第二章
ep.8 二階
ダンジョンの二階は草原になっていた。
風も吹けば、川だって流れている。極めつけは、燦燦と輝く太陽。閉塞感のあった一階とは打って変わり、野放図な広がりを見せている。ダンジョンって……。
登場する魔物にも変化があった。
ゴブリンは続投として。
追加でオーク、ウルフ、パイソン。
要は豚、狼、蛇である。
ゴブリンしか出なかった一階は、チュートリアルだったのだろう。
オーガ? あれは例外で。
二階は草むらから襲い掛かって来るパイソンが厄介なのだ。
本当にぬるりと現れるので、不意打ちを食らってしまう。
斥候が持つ感知系のスキルがないと厳しい。
ううむ、だとしたらボス部屋の扉は、このことを暗示していたのか。
一階では脳筋パーティーが許されていた。つーか、脳筋パーティーが一番効率がよかった。ゴブリンには不意打ちなんて、高度な真似できゃしないから。だから、戦闘職の括りではあるが、斥候は火力に欠けるとして、脳筋たちから敬遠されていた。
その風潮に待ったをかけたのが……なにを隠そうボス部屋の扉であった。
その扉は露骨なまでに立派だった。
扉の向こうに、二階への転移結晶があるのは明白。
だが、扉は施錠されており、脳筋には開けられなかった。
壊そうとはしたらしい。しかし、傷一つつかなかった。
行き詰った脳筋は、斥候をパワーレベリング。
狙い通り、斥候は鍵開けのスキルを会得した。
かくしてボス部屋の扉は開かれ、二階へ転移できるようになった……という経緯があった。
一階では力こそすべて。脳筋は脳筋だけで固まっていた。
しかし、二階では積極的に斥候を勧誘していた。
様子見のつもりで二階に行き、パイソンに痛い目を見せられた。
そんなパーティーが続出したから。
ボス部屋の扉は身を以って教えてくれていたのだ!
二階に進むのなら、斥候を入れましょう。
とはいえ、規格外はいるもので。
「……シシィのやつ、どこまで行ったんだ。遅せぇ」
お使いに出したら……帰って来ねぇ。
あ、心配はしてない。シシィさぁ……気配感知も持ってるんだよ。不意打ちは効かず、いざ対面すれば鬼神の如く。正直、シシィの強さはバグキャラ染みている。
先日、遠目に他のパーティーの戦闘を見た。
あまりのショボさに愕然とした。
「シシィ一人で壊滅させられるんじゃないか」
俺が身も蓋もない感想を漏らすと、シシィは平然と言ってのけた。
「半殺しですか? それとも全殺し?」
俺の不人気さ。それに伴う敵意を目の当たりにし、近頃はシシィもピリピリしていた。
全殺しでとオーダーしたら……果たしてどうなっていたのか。
俺が慄いていると、ぶんぶん手を振るシシィが目に入った。
「せんぱーい! ご命令! 通りっ。シシィが間引いてきましたよ~~!」
その様はご主人様の元へ駆け寄るワンコのよう。引きずられるオークが目に入らなければ……いや、狼が退化したのが犬なんだっけ? そう考えれば、仕留めた獲物を自慢しに来るのもワンコらしい……のか。
というか、あのオーク、生きてね?
「シシィ、それは?」
「先輩の相手です」
「死にかけだろ」
「そうですか?」
シシィは言って、オークを蹴飛ばす。
オークは逃げ出そうとするも、簡単にシシィに回り込まれ、観念したように立ち尽くす。
おお、意外と元気だった。
でもさ。
「シシィ、俺の命令いってみろ」
「ハッ」シシィは敬礼。「辺り一帯の敵を、オーガ一体になるまで、殲滅せよ、です」
「ちっげーよ。都合よく解釈しすぎ。分かってるんだろうが」
俺が命じたのは、「俺がオーガと一対一で戦える場を整えろ」である。
目の届く範囲だけ掃除すればいいのだ。お前どこまで行ってた? ワリと視界のいい草原で、姿が見えないってよっぽどだぞ。
「でも、手抜きして、先輩になにかあったらイヤですし」
ハァ。心配そうな顔するなよ。文句が言えなくなる。
俺だって戦えるようになったんだぜ。
ステータスだってそれなりになった。
ステータス共有の効果である。人形のステータスの一部を俺に加算するスキルで、スキルレベルこそ1でしかないが、基準がバグキャラことシシィのステータスだ。俺の身体能力は見違えるほど上がっていた。
とはいえ、具体的な数値は分からない。
