ep.10 DQN

 校舎から出ると空気が変わった。湿っている。

 グラウンドの土の色も心なしか濃い。

 俺は空を見上げた。曇天が広がっている。


「雨、降ったのか」

「朝方に降っていたらしいですよ」

 

 !? 独り言に返事があったので驚いた。

 誰が……って決まってるよな。


「なんでいるんだよ、シシィ」

「陰ながら見守っていただけです。先輩が物憂げな顔をするから、つい出てきちゃいました」

「……はぁ。物はいい様だな」


 この分だと初犯じゃねーな。俺が気付いてなかっただけ、か。

 シシィが本気で隠れたら、俺じゃ見つけられないし。


「今日は二階で合流って決めただろ」

「それなんですけど、意味あるのかなって」

「説明したよな。シシィと一緒のトコ見られるとヘイト買うんだって」


 ロリ美少女と仲良くしやがってぇ、と血涙を流す男子は山ほどいるのである。ダンジョンに別々に行くのはその一環。校舎から女神神殿への道のりは人通りが多い。人目の多い場所ならバカも現れないだろう。


「はぁ。実感ないですけど。まあそれはいいんです。言い方を変えます。先輩がどこまで本気なのか」

「どういう意味だよ」

「これ以上悪意買わないよう動くだけで、決して火消しはしようとはしませんよね。片手落ちじゃないですか。弁明しないのが格好いいとか思ってます?」


 ……そこまでは。うん。思ってない。


「俺が言い訳したらしたらで、ヘイト買うんだって」

「やってもいないのに、どうして分かるんですか」

「…………」


 分かるんだって。その言葉を飲み込む。

 シシィの目が座っていたからだ。


「……じゃあ、どうすりゃよかったんだよ」

「知りませんよ」

「……なんでそんなに機嫌悪いんだ」

「機嫌悪くもなりますよ」


 そうして語られる怒涛の愚痴。

 ちょくちょく、俺の決めたことだから、とか、先輩との約束通り、とか、口にするのは勘弁して欲しいが……要は勧誘という名の、ナンパが鬱陶しかったらしい。

 俺とパーティーを解散したわけではない。

 この後、ダンジョンで合流する予定である。

 そう告げてもぜんぜん引かないのだという。

 

「斬ってやろうかと思いました」

「冗談……だよな?」

「いえ?」


 シシィの目は澄んでいた。覚悟が決まっちゃってる。

 こりゃ、マズい。怒りが俺に向いているならまだマシ。ナンパ男に向けられた日にゃ、斬殺死体が一つ出来上がるだろう。

 

「これからは一緒に行くか」


 俺が白旗を上げると、シシィはにっこりと笑う。


「そういってくれると思ってました」

「脅しておいて。よくいう」

「すみません。でも、本当に限界で」

「そんなに酷いのか。ナンパ」

「あ、さっきは話を盛っただけで、ナンパは少数ですよ」

「純粋な勧誘ってコトか。まー、シシィは強いからなぁ」


 パーティーに入って欲しいと乞う人がいるのは分かる。

 シシィの元パーティーメンバーとか。いつでも戻ってきてくれって思ってるだろうし。

 でも、そういうのって実際にシシィが戦う場面を見た人間に限られるはず。

 シシィが強いと風の噂で聞くことはあるだろう。

 だが、目の当りにしたら、こんなロリが強いのかぁ? となるんじゃないか。

 シシィは好意に鈍感だから、ナンパに気付いてないだけだろ。

 まぁ、シシィが納得しているのなら、認識を正す必要もないと思うが。


「酷いのは一人だけです」


 シシィが顔を顰める。本当にイヤらしい。

 竹を割ったような性格のシシィに、ここまで嫌われるとは逆に気になる。


「俺の知ってるやつか?」

「虎居正樹って名乗ってました」

「あ~、虎居かぁ。名前だけなら」


 すげぇ納得した。

 というのも虎居はロリコンなのだ。しかも、チャラい。

 友人……いや、知り合いのロリコンがいっていた。


「ロリは貴いのでござる。それを手当たり次第に食い散らかそうとする。虎居はロリコンの風上にも置けないクズなのでござる!」

 

