。
ただの打算だから。
ここで恩を売れば味方に……は無理でも、中立にならないかという。
俺はネガキャンに受け身すぎるってシシィに指摘されたしな。
二階に来れる生徒は貴重だ。
影響力だって強い。
助けることができれば、風向きも変わるはずだ。
荷物を持って俺たちは駆け出した。
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