ep.9 納品
食堂の裏手に回り、厨房に入る。
まだ夕方前だというのに……いや、だからこそか。仕込みで賑わっていた。
俺は手近な生徒を捕まえ、岡本を呼んで貰う。
慣れたやり取りなので、シシィも口を挟まない。できる秘書といった風情で、俺の隣で佇んでいる。
やって来た岡本は上の空だった。チラチラと後ろを向き、中断した作業を気にしている。
「また、納品? 好きにしてっていったよね。あたしも暇じゃないんだけど」
「釘は食いたくねーし、食わせたくもない」
今は顔が見えないが、俺に釘を盛った生徒も、厨房にいるはずなのだ。余人の目がないところで、そいつと顔を突き合せたら……賢明な岡本は理解してくれた。
「それ言われると弱い。シメたから、あんな真似、もうしないと思うけど」
「追い出しもしなかったことに俺は驚きだよ」
「あのね、料理研究部が何人か知ってる? 十人。たったの十人で全校生徒の食事作ってるわけ。切り捨てる余裕ないから。三間坂には悪いけど、あれで扱いやすくなった」
「いつも美味しくいただいています」
いや、本当に。料理研究部は軒並み料理人のクラスに目覚めた。
スキルでブーストされた料理は、プロと遜色のない出来栄えだった。
「てゆーか、納品の時間ズラしてくれるだけでも、かなり違うんだけど」
「ダンジョンの探索が本分だしな。納品のために探索を切り上げるのは」
「あー、そっか。頭の片隅に置いといて」
肉は常温だと鮮度が落ちる。早めに冷蔵したほうがいい。だから、ダンジョンから出て来て、いの一番で納品に訪れていたのだが……タイミングが悪かったらしい。
確かに、忙しい時間帯に納品は、ちょっと配慮が足りなかったか。
「そこ、仕舞って。奥に新しいのを、手前に古いのを」
岡本は俺たちを冷蔵庫の前に案内するとそういった。
冷蔵庫を開け、中を確認する。スカスカだった。
俺は肩越しに振り返り、いう。
「バイトと一緒だろ」
「そうそう。ところで三間坂、生徒会とモメた?」
「モメちゃいねーよ」
「なんか微妙な雰囲気だったんだよなぁ」
ふーん、向こうも同じか。顔、合わせづらいんだよ。
シシィ捜索隊の一件が尾を引いていた。
生徒会は日和の暴走を許し、リーダーシップに疑問符がついた。ありゃー多勢に無勢でどうしようもなかったと思うが……細かいコトなんて知ったこっちゃないのが生徒だし。
だから、事態を収拾した……とされている俺に、複雑な感情があるのだろう。
俺は……ウチのシシィがご迷惑おかけしましてって感じ。
俺は考え事をしながら、冷蔵庫に肉を突っ込んでいく。
バイトでもやっている作業である。ぼんやりしていても手は止まらない。
「魔法の鞄? 手に入れたんだ。すごいじゃん」
岡本が驚きの声を上げた。
容量に見合わない量の肉が出て来るのだ。目端が利く人物なら気付くだろう。
岡本はしげしげと魔法の鞄を眺め、
「鞄置いてってくれれば、あたしが後で仕舞ったよ」
「岡本が盗むとは思ってないが……盗まれたら困るのは岡本だろ」
「あたしじゃ手に入らないからね。返せないか。じゃあ、シシィちゃん、今日は暇なんだ」
そうだな。以前はいくつかの鞄に分けて肉を運んでいた。だから、手分けして仕舞えた。でも、今日は魔法の鞄一つに詰め込んでいる。
「岡本、シシィの相手しててくれ」
「オッケー。シシィちゃん、お茶しよう」
岡本がシシィの腕を取る。
一瞬、シシィが俺のほうを見たので、頷いておく。普通にお茶してても構わないが……俺の根も葉もない噂が広がってたら、訂正しておいてくれると助かる。
「…………」
俺は無心で作業を続け。
鞄から肉が出てなかったことで、作業が終わったのだと知った。
立ち上がり、腰を伸ばしていると、シシィが戻って来た。
パスで把握したのだろう。完璧なタイミングだった。
「岡本となんの話をしてたんだ?」
厨房を出たところでシシィに問いかける。
「気になります? なっちゃいます?」
「なら、いい」
「あ、うそです、うそ。先輩の話を聞いてました」
「最初からそう言え」
シシィがにやにやしてたから。いいたいコトあるのは分かってた。
「岡本先輩とご主人様は同じバイトだったんですね。ご主人様がキッチンで、岡本先輩がホールって、逆じゃないかと思いました」
