ep.18 古知先輩
「ふわぁ。古知先輩の髪ってすべすべですね」
「ん、くすぐったい」
「よいではないか、よいではないか」
ロリが百合百合していたら。
男は口を挟めるだろうか。
ムリ。
「古知先輩、名前なんていうんですか。あ、わたしはシシィです」
「知ってる。有名人だから。その髪の色」
「ピンクの髪の人に言われると、不思議な感じがしますね」
「ん、女神を問い詰めたい」
「髪の色を、ですか?」
「そう。どんな意図で、この色なのか」
「意図とかあるんですかねぇ」
「殴る。なかったら」
「殴っちゃうんですか。案外、ヤンチャですね。女神様のためにも、意図があることを祈ります」
「美弥」
「あ、美弥先輩ですか」
「そう、私は先輩」
どこか誇らしげに古知先輩が胸を張る。あまり表情が変わらない人なので、どこまで本気で言っているのか定かではない。だが、幼く見えることにコンプレックスを抱いているのは確かだ。よく三バカの視線を鬱陶しそうに……いや、あれは誰だってウザいか。
ともあれ、私服で街を歩けば、小学生に間違えられる古知先輩である。
露骨にロリ扱いすると気分を害す。
だが、
「きゃー、かわいいです!」
抱き着いてきたシシィを、古知先輩は拒まなかった。
露骨に「小さな子が大人ぶってる。かわいい!」と態度で示していても。
シシィの邪念のなさがなせるわざか。
あるいは……古知先輩のほうこそ「小さな子がお姉さんぶってる」と思っているのか。
なんにせよ、二人の相性は良さそうだった。
いいんだけどさ……いつまで続くんだ?
「美弥先輩は錬金術師なんですよね」
「そう。なぜか」
「なにが作れるんですか?」
「なんでも」
「凄いんですね」
「……凄いのは、確か」
美術準備室は雑然としていた。
元々、画材やキャンバスといった備品が並ぶ、倉庫のような部屋だった。しばらく見ない間に錬金術の素材まで追加されたようで、本当に倉庫の様相を呈するようになっていた。
棚に並んだ石膏像に触れる。
「あれ、こんなに軽かったか。石膏だよな」
石膏像を押してみたら、動かせてしまった。
ああ、ステータスが上がったから。
腕力の変化って感じ辛いんだよな。俺が強くなった分、敵も強くなるワケで。鍔迫り合いになったら、こっちが押し切られてしまう。《ステータス共有》のバフがあって、ようやく戦闘職の足元に並んだ程度。無双はできないのである。だから、体感できるのは、剣が軽くなった、くらいだろうか。
「それが後輩候補ですか」
シシィが知らぬ間に隣に立ち、棚に並ぶ石膏像を眺めていた。
つんつんと石膏像をつつき、
「上半身しかないんですね」
「おい」俺は囁く。「後輩とかいうな。バレたらどうする」
シシィが目を見開く。仲良くなったのはいいが……気を緩めすぎだ。
幸い、古知先輩に気付かれた様子はないが。
まぁ、普通、「人形に同輩意識を持っている。シシィも人形にされたのだ」とは考えないか。とはいえ、シシィの脇が甘かったのは事実。気をつけてもらいたいものだ。
「……足がないなら、仁先輩の人形にはできませんね」
「そうだな、残念ながら」
いや、本当に。キャパシティが余ってる。木像騎士ぐらいなら、人形にできたのだ。
古知先輩がぺちぺちと石膏像を叩く。石膏像は微動だにしない。
「全身があると、重いから。出し入れが、大変」
「ああ、事故が起きたら大惨事ですね。じゃあ、全身像ってないんですか」
「姉が作った木像の騎士だけ。三間坂、あれはどうなった?」
ああ、ついに聞かれたか。
「壊されました。一階に出たオーガに」
「役に立った?」
「はい」
「ならいい。姉はあれを仁王像として作った。三間坂を守れたのなら、きっと本望」
んん? 西洋の騎士、だったよな?
