ep.16 錬金術

「最近、こっち来たことなかったですね」


 本校舎から実習棟へ移動中、シシィがあたりを見回しながらいった。

 物見遊山のシシィに対し……俺は前だけを見ていた。すれ違う男子と目を合わせないように。相変わらず俺に向けられる視線は熱い。だが、本校舎で向けられる視線が、カラッとした殺気だとすれば、こちらはドロッとした嫉妬だった。

 その差異は、住人の違いだろう。


「実習棟は生産系クラスの根城だ。用がなきゃ来ることもないよな」

「生産系のクラスの人たちって、なにをしてるんでしょう」

「……お前、それ生産系クラスの前でいうなよ。無駄飯ぐらいって、言ってるように聞こえる。まあ、色々とな」

「そんな邪推する人います?」


 シシィは怪訝そうだ。いないと思うけどなぁ、と副音声が聞こえてきそう。

 あ~、シシィは陽性だからなぁ。悪く受け取る人もいない、か。

 俺がいったら確実に反感買うんだが。

 裏なんてなかったとしても。


「シシィは生産系クラスについてどれだけ知ってる?」

「友達が農家でした」

「……そりゃまた。相当レアなクラスだぞ」


 確か、二人しかいなかったはず。

 俺は生徒会と親交があった。

 一番喋るのは雫だが、他の連中とも相応に。

 一緒にいればそれなりに耳に入るものだ。


「お姫様になれたって喜んでました」

「……どういう意味だ?」

「ボディーガードがついたんです。それで」

「……変わった友人だな」


 雫の手配だろう。

 農家には植物の育成を助けるスキルがあるのだ。まともな畑仕事をしたことのない俺たちにとって、問答無用で野菜を収穫できるスキルは生命線となり得る。

 しかも、それがレアクラスと来たら、ボディーガードも付けるか。

 

「生産系のクラスの大半は錬金術師らしい。生徒会調べでは」


 不自然なほどに、錬金術師が多いと雫が首を捻っていた。

 ゲーマーの視点からも同意する。本来あって然るべきクラスがないのだ。

 それは鍛冶師。ゲームによっちゃ、甲冑師や彫金師など細分化されるが、要は装備を作成する生産系クラス。それが、ない。代わりが、魔素で服が強化されるシステムなのだろう。

 とはいえ、あくまで服強化システムは繋ぎ。

 本命は錬金術による強化ではないか、と俺は睨んでいた。

 ほら、錬金術師が主役のゲームあるじゃん。

 あれって錬金術でなんでもできるよな。装備の強化だって。あんな感じでさ。

 

「そんなに錬金術師の人って多かったんですか。でも、錬金術師だっていう人あんまり見ませんよね」

「名乗らないだけだろ。シシィだって自己紹介で、武士ですなんていうか?」

「いいませんけど、話していたら、分かるものじゃないですか。なんとなく」

「そういう話題になんの避けてんだよ」


 俺もそうだったから分かる。

 クラスを答えると、「なにそれ」って顔をされるのだ。

 そう力説すると、


「でも、先輩と錬金術師の人は違いますよね」

「……俺と一緒にされちゃ、錬金術が可哀そうってか」

「もー、不貞腐れないでくださいよ。先輩のクラスって人に言えないじゃないですか」

「……言えないことはないが、隠し事が多いのは確かだな」

「錬金術師は立派な成果を上げてます。魔法の鞄です。胸を張って錬金術師ですっていえるんじゃ」

「それ、つい最近の話だから」

「ああ!」


 シシィが女子の輪の中にいた頃は、魔法の鞄は完成していなかった。

 だから、錬金術師と名乗る人と出会わなかっただけ。

 今はほとんど俺と一緒にいるから、人と話をする機会が減っている。


「ポーションは作っていたらしいんだけどな。でも、魔物からもドロップするわけで」

「ふむふむ。戦闘系クラスと比べたら、一段低く見られてしまうと」

「加えていえば」俺は小声でいう。「錬金術師の大半って本当に無駄飯ぐらいなんだよ」

「そうなんですか?」

「錬金術師の数に対して、ドロップの数が少なく……ええい、寄ってくるな」

「近づかないと聞こえないんです」


 嘘を吐くな。嘘を。

 おい! 耳に息吹きかけるな! 背伸びしてまで!

