ep.4 口裏合わせ

「……痛ッてぇ」


 痛む頬をさする。

 シシィに平手打ちを食らったのだ。


「……せ、先輩が悪いんですから」


 シシィはフシャーと両拳を握り締めている。

 いちいち動作が小動物っぽいよな、この子。

 俺は神妙な顔を作り、いう。

 

「今ので分かった。人形は俺に絶対服従じゃない」


 シシィを見ていて思ったのだ。人形なのに自由すぎじゃねぇ、と。

 木像騎士と大分違う。向こうはロボット。正しく人形だった。


「検証だったと。そう、いいたいんですか」


 ジト目でシシィが睨み付けて来た。


「違う。パンツが見たかった」

「はい。素直でよろしいです」


 検証をしたかったのは事実。

 人形は俺の生命線だ。

 その人形が俺に逆らえるのだとしたら?

 とはいえ、白状させられたように建前で。

 見れるなら見たいじゃん。

 

「感情が伝わるってのも善し悪しだな」

「誤魔化そうとしているのは分かりました」

「大抵、真面目な顔でそれっぽいことをいえば騙せるんだが」

「いくらわたしでも騙されませんよ。でも、ポーカーフェイスが上手いって本当だったんですね」

「……命令だ。二度とポーカーフェイスに触れるな。いいな?」

「いやです」


 シシィはイイ笑みで拒否。

 ……なんでだよ。命令全然効かないんだが。

 

「あ、先輩を裏切ったりしませんから!」

「……突然どうした」

「あれ? わたしに疑念抱きませんでした?」

「シシィにというか。人形ってなんだろうってな。シシィが裏切るとは思ってない」


 俺が死ねばシシィも死ぬ可能性があるのだ。

 裏切るような反骨心があったのなら、最初からパスを切る提案に頷いていただろう。

 気にしていたのはどこまで俺の指示に従ってくれるのか、だ。

 パーティーを組むのなら命令系統は統一しておかないと……ん?


「俺たちパーティー組むってことでいいんだよな。拒否は認めないが」

「それ命令ですか?」


 おかしがるようにシシィがいう。

 俺は首を振る。違うんだよ。


「いいたかぁないが、俺は弱い。シシィが見守ってないと死ぬぞ」

「あぁ」シシィが顔を手で覆う。「でも、先輩がダンジョンに入る前提なのが間違ってませんか」

「レベル上げたいんだよ。それにシシィはダンジョン探索を続けるだろ?」

「はい。学校にいてもやることないですから。戦闘職は探索しろっていう空気もありますし」

 

 女神は魔王を倒せとしかいわなかった。その後のことはなにも。

 だが、魔王を倒せば、地球に戻れると考える人が一定数いるのだ。

 戦闘職が学校に居座ったら針の筵だろう。

 シシィをまじまじと見るが、無理をしている様子はなかった。

 いや、そうだろうとは思ったけどさ。

 お前、一度殺されたんだぜ?

 メンタル強すぎじゃねぇか。


「理由の二つ目は距離だ」


 以前、人形の有効距離を測る実験をした。

 学校の近くにある森に、木像騎士を向かわせたのだ。

 しばらくしたところでパスが切れた。

 生徒会長の話によれば、森は不自然なほどに動物がいない。外敵に襲われたとは考えづらい。

 まぁ、生徒に壊された可能性はあるが。

 なにせ薄暗い森に木像が走り回っているワケで。

 うっかり破壊してしまったとしても責められない。

 ともあれ、距離による制限は、念頭に置く必要があるだろう。


「本当に制限があるのか。それも定かじゃないが、シシィで試すワケにもな。だから、シシィがダンジョン探索をするなら、俺も同行しないとマズい。そもそも人形が一人でダンジョンに入れるのか……」