古知先輩が疑問は分かると頷く。
「捻りを加えたくなったらしい」
「……捻りすぎて、元のモチーフがどっかいっちゃってるんですが」
「それが芸術」
「……はぁ」
古知先輩はこんな歪んだ芸術観だから、自分の絵に自信を持てないんだよ。
上手いだけなら、写真で十分。
それはそうかも知れないが、技術まで否定しているようで。
私見だが、芸術も技術という土台があってこそ。
古知先輩は技術はあるのだ。後は芸術性を乗せるだけ。
そうは考えられないものか。
……いえないけどな。二大禁止ワードなのだ。古知先輩にとって。ロリと芸術は。
阿部がいうには、古知先輩の家は芸術一家らしい。
芸術にも一家言持っており、素人に口出しされるのを嫌う。
そんな古知先輩が美術部ではなく、科学部に入っていたのは、それこそ芸術性故にである。古知先輩は家の中では落ちこぼれ扱いで、自分の芸術性のなさに絶望していたという。姉に相談したところ、一度芸術から離れてみたらとアドバイスされたそうだ。
つまり、美術部でなければ、どの部活でもよかった。
だからだろう。
科学部に合流しようとせず、美術室に引き籠っていたのは。
古知先輩は科学に未練はない。
だが、科学部には愛着がありそうだった。
押しかけて来た科学部を邪険にしないのだから。
「三間坂が女神?」
「……はい? なんて?」
いかん、いかん。考え事をしていて、聞き間違えてしまった。
「三間坂が女神かって聞いた」
聞き間違いではなかったらしい。
え? どういう意味?
「……男ですよ、俺。てか、なんでファイティングポーズを」
「殴ろうと思った。女神だったら」
「わぁ、美弥先輩。有言実行ですね!」
シシィ、喜んでないで、止めろよ。
「違った。だから、殴らない」
「いや、なんで俺が女神だなんて思ったんですか」
「生徒の誰かが女神だから」
「…………」
息を呑む。考えたことのない視点だった。
「なにか証拠があるんですか」
「ない」
ないのかよ!? 驚いて損した。
古知先輩はゆっくり首を振った。
「証拠はない。ないけど、根拠はある。クラスが部活に紐づきすぎている」
「……それは」
科学部なんてまさにその典型だろう。料理研究部も。
ただ、それだけでは、
「元々、そっち方面の興味があったから、その部活に所属していたワケで。科学部の連中が錬金術師になったとしても、それほど不思議という感じはしません」
「私は?」
「いや、元科学部部長でしょ」
「違う。技能の話。私は科学より、美術のほうが得意」
「……あっ」
いわれてみれば、そうかも知れない。
審美眼のない俺からすれば、古知先輩の絵はプロ顔負けだ。
腰掛けの科学が、その領域にあるとは思えない。
憤りながら古知先輩が続ける。
「もし女神が適性を見て、クラスを決めていたら。美術にちなんだものになるはず」
女神は部活の名簿を見てクラスを決めていた?
そうなると女神が生徒だという話も頷ける。
一考の価値がある意見である。
だが、そうだったとしても、
「美術にちなんだクラスってありましたっけ?」
「……なかったかも知れない」
「……ないんですか」
「……ない」
「もしかしなくても、私怨ですか」
「……そう」
女神が本当に人の適性を見抜けるのだとしたら。
古知先輩は美術よりも科学に適性がある。
女神はそう判断したことになる。
それが悔しかったらしい。
とはいえ、私怨が発端だとしても、女神生徒説は捨てがたい。
「生徒が女神かも知れないっていうのは分かりました。俺も女神は詰めが甘いというか、チグハグなところがあると。だから、女神が超越的な存在じゃなく、ただの生徒だっていうのは腑に落ちます。でも、だからってなんで俺が女神ってことになるんですか?」
「三間坂だけだから」
うぅん、古知先輩の言うことは端的過ぎて……と頭を捻っていると、シシィが口を挟んだ。
「先輩だけなんですよ。人形遣いは」
「こんな使い辛いクラス、沢山いても無駄なだけだろ」
美術室で人形の取り合いするのか? アホらしい。
「そうじゃありません。同じクラスの男子が……ややこしいですね、同じ教室のって意味です。その男子がいってました。人形遣いはユニーククラスだって。他のクラスは複数人のなり手がいるんです」
「……知らなかった」
「当の先輩がそれを知らないのは意外でしたけど」
「……クラスの話題、避けてたから」
人形劇でもやるのかよ、とバカにされ。
スキルの詳細を語れば、なんの役に立つの? と来た。
そりゃ口も重くなるわ。
「俺がユニーククラスだから女神だと?」
「怪しい」
古知先輩が肯定した。
脱力する。そんな理由で疑われたのかよ。
「古知先輩も人形遣いの使い辛さ、知ってますよね」
「知ってる」
「それでも俺が怪しいと?」
「力を分け与えたから」
力を生徒に分け与えたせいで、自身のスキルが微妙になったと。
はー。理屈と軟膏はどこへでもつくんだな。
それっぽく聞こえるだけにタチが悪い。
「女神じゃないですよ。俺は」
「反応で分かった」
「カマかけたんですか」
「いうのはタダ」
「……いいですけどね。興味深い意見でしたし」
それに考えさせられた。
古知先輩だから信じてくれたが……俺に敵対的な人物だったらどうか。
最前、古知先輩が披露したように、難癖はいくらでも付けられるのだ。
ダンジョンの探索に行き詰れば、鬱憤は女神にも向けられるだろう。
そんな時に怪しい人物がいたら?
