ep.3 目覚め

 歌が聞こえた。

 聞き覚えはないが、子守唄なのだろう。旋律が優しかったから。

 安らぐ温もりに包まれ、俺の意識はまどろむ。

 ここまで熟睡できたのはいつぶりか。やはりダンジョンの探索で、神経がすり減っているのだろう。身体は疲れ切っているのに、寝付くのに時間がかかるのだ。ようやく眠れたと思っても、微かな物音で飛び起きてしまう。おかげで寝不足の毎日だった。

 だから、いいよな。まだ起きないで。

 頭撫でられて、気持ちいいし……え?


「…………誰?」


 知らない女の子が俺の顔を覗き込んでいた。

 目が合う。喜び。驚き。そして、羞恥。少女の表情が目まぐるしく変わる。


「ち、ちがっ。これはっ」

 

 少女は頭なんて撫でてないですよーと両手を上げ、立ち上がる。

 ゴン。痛い。後頭部を打った。

 状況から察するに。

 少女に膝枕されていた。で、枕が突如消えたら? そういうことだ。


「だ、大丈夫ですか、先輩っ」

「……ははは、目ぇ覚めたわ」


 滅茶苦茶痛かったが……女の子に心配されたら、強がるしかないだろう。

 

「それで……誰かな?」

「はい。雑賀シシィっていいます」

「シシィ?」


 珍しい名前だ。


「見ての通り」シシィは銀髪を摘まみ。「北欧の血が流れているので。日本語しか喋れませんけど」


 定番の自己紹介なのか。説明は淀みなかった。

 だがなぁ。


「それ、地毛だったのか」

「え?」

「ダンジョン来てからこの方、みんなカラフルになったし」

「そうでした」


 俺たち神明高校の生徒が、学校ごと異世界に召喚されたのは二週間前。

 女神を名乗る人物のアナウンスによれば、「魔王が復活したので勇者を召喚したよ。それが君たちだ。魔王はダンジョンの最奥にいるので、がんばって攻略して欲しい」とのコト。今日日RPGでももう少し凝った設定あるわ、と思ってしまった俺を責められる人はいまい。

 ともあれ、勇者の力ということなのか。

 俺たちはクラスに目覚めた。

 するとあら不思議、髪色も変わっていたのだ。勿論、黒髪のままという人もいる。俺のように。だが、どちらかといえば少数で、大多数の人間の髪色が変わっていた。

 だから、髪色より名前に引っ掛かりを覚えたのだ。


「ここにいるのは雑賀さん一人?」

「はい。わたしのパーティーは逃がしたので、無事なら学校に辿り着いた頃だと……あっ、パーティーは抜けるつもりでしたよ? 本当ですから」

「……そうなんだ」


 そんな、信じてください、みたいにいわれても。

 仲間と一悶着あったのか?

 でも、逃がしたっていってるし、自発的に残った感じだがなぁ。分からん。


「誰か他にいなかった?」

「いえ、誰も」


 人形はどこに行ったんだ?

 シシィに尋ねようにも……なんていえばいい?

 女の子の死体なかった? とは聞けないだろう。

 パスから伝わる感覚じゃ、近くにいるはずなんだが。

 人形よ、来い、と念じる。

 人形は俺の意思を汲み取って動く。細かい指示は直接命令しなければならないが、この程度であれば念じるだけで伝わるはずだった。

 電波を飛ばすイメージで念じていると、


「うおっ」

「きゃっ」


 シシィが目の前にいた。

 膝枕といい、この子の距離感どーなってんだ。

 

「……雑賀さん。なにがしたかったの?」

「すみません。なんだか呼ばれたような気がして」

「……へぇ」


 なに、電波でも受信した……ん?