 傍から見たらキスしているようにしか見えないだろう。

 俺は慌ててシシィを連れ、階段の踊り場へ移動する。

 美少女を攫うようにして消えたのだ。当然、出歯亀は出る。

 だが、睨み付ければ退散していった。

 

「おい、小悪魔」声を元のボリュームに戻す。「これで聞こえるな」

「残念ながら、はい」


 はぁ。本当に残念そうなのが始末に負えねぇ。

 

「肉体のレベルをフィジカルレベル。スキルのレベルをスキルレベルとする。この二つのレベルは別物だっていうのはいいよな。で、経験値も別個に蓄積されているワケだ」

「フィジカルレベルと連動してるっていう人いますけど」


 そういう説を提唱する生徒がいるのは知っている。

 フィジカルレベルが五の倍数になったら、スキルレベルが上がるって感じに。


「それは間違いだ。検証した人がいた」


 とはいえ、フィジカルレベルが上がったタイミングで、新しいスキルが生えてきたりするので、フィジカルレベル連動説が根強い理由も分かる。


「まぁそうですよね。フィジカルレベル上がってなくても、スキルレベル上がってたことありましたから」

「スキルも使えば使うほど経験値が溜まる。ややこしいな。こっちは熟練度って呼ぶか」

「話のオチが見えました。熟練度を一人に集めたんですね」

「そう。それが錬金術師は無駄飯ぐらいだって理由」


 苦肉の策ではあったのだろう。

 戦闘職は嵩張るから素材を持って帰りたがらない。

 持ち帰らせるには錬金術の有用性を示すしかない。

 そのために、熟練度を一人に貢ぎ続けたのだ。

 今は狙い通り素材の価値も上がったし、他の人のレベル上げもしていると思うが。


「先輩、やけに詳しいですね」

「木像騎士があったのが美術室なんだよ」

「ああ! 新しい騎士も見繕いますか」

「上半身しかない騎士でよけりゃ」

「よくないです」


 だよな。

 いちいち持ち運んで、戦ってもらうのか?

 それなら俺が剣を振ったほうが早い。


「おや、三間坂氏ではござらんか」


 名を呼ばれたので、見上げれば小太りの男がいた。

 

「おう、久しぶり⸺」

「あわわわわ!」


 返事をする間もなかった。

 小太りの男は慌てて去って行った。

 