スケープゴートにされてしまわないだろうか。
女神は女だといっても聞く耳を持ってもらえない。
正体を隠すために女を装っていたんだ、とか言って。
ユニーククラスだって知っても、喜べねぇ。
ただ、悪目立ちするだけじゃん。
「三間坂が女神を探すなら、手伝う」
「古知先輩こそ。女神を探す道具とか作れないんですか」
古知先輩は驚いたようだった。考えてもみなかったらしい。
「錬金術なら」
「できそうですよね」
「作る。加護の源を探す装置」
古知先輩曰く、この世界の物体は二種類に大別することができるという。
女神由来のものと、それ以外のものと。
「分かりやすいのは鑑定」
鑑定は女神由来のものにしか通らない。
その辺の石コロを鑑定するとなにも表示されないそうだ。
鑑定が効かないのではなく、感覚的にはすり抜けているらしい。
そういえば阿部も鑑定がすり抜けるといっていた。
「この校舎一帯は女神の箱庭。最も加護が厚い。逆探知、できるはず」
「……はぁ、よく分からないですが。それさえできれば、女神に辿り着けると」
「かも知れない」
「……最後で落とさなくてもいいでしょ」
三間坂はバカ、と古知先輩が吐き捨てる。
深刻そうな顔で……たぶん、深刻そうな顔でいう。
「犯人が分かった。思わせぶりにそういう人は、死ぬ」
「分かります、分かります。次の週には死体で発見されるんですよ!」
シシィがしきりに同意するが……それって、ドラマの話だよね。
ついでに言えば、女神は犯人じゃねーし。
「いい加減、本題入っていいですかね、古知先輩」
長居すると三バカがヤキモキするだろうし。
鍵を取り出し、鑑定して欲しい旨を伝える。
「ん。一階のボス部屋を開ける鍵」
これまでの茶番の長さと比べると、本題は呆れるほどあっさり終わった。
「やっぱ、あのオーガがボスだったんじゃねーか!」
「いた、痛いですよ、先輩!」
シシィの頭を拳でグリグリする。
別段、シシィが鍵のことを忘れていて、なにか実害があったわけではない。
だが、こんな大事なことを、平気でスルーできるシシィにイラついたのだ。
ボス部屋の鍵って聞いても、ふ~んって顔してたんだぜ。
ああ、雫に一階のボスはオーガだったって、伝えないと。
ボスは、ボス部屋にいるとは限らない。
これを知っているか、知らないかで、生死を分けるかも知れない。
「んっ!」
「いたっ……くはないですけど、止めてください、古知先輩!」
女の子をいじめたらいけないと、古知先輩が俺に殴りかかって来た。
古知先輩は俺を殴り。俺はシシィをグリグリし。そしてシシィは古知先輩に……抱き着いた。
奇怪な三すくみが美術準備室に出来上がった。
「無体は止めるでござる!」
伊藤を先頭に三バカが準備室に飛び込んできた。
騒ぎになっているのだから、様子を見に来るのは分かる。だが、それにしても早すぎる。
さては、ドアに耳をつけて、話を聞いてやがったな。
伊藤は三すくみに目をやると、
「どういう状況でござるか?」
「……さあな」
俺が聞きたいぐらいだよ。
***
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名前:雑賀シシィ
性別:女
年齢:15
クラス:武士
レベル:21
HP:254
MP:30
STR:33
DEX:39
VIT:27
AGI:53
INT:24
MND:28
LUK:24
スキル:剣聖5、気配感知6、見切り4、瞬発3、一番槍、明鏡止水、武士道、弓馬槍剣、翻訳、女神の加護
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