どうもステータスプレートには、バフは反映されないようなのだ。
しかし、人の戦闘を覗き見した感じでは、低レベルの戦闘職くらいは確実にある。
二階で戦闘をするには心許ないが、それを補うスキルもまたあった。
「剣を寄越せ、シシィ」
「本当にやるんですか?」
渋るシシィに、いいから寄越せと手を振る。
「危なそうだったら、割って入りますから」
「分かった、分かった」
放られた剣をキャッチ。鞘から抜き、構える。
すると、剣の使い方が自然と頭に浮かぶ。
スキル共有の効果だ。シシィのスキルを一つ、借り受けることができる。
俺は剣聖を拝借していた。
「来い!」
「グルルァァァ!」
オークが俺に突貫して来る。
ここにしか活路がないのを、オークも感じ取っているのだ。無手のシシィより組し易いってか。ま、腹立たしいが、妥当なところだ。俺のステータスも、スキルだって、シシィの借りもの。だが、いつかは俺の独力で⸺と、いかん、集中だ、集中。
今日はシシィに協力してもらい、何度もオークと戦ってきた。
シシィの補助がなくなっただけ。大丈夫、やれる。
オークの全体を見るともなしに見る。
剣聖は目の使い方も俺に教えてくれる。
ふむ。向こうの獲物も剣か。
さて、どっちの剣技が上か……って。
「アホか」
思わず口から突いて出た。
オークが力任せに剣を振り下ろしたからだ。刃筋が立っていない。団扇を振り回しているようなもので、空気抵抗で剣の勢いが殺されている。
呆れながらオークの剣を受け流す。
成功するという確信が、俺の身体を動かしていた。
「フッ!」
剣を一閃。オークの首筋から血が噴き出る。
チッ。浅いか。
だが、冷静さを失ったオークは、もはやデカイだけの赤子だ。
「グァァオゴォッ!?」
何度目かの攻撃でオークは魔素に変わる。
「やった!」
達成感に包まれる。ついに、俺一人で魔物を倒せた。
ゴブリンは倒したよ。でも、ゴブリンだし。
あぁ、これは俺が増長してるんじゃなく。ゴブリンの存在意義はなにかってハナシ。
転移した当初、当然、学校に武器なんてなかった。
どうやって手に入れたのか……そうゴブリンである。
ゴブリンはモップでもあれば倒せる。なんなら戦闘職は素手でもイケる。
改めて考えてみると、ゴブリンは倒されるために、存在しているとしか思えなかった。
俺の考えを裏付けるように、ゴブリンがドロップする武器は多岐に渡った。
ゴブリンを倒して装備を整えてください、ということだろう。
ん? ゴブリンが使ってた武器は拾わなかったのかって?
魔物の武器ってさ。なぜか魔物が倒されると、一緒に消えるんだよ。
「先輩、残心、残心ですよ」
鬼コーチのつもりなのか。シシィは指で目を吊り上げる。かわいい。
「あぁ、忘れてない。でもな。なにかあればシシィが対処する。そうだろ?」
「それは、もちろん」
「人形込みで俺の残心なんだよ」
だんだん分かってきたのだが、パスの影響は俺にもあったのだ。
無意識のうちに影響を受けていたので、気付きづらかっただけで。
うーん。表現が難しいが……シシィを自分の身体の延長のように感じるというか。
一番分かりやすいのは、シシィを人形した直後か。ダンジョンで長話しただろ。
オーガに殺されかけた直後だぞ。危機感の欠如、甚だしいよな。
俺は知らず知らずのうちに、こう考えていたのだろう。
強力無比な右腕ができたのに、なにを恐れることがあるのか、と。
「だから、シシィの目が黒いうちは、本当の意味で残心を実践するのは無理だ。シシィが強すぎるのがいけない」
「むぅ。褒められて嬉しいですが……油断しちゃダメなんですからねっ」
「気をつけてるつもりだが……いかんせん無意識だからなぁ」
頭で考えて、どーにかなるのか?
新宮のパーティーはどうだったっけ……残心、してなかったな。軽口を叩き合う新宮たちに、何度油断するなといったことか。リラックスするのが大事なんだとさ。でも、ビビってないぜって、アピール合戦にしか見えなかったな。
当時は俺も余裕なかったし、あんまり参考にはならんか。
「お?」
オークの魔素の一部が地面に向かって行った。アイテムがドロップする前兆だ。
魔素は固まり⸺剣となった。
マジか!