「……深刻な問題……なんだと思います。でも、頬っぺたが真っ赤なので、すごいコメディっぽい感じです」

「……シシィが叩いたんだろーが」

「ポーション使います? 先輩も反省したと思うので」

「……寄越せ」


 かなりぶっきらぼうになってしまった。

 だが、シシィは「仕方がない人ですねぇ」とむしろ嬉しげだった。

 シシィはスクール鞄から赤い液体が入った瓶を取り出す。確かにポーションだ。

 あるとは思わなかった。

 ゲームじゃHPが0にならない限り、ベストコンディションを保つ。

 しかし、現実には、かすり傷でも集中力が乱れてしまう。

 なぜオーガと戦い、ポーションが残って……ああ、使う間もなくなく即死したからか。

 受け取ったポーションを飲み干すと、痛みがすっと消えていった。


「治ったのか?」

「キリッとしたポーカーフェイス復活です」

「……凄いもんだな、ポーションって」

「はじめて使ったんですか?」


 ポーカーフェイス弄るのは止めないが、流してくれる程度の情けはあったらしい。


「ケガしたことなかったからな」


 とはいえ、褒められた話ではない。

 決して戦闘には参加せず、万が一会敵してしまったら、木像騎士を盾に逃げたのだ。

 それが最善だったとは理解している。

 だが、俺も男だ。

 特に戦闘職の戦いを見ていると。

 人形遣いってなんだよって何度考えたコトか。

 悔しさを噛み締めていると、


「どうぞ」


 シシィにスマホサイズの板を手渡された。


⸺⸺⸺⸺⸺⸺

名前:雑賀シシィ

性別:女

年齢:15

クラス:武士

レベル:12

HP:137

MP:20

STR:18

DEX:21

VIT:19

AGI:30

INT:17

MND:23

LUK:24

スキル:剣聖3、気配感知4、見切り3、瞬発2、一番槍、明鏡止水、武士道、弓馬槍剣、翻訳、女神の加護

⸺⸺⸺⸺⸺⸺


 シシィのステータスプレートだった。

 

「パーティーを組むなら知っておかないと。ですよね?」

 

 悪戯っぽくいうシシィだが……右から左に抜けていった。

 ステータスに目を奪われていたのである。

 強っよ。

 なにこれ。

 AGIなんて、俺の三倍だぞ。

 目で追うのも一苦労なワケだわ。


「あ、レベル上がってますね」


 横からシシィがステータスプレートを覗き込む。近い。二の腕が触れていた。

 我ながら大分クズい発言をしたと思うが、シシィの好感度は下がっていないらしい。

 というか、気になるのはそこだけか。


「……ステータスは?」

「微増。でしょうか。細かい数字は覚えてないので」

「……へ、へぇ。そうなんだ」


 嘘だろ。これで人形強化のバフ乗ってねぇのかよ。


「先輩のステータスプレートは、見せてくれないんですか?」

「……今はない」


 見せないが。あったとしても。

 俺のステータス、10前後だぞ。

 もうね、意味が分からない。

 シシィの腕を見ろ。滅茶苦茶細い。モデルかよ。そんな繊手が、だ。俺の倍の力がある。足も。こっちは三倍だぞ、三倍。なぜこんなロリが、という思いが拭えない。

 不躾に見すぎたのだろう。

 シシィが頬を赤らめて、もじもじしていた。

 

「そんなにパンツ見たかったんですか」

「一応本当に検証でもあったんだ。本気で命じなかったら意味ないだろ」

「……分かりました。パンツを見せてあげます。それで先輩が元気になるのなら」

 

 ……は? なんで?

 落ち込んでいると気づかれたのは理解できる。パスがある。なくてもまぁ。

 だが、そこからが分からない。

 シシィの口ぶりだと、俺がパンツを見せろと要求したように聞こえる。

 そんな要求をした覚えは……。

 ああ! 足を見ていたから!