 

「まーいいや、俺は三間坂仁。二年だ。遅ればせながら」

「三間坂先輩ですね、決して忘れません。よろしくお願いします、先輩」

「こちらこそ、雑賀さん」

「あの……わたしのことは呼び捨てにしてくれませんか。シシィと。その代わりじゃないですが、三間坂先輩のことも……」

「いいんじゃないか」


 ダンジョンで二人きりなのだ。協力は不可欠だろう。互いの距離を縮めるためにも、呼び捨てにするのはアリだろう。俺も雑賀さんって呼ぶの、なぜか違和感あったから。


「ありがとうございます、ご主人様!」

「……………………いや、ダメだろ。それは」


 シシィはガーンとショックを受けていた。表情豊かな子である。

 いやね、俺も男ですし。ご主人様って呼ばれたら、悪い気はしねぇよ。でも、周りの目ってのがあるワケで。つーか、初対面の子にご主人様って呼ばれるのも……怖い。あー、空から好感度マックスの女の子降ってこねーかなーとかいったことあるよ。だけど、目の当たりにすると……ちょっとヒクかも知れない。


「……ど、どうしても、ですか……?」

「……やめてくれると助かる」

「……分かりました。諦めます。今は」


 諦めてないよね?

 

「なぁ。シシィは俺に好意的だよな? 俺の自惚れだったら恥ずかしいが……なんでだ?」

「…………え?」


 シシィがフリーズした。

 いってる意味が分からない。そういう感じに見えた。

 だが、再起動を果たすと、シシィは悩み始めた。

 もしかして、自分でも気付いてなかったのか?

 

「……命を救われたから……でしょうか」


 なるほど。

 俺が命の恩人ならば、好感度が高いのも納得だ。

 俺が彼女を助けた覚えがないことを除けば。

 

「心臓だって。ほら。ドクンドクンって」


 シシィは俺の手を取ると、自分の胸に当てた。柔らかい。


「…………」

「…………」


 俺は何もいえなかった。口を開けばありがとう、といってしまいそうで。

 混乱していた。


「ふぁっ、わわわわっ!」


 顔を真っ赤にしたシシィが俺を突き飛ばす。

 

「大丈夫ですかっ、先輩!」


 くっそ。ゴリラかよ。三回転はしたぞ。

 間違いなくシシィは戦闘職だ。

 

「怒っていますよね……?」

「いや、別に。あったし。何度か。こういうの」


 戦闘職と非戦闘職のクラスとでは、身体能力に大きな隔たりがある。だから、戦闘職のクラスが軽く小突いただけでも、非戦闘職のクラスは吹っ飛ぶことになる。戦闘職のグングン伸びる身体能力に、感覚が追い付いていないが故の事故だ。

 事故に目くじら立てても仕方がない。

 ましてや、女の子にやられた日にゃ。

 怒りより自身の不甲斐なさが先に立つ。

 

「……で、なにがしたかったんだ?」

「心臓の鼓動を感じて欲しくて」

「……あー、バクバクいってたね」


 俺の心臓は。シシィのは知らん。柔らかいなぁ、としか。

 だが、俺の内心を知る由もないシシィはそうでしょうと嬉しそうに笑う。

 俺はその笑顔にデジャヴを覚えた。

 どこかで見たことあるような……んー、シシィのいう通り俺が彼女の命の恩人なら、笑顔見たことあっても不思議じゃないが……どー考えても初対面なんだよ。こんなロリ美少女一度見たら絶対に忘れない。

 じゃあなんでデジャヴを?

 うぅん、見たことがないのなら、想像した通りだったとか?