「おい、ご主人様は止めろ!」
誰かに聞かれた日にゃ、俺が殺されかねない。
だが、焦る俺とは対照的に、シシィは落ち着いたものだ。
「気配感知で人が居ないのは確認済みです」いいですか、とシシィは指を立てる。「二人も先輩がいるんですから。どちらかの呼び方変えないと、ややこしくなっちゃいます」
それがご主人様呼びの理由らしいが……いうほどややこしいか? 俺をご主人様と呼びたいから、それっぽい理由に飛びついただけじゃ。
「三間坂でも仁でもいいだろ」
「……思いつきませんでした、ご主人様」
シシィは本当に驚いている……ように見えた。
うげぇ。最近はポーカーフェイス弄り、なかったんだけどな。まさか、角度を変えて弄って来るとは。わたし
ここは戦略的撤退だ。
「分かった。人が来たら止めろよ」
ここが妥協点だった。
シシィは「やった!」と拳を握る。やっぱ、計算づくだったか。
知れば知るほどシシィは悪女の才能に満ちていると思う。ロリなのに。
「岡本先輩から、
「…………」
右見て、左見て。誰もいない。
はぁ、ご主人様呼びはもういいのかよ。俺から一本取って満足したってコトか。
シシィはこのあたり、距離の取り方が上手い。パスがある俺限定かも知れないが。
俺が納得したのを見透かしたようなタイミングで、シシィは続ける。
「なんのバイトしてたんですか? レストラン以外に」
「知ってどーする」
「知りたいだけですけど?」
シシィが可愛らしく首を傾げる。
あ、マジで他意はないのか。あれだけからかわれたんだ。そりゃ警戒ぐらいするだろ。
別に、知られて困る話じゃないし、いいか。
「シフト入ってたのは、レストランとコンビニだな。後はスポットでポスティング……チラシ配りとか、引っ越し。繁忙期は自給が高くて、お得感あってよかった」
「そんなにバイトして、お金どうしたんですか」
「……あぁ、俺、一人暮らしだから」
「おじいさんは出してくれなかったんですか?」
「…………」
大抵、一人暮らしだって言うと、勝手に納得してくれたんだが。物入りだからバイト三昧なのだろうと。さすがにパスで繋がっている、シシィは騙せなかったか。
祖父は生活費を出してくれていた。
学生は学校生活を楽しめと、俺のバイトにも否定的だった。
だが、俺は社会勉強だからと……。
祖父母の負担になるのが心苦しかった。だから、金を稼いで返そうと思った。だが、祖父は受け取ってくれず、ただ貯金だけが増えて行った。
親不孝というが……俺の場合、祖父母不幸だ。
まさか、祖父もここまで見通してたワケじゃないと思うが……。
祖父の心意気を無下にした挙句、男子の敵意を一身に集めている。俺のことを庇ってくれる、アツい友達が一人でもいりゃーな。授業中それなりに話はしても、放課後一緒にバカやったりしないと、打ち解けられないんだよな……。
「…………」
「…………」
んー、なにをいえばいい?
なにを……。
「あの、先輩。いい辛いなら、言わないでいいんですよ」
「……そうだった」
シシィはパスで俺の心が読める。ならば、正直に語るのか? 難しい。恥だから。だが、シシィに隠し事は……そんなことを考えていたら、思考がぐるぐる空転していた。
はー。壁にもたれ掛かり、溜息を吐く。
床を眺めていると、シシィが「日和ちゃんの気配がします」と言い出した。
「気配で誰か分かるのか」
「親しい人だけですけど。ちょっと話をして来ます」
「ああ。俺は……どっか行くかも知れないが……居場所はパスで分かるだろ」
大体の場所さえパスで分かれば、気配感知で位置を特定できるはずだ。
というか、どこにいても俺を見つけ出せるカラクリはコレか。
シシィがつば衛門を鞄から取り出す。
つば衛門は学校ではただの人形のフリをしている。
俺の人形だとバレたら、面白半分に破壊されかねないから。
「つば衛門、行こっ」
小走りのシシィの後をつば衛門がついて行く。
一人と一匹の姿が見えなくなると、俺はしゃがみ込む。
……なんか、疲れた。そーいや、今日が俺の初陣だったんだよな。
少しだけ、目を閉じよう……。
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