「今のは?」


 シシィが小首を傾げていた。


「知り合いだ。遺憾ながら。伊藤っていう」

「その伊藤さんはなんで逃げ出したんでしょう」

「分からん。伊藤だしなぁ……」

「奇行が多い人なんですか」

「言葉づかいで分かるだろ」

「ちょっと時代錯誤ですよね」


 ……自分のことを棚に上げていうねぇ。お前だって。十分時代錯誤だよ。生き様が。


「考えても仕方がない。行くか。どうせあいつ、美術室にいるし」

「錬金術師なんですか」

「そう」

「ふと思ったんですが、なんで美術室なんでしょう。錬金術のイメージなら、化学室のほうがピッタリじゃ」

「実に浅い理由がある」

「逆に気になりますね」


 シシィのイメージは正しい。

 実際、錬金術師の多くは科学部の部員だ。

 では、なぜ錬金術師のねぐらが美術室なのか。


「元科学部の部長が美術室に引き籠っていて。押しかけたからだ」

「へぇ、人望があったんですね。そんなに浅くもないかと」


 いや、浅いんだよ。

 ロリと一緒に居たいだけだから。元科学部の部長はロリ美少女なのだ。

 錬金術は鍋さえあればいい。活動場所を問わないのだ。だからできた荒業である。

 そういえば……シシィを上から下まで眺める。


「なんですか?」

「……いや」


 あいつらうるせーんだろーな。

 行くけどさ。ここまで来たし。


「待っていたぞ。三間坂氏よ」


 美術室の前で、三人の男が待ち受けていた。


「出たか、三バカ」

「バカに非ず!」


 俺が事実を指摘すると、伊藤がいきり立つ。

 三人は目で示し合わせると、


「我ら!」


 シュバッ。


「科学部」


 シュババッ。


「三羽ガラス」

 

 眼鏡をクイッ。

 三人がポーズを取る背後でバーンと煙が上がった。すげー。芸が細かい。

 

「その煙のやつ初めて見たな」

「錬金術で作った煙玉でござる」

「へぇ、敵から逃げる時に便利そうだな」

「難点は少々、範囲が広いので、自分たちも……」伊藤の姿が煙に包まれる。「五里霧中でござる。このように」

「煙くないのか、それ」

「それがまったく。錬金術の不思議でござるな」


 煙の内と外とで呑気に会話をしていると、


「おい、伊藤! くっちゃべってねーで窓開けろ! 窓!」

「お、おぅふ。阿部氏、失礼した」


 換気が終わり、視界が晴れると、ぜぇぜぇと荒い息を吐く三人がいた。

 体力ねーな、こいつら。

 俺はシシィにいう。


「な、バカだろ?」

「はい。バカの所業でした」


 シシィが同意すると、三バカはショックで崩れ落ちた。


「……そ、そんなシシィたんまでも」

「……伊藤が。伊藤がやろうなんていうから」

「…………」


 一人だけ無言だった。その代わりに眼鏡をクイッとした。先ほどの眼鏡クイッが「よろしく」だったとすれば、今度のは「ショック」だろう。なぜか、分かる。

 

「あの眼鏡が阿部だ」

「無口な人なんですね」


 無口て。お前、あの眼鏡クイッを見て、思うところはないのか。

 ついでに阿部は無口じゃないから。

 シャイすぎて女子と話ができないだけで。

 男相手にはウザいくらいによく喋る。

 窓開けろって伊藤に怒鳴ってたの、阿部だぞ。


「伊藤はいいな。さっき、説明したし」

「はい」

「残る……普通の男が宮本だ」


 宮本は立ち上がると、叫ぶ。


「雑ぅ! 俺の紹介だけ!」

「ほら、つっこみも普通だ」

「普通で悪いのかよ!? 俺だって、こいつらみたいな個性要らんわ!」

「やめてやれよ。伊藤はともかく……阿部が落ち込んでるぞ」

「……お、おう。すまなかった、阿部」宮本はチラリとシシィを見て。「お前のは個性と違うもんな」

「拙者はいいのでござるか」

「テメーは好きでキャラ作ってんだろーが!」


 内紛を起こす三バカを横目に、俺はちょいちょいとシシィを呼ぶ。

 シシィが嬉しそうに近付いて来る。


「錬金術師に用があるなら宮本を頼れ。面倒見がいい」


 さっきの紹介は酷かったかな、と思ったのでフォローしておく。

 

「なんだかんだいっても、仲いいんですね」

「生徒会と錬金術師の仲立ちしてたからな」

「先輩が?」


 なんで? とシシィの目がいっていた。


「顔見知りだったから、ちょうどいいだろうと」


 元々、俺が用があったのは美術室だった。

 使えそうな人形を見繕うためである。

 そこで隠遁していた元部長と出会った。

 元部長は来訪の理由を聞くと、人形選びを手伝ってくれた。

 彼女が居なければ木像騎士は見つからなかっただろう。

 美術倉庫の奥に眠っていたのだ。

 なぜ彼女がそれを知っていたかといえば、木像騎士を作ったのが姉だからだそうだ。

 そうこうして元部長と親交を温めていたら、来た。

 三バカが。

 それ以来の付き合いである。


「最近は疎遠だったが。肉集めしてたから」


 それに。最近は特に俺の周囲がゴタついている。

 巻き込んでしまっては申し訳なかった。

 錬金術師は人形遣いよりも戦闘に向かないクラスだし。

 