 ロリコンの風上って。

 聞いた時は、「目糞鼻糞を笑う」ってこういうことか、と思った。

 だが、違ったらしい。本当に虎居はガチめのクズなロリコンだった。


「先輩も見たことあるはずですよ。いつもわたしが来るの、女神神殿で待っているので」

「流石にそれだけじゃぁな。候補が多すぎる」


 この時間の女神神殿は、待ち合わせのパーティーでごった返している。

 よほど特異な人物でもなければ覚えてない。

 というか、それを狙ってこの時間に来ているワケだし。

 人気がなくなってからダンジョンに入ろうとすると目立つ。

 だが、ラッシュに合わせれば、注目されることもない。


「今日は人が少ないな」

「また、降ってくるかも知れませんから」

「あんま着替えないからな。濡れたくないのは分かる」


 転移した直後は着替えはジャージぐらいのものだった。

 女神神殿で衣類が購入できると分かるまで、女子はこの世の終わりのように嘆いていた。

 女神神殿にあったのはいわゆるショップ機能で、購入にはドロップアイテムを換金する必要があった。ゴブリンを倒すのもやっとの頃である。着替えが行き届くまで時間がかかった……と思いきや、案外すぐに揃った。アホみたいに安かったのだ。

 だが、初回割引的なアレだったらしく、すぐに衣類の値段が跳ね上がった。

 そんな事情なので、着替えを潤沢に持っている生徒は少ないのだ。


「女神ショップが使えればいいんでしょうけど。生徒会が禁止しちゃいましたから」

「禁止じゃなくて許可制な」

「許可は出ないって噂ですよ」

「デマだな。俺が知ってるだけでも何人かに出してた」

「先輩は生徒会が許可制にした理由って知ってます?」

「ドロップアイテムを確保するため。錬金術で使うんだよ」


 他愛のない話をしながら歩いていると、不意にシシィが臨戦態勢に入った。

 あぁ、出たのね、虎居が。

 いわれずとも、どれが虎居なのか分かった。

 茶髪の男だ。なにがそんなに楽しいのか、シシィを見てニヤニヤしており、見るからにDQNという感じである。一度見たら忘れないが、俺に見覚えはなかった。恐らくこのイラつくDQNっぷりは、ロリを前にした時にだけ表れるのだろう。

 

「よーお。シシィちゃん。また会ったねぇ」

「わたしは会いたくありませんでしたけど」

「またまたぁ。照れちゃってぇ。この間のハナシ考えてくれた? ウチのパーティー来なよ。俺がキミを守ってやるよ。キズ一つつけさせやしねー」

「結構です」

「おっ、やりぃ。パーティーメンバーに紹介を⸺」

「触らないでくれます?」


 シシィが虎居に掴まれた腕を振り払う。

 一触即発。だが、虎居は変わらずへらへらしており……こいつ、空気読めないのかよ。なぜか俺のほうが戦々恐々としている。

 

「日本語が通じなかったようなので、言い直しますね。あなたのパーティーには入りません。金輪際、話しかけてこないでください。先輩、行きましょう」


 シシィは虎居に見せつけるように俺と腕を組む。

 う、嬉しくねー。悪目立ちするので避けたい。だが、今のシシィに逆らえなかった。


「テメー名乗れよ!」


 虎居が吠える。


「なんとかいえやぁ! おおぉっ!?」


 俺に言っているのは分かっていた。

 だが、シシィが返事の必要はないと、ガッチリ腕を組んでいるし……そもそもなにをいえばいいのやら。これがDQNか。


「ヤバいな」

「ヤバいです、はい」


 虎居に合わせて語彙が貧相になったのか。

 俺たちはヤバイヤバイと言い合って、ダンジョンへ急いだ。

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