 …………あー、はいはい。分かりました。

 

「…………?」


 シシィが不思議そうに右手を上げた。右手を下げ、左手を上げ。

 電波・・を受信したのだろう。


「シシィ、君が俺の人形か」

「はい。え、まさか……」


 気付いてなかったの、といわんばかりのシシィ。

 だな。これは俺が鈍いとしか。

 パスはシシィと繋がっていたのだから。

 俺がパスで人形の存在を感じるように、シシィも俺を感じ取っていたのだろう。それであのご主人様呼びか。人によっちゃぶち切れるだろう人形呼びも、シシィは当たり前のように受け止めていたし、俺の人形だという自覚があったらしい。

 ……表情一つで受ける印象って全然違うんだなぁ。


「いつ自分が人形だって気付いたんだ?」

「んー、気付いたというより、知っていたって感じです。人形繰りを受けて、パスからドバーっと。必要だと思われる情報を」

「そういう仕組みなのか」

「自分のスキルなのに、知らなかったんですか?」

「俺がこれまで人形にして来たのって、文字通り人形だったから。意志疎通なんて。というか、人形にするって、すげぇ人聞き悪いよな」

「そういうスキル名ですし、他にいい様はないんじゃ」

 

 シシィは平然としている。

 シシィがいいなら、いいのかぁ?


「あー、その……悪いな。人形にして」

「頭を上げてください。お礼をいいたいくらいです。わたしを先輩の人形にしてくれて」

「……人形、人形いわれると、気が滅入ってくるんだが。シシィがよくても」

「悪い意味じゃなくて……あれっ? 伝わりません?」

「伝わるって……あぁ、パスか?」

「はい」

「シシィがなにを考えてるかまでは……」


 いや、待て。

 こういうってことは、だ。シシィには……。


「もしかして俺の考え筒抜け?」

「手を上げろっていうのは、先輩がやっていたんですよね。だとしたら、それは。常時伝わってくるのは感情だけです」

「……えぇ」

「嫌、ですか?」

「そりゃー心の中盗み見されてるみたいだし」

「でも、先輩って結構顔に出ますよね。顔色見れば誰だって分かりますよ」

「…………」


 寝起きに知らない女の子いたら、取り繕う余裕なんてなくなるわ。

 

「男の感情が流れてくるんだぜ。シシィは嫌じゃないのか?」

 

 シシィはう~んと顎に指を当て、


「考えても見てください先輩。貴方は死にました。生き返るにはデメリットがあります。先輩の感情が伝わってくることです。死んだままでいいやって思います?」

「思わない」

「ですよね。それにデメリットと捉えるかは、人によるかと。わたしは大きなアドバンテージ……コホン、メリットだと思います。本当はポーカーフェイス得意なんだぜ、と先輩はいいたげな顔をしていました。間違いないですね?」

「……はい」


 いっそ殺せ。頼むから。

 マジでポーカーフェイス得意なんだって。

 シシィが相手だから。言い訳ではなく。

 思い返してみれば、この子なんだろう、と考えはしても、警戒していなかった。

 初対面だったのに。あり得ないんだよ。


 実は、すでにダンジョンで何人か亡くなっている。

 自分の力を試したいと、無謀な試みに出たのか。

 そうかも知れない。でも、そうじゃないのかも。

 気に食わないヤツをダンジョンで闇討ちなんてありそうだよな?

 なのに、俺はシシィに無警戒だった。

 無意識にパスで味方だと分かっていたのだ。


「今後、生徒同士で争うことがあるかも知れません……先輩?」

「……本当に俺の考え読めないんだよな?」

「なぜでしょう」

「丁度、似たこと考えてたから」

「おお、以心伝心ですね……と、いいたいところですが、本当に読めていたとしたら、違う切り出し方していました。先輩に心閉ざされても嫌ですし」


 それなら安心……なのか? 論理がおかしかった気も。

 考える隙を与えまいと、シシィは立て板に水に話し始めた。


「もし生徒同士で争うとしたら、最初は探り合いになるでしょう。わぁ先輩のポーカーフェイスが大活躍! 相手は先輩の考えが読めないぞ! と、ここでパスが生きてきます。先輩が警戒しているのなら、わたしも油断せずに済むので」