「これ、俺の剣にするから」
借りた剣をシシィに押し付けると、俺はドロップした剣を拾い上げる。
「どうぞ、どうぞ」
無意味に剣を抜いたり、鞘に戻したりする俺を、シシィは嬉しそうに眺めていた。
照れくさかったが、初めて手に入れた、自分専用の剣だ。我慢できなかった。
どれだけ、そうしていただろう。ふと我に返ると、空しくなった。
「……ダンジョンのほうが落ち着くとか。どうかしてる」
シシィを人形したあの日から十日が過ぎた。
彼女が組んでいたパーティーを離脱し、俺と組むという話はあっという間に広がった。
感動の再会を果たしたあの場で、シシィが宣言してしまったからである。
言い含めておかなかった俺のミスだ。
以来、嫌がらせを受け続けていた。
陰口は、まぁ、かわいいほう。
命の危険を感じる事件が二度あった。
一つ目は階段から蹴り落されたこと。
驚いた。大怪我を負うかも知れないのに、こうも短絡的に行動に起こすかのと。だが、本当の驚愕はその後だった。男は悪びれることなく階段を下りて来たのだ。
「邪魔」
去り際に一言。
目の前にムカつくやつがいた。
だから、蹴った。
それだけ。
文句をいうのも忘れ、俺は男を見送った。
ゾッとした。これぐらいなら平気だろうと男は思っていたのだ。
身体能力が上がっているから。
危ない場面も、切り抜けられるから。
だが、思い出して欲しい。
ステータス共有でブーストされているだけで、俺本来のステータスは……ゴミだ。
下手したら死んでた。
二度目の事件は食堂で起こった。
スープに釘が混じっていたのだ。
最初の一口目で味がおかしいと思ったので、事なきを得た。
異世界での娯楽は食事くらいしかない。
唯一の楽しみが……と憂鬱になった。
嫉妬されるとは思っていたさ。
でも、想像以上だった。
当初、学校じゃシシィを遠ざけていた。
波風を立てるのは得策じゃないと考えていたから。
だが、今は……もうね、ロリに頼るっきゃない。
俺に嫌がらせする連中は、シシィに好かれたいワケで。
シシィの存在がなによりのバリアになる。
まーあ、その分、嫉妬は加速するが……どーしようもねー。
「先輩、つば衛門がなにか見つけたようです」
シシィの視線を追うと、鳥に見えなくもない……ナニカが、滑空していた。あれこそ俺の新たな人形、つば衛門である。シシィが日和に頼んで作ってもらった、燕を模した人形だ。外見がゆるキャラなので、飛んでいるのを見ると、脳がバグりそうになる。
お察しの通り。名前を付けたのはシシィだ。
元々はパスに距離の制限があるのか、調べるために必要な人形だった。
結論から言うと、制限はなかった。つば衛門は転移して、戻って来れた。
しかし、そうなると困ったのが、つば衛門の処遇である。人形に戻るのであれば、それはそれでよかった。だが、このまま仲間にするのは……俺の美学的にナシだった。だって、すげーダサいんだもん。
シシィの時とは違って、パスを切れば人形に戻る。確信があった。
俺はパスを切ろうとして……シシィにそりゃーもうゴネられた。
「わたしもそうやって殺すんですね!」
そこまでいわれたら、俺もパスを切れなかった。
かくして、なし崩し的に、つば衛門がパーティーに加わった。
旋回していたつば衛門が、一方に向かって飛び始めた。
俺は駆け足でつば衛門を追う。
「ついて来いってことでいいんだよな?」
振り返りながらシシィに尋ねる。
「そうだと思います」
「歯切れが悪いな」
「つば衛門の念話は言葉じゃないので。たぶん、こうだろうなってことしか」
「あー、そりゃそうだ。燕なんだしな」
同じ人形でも、シシィと同列に考えたら、間違いなのだろう。
でも、ズルいよな。なんで人形同士なら、双方向に念話できるんだ。
念話による情報網を俺は便宜上、人形ネットワークと名付けた。
この人形ネットワーク。要はパスだ。俺のスキルだ。しかし、オーナーである俺は発信しかできず、人形同士は発信も受信も思いのまま。俺は……俺のスキルが分からん。
ドロップアイテムが点々と転がっていた。
肉、革、槍、斧、ポーション……色々ある。
……どんだけ倒したんだか、シシィは。
アイテムのドロップ率は、体感十パーセント前後。
つまり、落ちているアイテム×10で……数百近い魔物を倒した計算になる。
うん、俺さ。シシィの戻り、遅いって言ったけど。撤回するわ。
こんだけ倒しておいて、あれしか掛からなかったのかよ。
「しかし、勿体ないよな。これだけドロップしても、持ち帰れないんだから」
「それなんですが……たぶん、解決します。あそこです」
シシィが指さす。その先にはウエストポーチが落ちていた。
んんん、ウエストポーチ?
現物を見たことがないから、多分でしかないが⸺
「まさか、魔法の鞄か?」
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