「…………」

「…………」


 シシィが暖かな笑みを俺に向けていた。

 全て見透かしているかのような⸺


「あーあーあー! いい雰囲気になっているでござる! エマージェンシー、エマージェンシー! 阿部氏も宮本氏も、本題を思い出されよ!」

「そうだった! 仲間割れしてる場合じゃねー!」

「で、本題って?」


 俺が問うと、伊藤がもじもじとシシィ話しかける。


「シシィたんはちょっと離れててもらえませぬか」

「いいですよ。シシィたんって呼ぶのやめてくれたら」

「で、では、シシィと……」

「名字で呼んでください」

「……あ、はい。調子乗りました」


 本気でへこんだのだろう。伊藤の口調は素に戻っていた。

 シシィは廊下の向こうへ移動すると、こちらに向かって手を振った。

 どうぞお友達とのお喋りを楽しんでください。


「三間坂氏。見損ないましたぞ。自分はロリコンじゃないと、あれだけいっておきながら⸺」

「伊藤のいう通りです。君には失望しました。我々をあれだけ非難しておきながら、心の内に同じ獣を飼っていたのですから。隠し通したのはお見事といいましょう。ですが、古知先輩まで君の毒牙にかけるわけにはいきません」


 伊藤を遮って阿部が喋り出す。

 おい、眼鏡クイッはどうした。


「……シシィが居なくなった途端よく喋るな」

「シシィさんをどうやって落としたのか、それを教えてくれるのであれば、過去の遺恨は水に流すと誓いましょう。もちろん、古知先輩は譲りませんけれど」

「阿部氏! 本音が漏れているでござる!」

「仕方がないでしょう。だって、羨ましいんだもん」

「……な、なんと! 認めてしまうとは。男でござる。感服仕った!」


 横で話を聞いていた宮本も頷いていた。

 この三人に喋らせていると話が進まない。


「俺が古知先輩を狙ってるってどういうことだ?」


 阿部と宮本が顔を見合わせた。


「伊藤君が」

「伊藤が」


 四コマ並みの速さで犯人が分かった。

 三人で伊藤を睨む。


「だってだって、シシィたんをコマしたんでござるよ! 古知先輩も狙ってると考えるのは至って自然!」

「なるほど」

「それは確かに」


 アホか。納得するなよ。

 つっこまずにはいられない。


「古知先輩に用があるんだよ」

「錬金術師に、でござろう? 拙者たちでもいいのでは? 最近ご無沙汰だった三間坂氏は知らぬのだろうが、拙者たちもスキルレベル上がったでござるよ」

 

 まぁ、分かるなら、お前たちの誰でも……。

 伊藤を押しのけ、阿部が前に出る。お前が交渉するってか。

 伊藤と宮本はロリ万歳! という感じだが、お前は古知先輩が好き・・・・・・・だもんな。好きになって人がロリだったっていう。


「要件を承りましょう」

「これを鑑定して欲しい」


 オーガがドロップした鍵を差し出す。

 伊藤は鍵をしげしげと眺め、


「鑑定が弾かれたのは初めてです。そう、すり抜けたのではなく、弾かれた感覚があった。これをどこで?」

「一階のボスらしき敵から」


 伊藤はもう一度鍵に目を落とし……頷いた。


「私では無理ですね。古知先輩を頼りましょう」


 うん、眼鏡は伊達じゃないわ。

 感情を飲み下せる理性がある。

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