 

「……シシィ」


 いおうとした。

 勘違いだと。

 できなかった。

 シシィが震える手で、スカートの裾を掴んでいたから。

 ゴクリ。生唾を飲み込む。目が離せなくなっていた。

 スカートが持ち上げられていく。

 その速度は非常にゆっくりで、焦らされているのかと苛立つほど。

 頭の片隅に残った冷静な部分が、羞恥心故と正解を導き出していたが、この瞬間俺の中でシシィは間違いなく悪女だった。

 太ももがあらわになる。傷一つない奇麗な肌だ。震える指先がスカートを揺らす。それはとても蠱惑的であり。闘牛士の布に突進する牛の気持ちが分かった気が。白い何かが見えた。スカートの裏地か。それとも⸺


「もームリぃ!!」


 スカートが下ろされた。

 興奮もこれで落ち着く⸺と思った俺は甘かった。

 なんとシシィはスカートを、ぐいぐいと下げ始めたのだ。

 先ほどまでの反動だろう。だが、強く引っ張りすぎ……白い腹が見えていた。

 すごく……よかった。

 なんなんだ、このロリっ子は。

 俺に性癖を植え付けたいのか。

 そうだとしたら成功だよ。ちくしょう。

 

「…………」

「…………」


 気まずい。

 俺は無言で後ろを向く。

 あ。ゴブリンだ。


「倒してきます」


 振り返るともうシシィの姿はなかった。

 再び視線を戻せば。

 醜い小鬼の姿はなく。

 魔素が漂うだけだった。

 ……クラス格差よ。なんか萎えたわ。

 

「ダンジョンだってのに油断しすぎてた」

「奇襲されていたら、危なかったです」


 互いに無理のある話だというのは理解している。

 油断していたからなんだというのか。

 だが、言葉の接ぎ穂として丁度良かった。

 これまでゴブリンは俺の天敵だった。パーティーでの戦闘中、俺は離れた場所で息を潜め、たった一人で緊張に耐えていた。出るなよ出るなよと祈っていても、魔物が斟酌してくれるはずがない。その際、出て来るのは決まってゴブリンだった。

 そんな天敵に救われる日が来るとは。

 

「まーなんだ。長話しすぎた」

「ですね。わたしもはしゃぎ過ぎちゃいました」


 ダンジョンは広間と広間を石造りの回廊で繋ぐ迷路だ。

 その響きに反しておどろおどろしいところはなく、古代の神殿といわれたら信じてしまいそうになる。暑くもなく、寒くもなく。壁や天井が薄っすらと発光し、見通しだっていい。魔物がいることさえ除けば案外快適な空間なのだ。

 要するに密談にはうってつけ。

 話し込んでしまったのはそういう事情もあった。

 学校?

 ダメだね。

 人が多すぎるんだよ。

 そりゃ人気のない場所はある。

 だが、出入りは? 目撃されるかも。

 特にシシィは美少女なワケで。

 男がホイホイ釣られてきそうだ。

 口裏を合わせるには今しかなかった。

 

「カバーストーリーを作るぞ。手短にな」


 仲間を逃がすため、殿を務めたシシィ。

 奮戦も空しく、オーガに敗れてしまう。

 ここでオーガはミスを犯す。

 シシィにとどめを刺さなかったのだ。

 瀕死の彼女の前に現れたのが、やはりオーガから逃げて来た俺。

 俺はポーションを使い、シシィを回復させる。

 そして訪れるオーガとの再戦。

 シシィは死闘の末にオーガを撃破⸺


「⸺という感じで」

「むぅー」


 シシィが頬を膨らませていた。子供っぽい仕草だが、ロリなので似合う。

 

「なにが気に食わないんだよ」

「先輩が活躍してないことになってます!」

「……してないから。最初から」

 

 マジで見ていただけだったぞ。


「先輩放っておいたら、死にそうだからパーティー組むっていうのも!」

「苦しいが、仕方がない」

 

 俺は手を振って話は終わりだと示す。

 土台、不自然なのだ。俺とシシィがパーティー組むのは。

 命の恩人だから? お礼でよくない? となるだろう。

 いっそバカバカしい理由のほうがボロが出ないはずだ。

 感情の問題だから。

 本人がいい張れば誰も否定できない。

 シシィは仲間の説得に苦労するだろうが……頑張ってもらうしかない。

 ダメ男に引っかかってる! とか心配されそうだよなあ。

 もしその場面に出くわしても、同意しないよう気を付けないと。

 そんなことを俺は思うのであった。

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