ep.17 美術室

 美術室に入ると苦笑いで迎えられた。表の騒ぎは筒抜けだったらしい。

 二十人近い生徒がめいめいに過ごしていた。本を読む生徒もいれば、居眠りしている生徒もいる。だが、やはり錬金術師のねぐら。鍋に向かう生徒が多かった。時折、ボンと鍋から煙が上がり、中からなにか取り出しては、また鍋に素材を入れている。

 

「錬金術のレベル上げでござる」

「なにを作ってるんだ?」

「ポーションでござるな」

「ふぅん。一番簡単だからか」


 俺が感想を漏らすと、宮本が肩を竦めた。


「それもあるけどな。生徒会からのお達しだよ」

「そりゃなんで、また」

「低レベルの戦闘職に配布するんだとさ。戦闘職つったってピンキリらしいな。すんなり戦える生徒ばかりじゃねぇんだと。ポーション配ってケツ叩くみたいだぜ」


 はーん。有効ではあるな。

 なにせ、戦闘職だ。最初の恐怖心さえ克服できれば、ノリノリで魔物退治に励むだろう。結局、二の足踏んでいるのは、命の危険があるから。ポーションは安全性を担保する。

 だが、それって、どうなんだ。

 

「高レベルの戦闘職は納得するのかね。自分たちが取ってきた素材が、低レベルの育成に使われるワケだろ。ただ働きさせられて黙っているような連中か?」


 押しなべて第一線で戦う戦闘職は我が強い。

 当然だよな。命知らずだからこそ、ダンジョン潜れるワケだし。

 宮本が我が意を得たりと頷く。


「それ、俺もいった」

「おお、さすがは三羽ガラスの良心」

「ふざけんな。マジで暴動起きかねぇんだぞ」


 「その通りだ」と阿部が眼鏡をクイッとさせる。


「……なんか、俺、責められてる?」


 茶化しただけにしては、俺に向けられる視線が厳しかった。


「そーだよ。お前が担当外れるから」

「三間坂氏が担当だった頃はやり易かったでござる」

「…………(クイッ)」

 

 三人はご立腹だった。

 だが、そーいわれても。


「言ったよな。荷物持ちに駆り出されることになったって」

「それはそれ、これはこれ、でござる」

「三間坂さ。引継ぎとか、した?」


 伊藤の暴論はともかく……宮本の疑問は耳に痛い。

 俺の微妙な表情の変化を宮本が見咎めた。


「してないんだな! だからか!」


 ……まぁね。引継ぎなんて頭になかったよ。でも、必要か? 引継ぎなんて。

 俺は生徒会の伝言伝えてただけだぜ。どこに引き継ぐ要素があるんだよ。三羽ガラスというのがいますが、バカなので雑に扱ってください、くらいじゃないか。強いていえば。


「……ちなみに担当は生徒会の誰だ?」

「竜胆の野郎」

「あー、副会長かー。そりゃご愁傷様」


 もっと人当たりのいい生徒いただろ。

 どうせ副会長が立候補したんだろうな。

 俺への対抗意識で。あいつ、雫に惚れてるから。

 雫に頼られる俺が、気に食わなかったようなのだ。


「なんであんな上から目線なんだよ」


 宮本が愚痴る。

 