「や、それは最初から油断するなって話じゃ」


 どういえば伝わるんでしょう、とシシィが悩み始めてしまう。

 ふぅむ。俺の考えが読めないってのはマジっぽいな。

 今の説明で大体理解できていたから。

 ポーカーフェイスを弄られた意趣返しの気持ちが無かったとはいわない。


「俺の意思決定が遅滞なく伝わる。それが大事っていいたいんだろ」


 戦うにせよ逃げるにせよ、先手を取れれば有利になる。

 悠長に相談ができない状況なら、パスはこれ以上ないツールだろう。


「それがシシィの考えるパスのメリットか」

「ええ、また死ぬのは嫌ですし」


 また死ぬ、か。なんとも不思議な表現である。普通死んだらそれっきりだ。


「シシィは生き返ったってコトでいいんだよな」

「ゾンビに見えます?」

「見えない。だからさ。パスを切れば解決じゃないのか」


 誤解を恐れずにいおう。

 シシィが俺の人形だという事実に、俺は甘美な支配欲を感じていた。なに、シシィも俺の人形であることに満更ではなさそうだ。このまま口車で丸めこんで、彼女を骨の髄まで支配してしまえ。そんな声が俺の奥底から響いてくる。

 だが……ダメなのだ。それだけは。

 だから、パスを切るのを提案した。

 シシィも受け入れると思った。

 しかし、シシィは顔面を蒼白にし……崩れ落ちた。

 

「おい、どうした!?」


 俺はシシィを抱き起こし、肩を揺する。

 シシィは潤んだ瞳で俺を見上げる。


「……ご主人様はわたしに死ねと。分かりました。ごしゅ……先輩に与えられた命です。お返しいたします」

「なんでそうなる!?」

「……わたしは先輩のスキルで蘇りました。パスが切れれば死体に戻るでしょう……」

「……そう、なのか?」

「たぶん」

「どっちだよ!?」

「……そんなような気がするだけで、わたしにだって分かりませんよ」

「不貞腐れやがった!」

「もしかしてで十分じゃないですか! なにかあったら責任取れるんですか!」

「……そ、そこは、ほら、もう一度スキルを使えば」

「使えなかったら!? 自分のスキルなのに、先輩全然理解してないし。ほらぁ、そうかも、みたいな顔してる。どこに落とし穴あるか分からないじゃないですかー!」

「……お、おう、俺が考えなしでした」

 

 その通りだ。実はスキルには発動条件があり、あの時は偶然成功した可能性もある。単純に効果があるのは一度だけということも。


「はぁ。俺の人形で後悔しないんだな?」

「はい」


 なんだかな。

 口車で丸め込まれたのは俺のほうな気がする。

 

「でも、分かってるのか。人形になるって意味を……」

「分かっているつもりです」

「俺のモノになるってことだぞ」

「はい」


 俺は天を仰ぐ。バカなやつだ。折角、チャンスをやったのに。

 

「俺はお前が思うような立派な人間じゃない」

「先輩は誤解しています。わたしは先輩が立派だから⸺」

「聞け。俺の両親は支配的な人間だった。あれをしろ、これはダメ。俺のやることなすこと口を出して来る。そんな親に反発して俺は家を出た。爺ちゃんができた人で……まぁ、この話はいいか」

「えー聞きたいです」

「そのうちな。ともかく。ああなりたくない。その一心で生きて来た。でも、今日初めて血の繋がりってやつを痛感したよ。強いられることは嫌いなのに、それをすることには喜びを感じる」

「人間なんてそんなものじゃないですか」


 思わず苦笑が漏れる。軽くいってくれる。

 だが、そうだな。その程度だろう。他人からすれば。

 シシィ以外がいったのなら激怒していたと思う。

 しかし、シシィはまさに今、生殺与奪の権利を握られている。

 そんな彼女の発言だから受け入れられた。

 と、ここで悪戯心が湧き上がってきた。

 どうもシシィは俺のモノになるということを、軽く考えている節がある。

 分からせてやろう。


「よし、シシィ。命令だ。スカートをめくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る