「俺も副会長は好きじゃない。それは先にいっとく。でもな。実際、立場は上なんだよ。ある程度は許してやれ」


 生徒会は全校生徒を統括しているのだ。

 一人一人に目が行き届かないのは仕方がないだろう。

 俺は生徒会が苦労しているのも知っているので、舌鋒が鈍くなる。


「三間坂は違っただろ」

「俺は生徒会じゃねーし」

「……そうだったっけ」


 ま、生徒会のメンバーなんて知らんよな、普通。雫は別だが。


「なんで生徒会の手伝いしてたんだ?」

「いいだろ。その話は。副会長は高レベルの戦闘職をどうするって?」

「何も考えていなかったでござる。生徒会がいえば従うだろうと。大局観に立つといえば聞こえはいいでござるが、あれはただ切り捨てているだけでござる」

「……結構、キてんな、伊藤」


 驚いた。俺の前じゃ、いつも飄々としていたから。

 宮本が伊藤の肩を叩いて宥める。


「伊藤ががんばって話をまとめたんだよ。魔法の袋を渡すことになった。高レベルの戦闘職が欲しいのはそれだろ。ポーションなんて腐るほど持ってるだろうし」

「いや、そういう話だったはずだぞ。最初から」

「……そうだったのか? 竜胆の話しぶりじゃ……」


 副会長は最初、伊藤の提案に難色を示したのだという。底上げのための取り組みなのに、見返りを与えては餌で釣っているようだと。潔癖な副会長らしいセリフだ。だが、伊藤の粘り強い交渉の結果、一定数の素材を納品したら、魔法の袋を与えることになった。


「挙句、こっちがいい出したのだから、責任をもって魔法の袋を作れ、でござるよ。魔法の袋を作るのは簡単じゃないんでござるよ!? 作るのは古知先輩でござるが……」

「……なんか、すまん」


 恐らく、魔法の袋を配る意味合いが、俺と副会長では違っていた。

 俺はあげるのだと思っていた。

 だが、副会長は貸与だと考えていたのだろう。

 元々、魔法の袋は肉の回収に使うと雫がいっていた。

 狙いを考えれば貸与のほうが適しているのは間違いない。

 肉集めサボってる戦闘職がいたら、魔法の袋返せっていえるワケだし。

 でもなぁ。返すか? 戦闘職が。

 どーせ返って来ないんだから、後腐れなくくれてやれよ。

 下々の気持ちが分からないのが副会長なんだよなぁ。優秀なんだが。

 

「で、その大変なはずの古知先輩はなにしてるんだ?」

「見て分かるでござろう」


 俺の視線の先ではロリが絵を描いていた。体格だけではなく、顔立ちも幼く見える。どこか茫洋とした瞳が神秘的で。しかも、である。転移で変わった髪色が……よりによってピンクなのだ。ニチアサの魔法少女が現れたかのよう。

 信じられるか? あれで、年上なんだぜ?

 

「MP切れか?」


 錬金術は発動にMPを必要とするのだ。

 宮本が首を振る。


「素材のほうが」

「ああ、尽きたのか」

「三間坂、今からでも竜胆と代われよ。すげー楽だ」


 俺は副会長の声音を真似て、いう。


「素材が尽きたら尽きたで、他にやれることはあるでしょう?」

「それ、実際いってた。古知先輩無視してたけど」

「目に浮かぶわ」


 柳に風で、スルーしていたのだろう。

 古知先輩はクール系魔法少女なのだ。


「古知先輩、今いいですか?」

「…………」


 古知先輩は集中を乱されるのを嫌う。返事はなかった。

 だが、俺を一瞥していた。気付いているのであれば、後は待っていればいい。

 

「先輩、敬語使えたんですね」


 シシィが驚いていた。

 ……ずっと静かだったかと思えば、失敬な。

 木像騎士を譲ってくれた恩人だぞ。敬意くらい払うわ。


「ところで」すっとシシィが距離を詰める。「浅い理由だっていうの、分かりました」


 分かってしまわれたか。

 ここまであからさまだとな。

 伊藤は恍惚として。

 宮本は微笑ましいものを見るように。

 阿部は一心専心に古知先輩を見詰めている。

 

「すごい上手いですね」


 いつの間にか、シシィが古知先輩の後ろに回り、絵を眺めていた。

 

「ん、ふつう」


 !? 古知先輩が返事をしただって!?


「あれ? 本心でいってます?」

「ふつうはふつう」

「わたしはすごいと思いますよ」

「写真で、いい。写実的なだけなら」

「ふーん、芸術ってやつですか。大変ですね。すごいはすごいでいいのに」


 古知先輩は筆を置くと、シシィに微笑む。


「ありがとう。少し楽になった」

「どういたしまして?」


 ……か、会話が成立している。

 俺は話しかけても無視されたのに。

 きっと、シシィだから。

 だよな?

 

「なんの用、三間坂」

「あ、はい。鑑定して欲しい物がありまして」

「渡して」

「……ここだとちょっと。できれば内密に」


 一階のボスを倒したのが、俺たちだと知られたくなかった。

 できれば話題に上がらず、ひっそりと過ごしていたいのだ。


「分かった。準備室。行く」

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